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北アルプス 裏銀座縦走
安田 章

山行日 1981年9月12日~15日
メンバー (L)植村、安田、勝部

 9月11日夜、新宿を発ち、翌12日早朝大糸線信濃大町駅に着く。外は予報通りの雨。七倉へ向かうタクシーの運転手の話でもこの時期の快晴はなかなか望めないとのことであった。低く垂れ込める雲のように重い心のまま七倉で朝食を済ませ高瀬ダムまでの道を行く。石積みの高瀬ダムのジグザグ道を登り、ダムの上のトンネル内で一本とる。ここから吊橋を渡るといよいよブナ立尾根の急登にかかる。冷たい雨の中、傘をさしての登り、辛い登り。でも今日の予定はこの烏帽子岳までの登りと思い力をふり絞る。5時間ほどかかり12時50分、烏帽子小屋に着く。小屋の中で冷え切った体に温かいココア。山に来ると実に些細なものがとても大雪に思えてくる。小屋を出る頃、雨が上がる。テントを張ってから空身で烏帽子岳ピストン。ニセ烏帽子を越えるとその姿が見えてくる。どことなく槍を小さくしたような山容に早く槍を見たいという思いがこみ上げる。雨は上がっても雲は厚く頂上に立ってもあまり遠望は利かない。偶然に切れた雲の間から高瀬ダムとその水面が見えた時、今日の登りの急であったことを改めて思う。
 翌13日、テントを叩く雨の音で目が覚める。強い雨に出発を遅らせていたが、小降りになった時を狙ってテントを撤収、6時50分に出発する。谷から吹き上げる風、みぞれ混じりの雨、意外な寒さに驚く。昨日と同じく視界は利かず2時間半ひたすら歩く。野口五郎小屋に着く。この頃、雨が上がり明るくなってくる。これに元気を得て野口五郎岳山頂に着くと、ようやく遠くを望むことができた。黒部湖へと続く東沢、水晶岳、鷲羽岳、そして大天井。しかし、肝心の槍は雲に隠れたままであった。ここで、昨日大町から七倉までタクシーを乗り合わせた二人の女性に再会する。水晶小屋までの道を一緒に行き、そこで水晶岳ピストンをやる彼女らと別れ先を行く。小屋にあった寒暖計を見ると4度C。昨日より寒い。鷲羽岳を越えると下に三俣山荘が見えてくる。風に流れる雲の下に見える小屋は美しかった。山荘に着いたのは15時25分。ここで幕にしようかという意見も出たが、後はきつい所もないので予定の双六小屋まで行くことにする。まるでアルプスを歩いているとは思えないほどのなだらかな道を2時間ほど行くと双六小屋に着く。もう辺は暗く寒さも一段と増してきた。手がかじかんでテントの張綱が張り難かった。張り終えて落ち着いた頃、双六小屋に泊まることにしたと水晶で別れた二人がやってくる。もう18時を過ぎていてよく頑張ったなと感心する。結局その二人とは途中、時々別々になりながらも東京まで行動を共にすることになってしまった。遠望も得られない北アルプスの縦走路、仲間が増えて楽しかったと共に街ではあり得ないような出会いに、これも山の持つ不思議な力なのかなと思う。
 翌14日、6時半、双六を発つ。ポリタンクの水が凍っていた。そしてまた冷たい霙に強い風。「今日は槍だ」と思いながら3日同じパターンで10時頃、千丈沢乗越の辺りから明るくなり始める。そして時には青空も見え久し振りの陽の光に心も浮き立つ。だがこの時になっても槍の穂先は姿も見せず"随分と見放されたな"と思う。ここからガレ場の急登にかかる。途中、エビのシッポなどを目にし、その高度を感じながら11時半山荘が見えた。と思った時、一瞬雲が流れて青い空をバックに聳える槍がその姿を見せた。とうとうやってきたと言うより、ようやく顔を見せたなという感じだった。大勢の登山者で賑わう槍ヶ岳山荘の表で大休止をとった後、頂上に登る。やはりガスで何も見えなかったけれど、ともかく3180m、何とか3180m、目指してきた3180m、ただピークを狙ってきたのではなく縦走の後なので感激した。北鎌への降り口を覗くが尾根はガスに霞んでいた。去りがたい気持ちで14時半に槍ヶ岳を出発。そして南岳の幕営地に着きテントを張り終える頃、西の空の雲が切れ夕陽が差してきた。ガスに包まれ赤く輝く穂高岳の美しい姿が心を和ましてくれた。山行も終わり近くなって晴れるとはしゃくだけど、最終日の明日だけでも晴れてくれればいいなあと赤い西空を見ながら思う。
 15日、下山の日、快晴。日の出前に起きて太陽を待つ、西の笠ヶ岳の上には満月が浮かぶ。シルエットに映る常念岳、そして雲海の彼方に陽が昇る。昨日までの3日間がうそのようだ。こんな時にこそ本当に山に来て良かったと思う。槍ヶ岳も見える、大キレットが朝日を受ける。そしていつものように富士山と南アルプス、そうここは3000mの山の上です。
 下山コースは天狗池、槍沢を経て上高地に出る。道の横を離れず付いてくる梓川の水音、明るい陽光を受けキラキラ光る水面、何もかも忘れてしまいそうな美しい道、そして水であった。14時、上高地に着く。カッパ橋から見上げる穂高の頂は雲の中であった。
 帰りは中之湯の温泉で4日間の汗を流す。
 北アルプス裏銀座。多くの人が登るところだが一度は行ってみたいと思っていた。天候は良くなかったけれど新人三人で立てた計画を無事終えることができて素晴らしい山行だったと思う。勝部さん、植村さん、ありがとうございました。


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