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丹沢大倉尾根ボッカ訓練
その3 ボッカ訓練
岩崎 和人

 ボッカ訓練ということで僕は恐怖だった。しかしまあ、集合場所は大倉のキャンプ場なんだけれども、新宿まで行く時、僕は六本木在住なもんで山の姿で街を歩くと皆んなジロジロ見るので嫌なもんだ、何か悪いことをしているんですか?
 新宿から小田急線で渋沢へ行く。駅前で鈴木(竹)さん、村山さん、渡辺さんに会い、一緒にタクシーに乗っていく。
 大倉のキャンプ場はかなりニギニギしくなっていた。三峰の人達も火を囲んで酒の宴もたけなわという感じだった。僕もゲロッパキを出して宴に加わる。
 0時にシュラフカバーに入ったが、伊藤さんや田原さんは達は後から来る人達を待ちながら酒を飲んでいたようだ。
 朝になって本日はアサリの味噌汁が出ることになっていて、女性三人が作ってくれた。
 さていよいよボッカ訓練の始まりである。男は30kg、女性は20kgくらいの重量で、一部男性は40kg(植村さん他)を担ぐ。8時にキャンプ場を出発。最初から汗が出てきて頬を伝う。丹沢なんて初めての僕なので、丹沢はこんなに急なのかなぁーと思いつつ登った。
 途中、勝部さんがダウンしてゲーゲーやっていた。そう、皆んな二日酔いで登っているだ、タフだなぁー。その点、僕なんかアルコールが翌日まで残ったことがないので絶好調!だけども石なんか担いで登ったことなんかないのでその分辛い。
 8時35分に最初の一本を取り、3分の1ぐらいの人がザックの中から石を投げ出した。それから大倉より烏尾尾根を目指して登っている鈴木(竹)組とのトランシーバー交信も訓練を兼ねて行うことになっていたが、その時は混信がひどく交信は不可能であった。
 大倉尾根はかなりきつい登りだと思ったし、日差しがかなり強く皆んなバテバテの顔をしている。でも一本取るごとに楽になる(少しずつだけれども)のは、食料を積んできた人達だと思う。あと水もそうだと思った。みんな食べちゃうから減り方はかなり早いはずだ。
 11時30分に花立直下でここまで頑張ってきた人達のうち数人が石を置いていった。ガスが出てきて天気も下り坂のようで、また雨でも降るのかいなと思い嫌な気分だった。花立分岐点に到着したが、途中赤土のむき出しの所が多くあり滑るので大分苦労した。
 僕は13時10分にトランシーバーの交信があって、伊藤さんに少し遅れて塔ヶ岳に到着。出発前の計量と同じ方法で計量をおこないボッカ訓練終了。濃いガスと風で悪天候になりそうである。5分もしない内に雨がパラついてきた。頂上で食べる予定のスイカはお預けで直ぐ下山にかかる。
 伊藤、植村、川又、勝部、川田、押樽各氏と僕が雨具を着けるのに手間取っているとトップグループはかなり先に進んだらしく追いつくのに大変だった。途中、木ノ又小屋で小休止、待望のスイカにありつけ、また温いビールで喉を潤した。その頃、別働隊は烏尾山から行者岳の分岐に向かっていた。
 我々ボッカ訓練隊は行者岳分岐で別働隊の到着を待っていたが、雨中と寒さのため体が冷えてきたのには困った。15時40分頃合流し直ぐ下山にかかる。
 下りはいつもの通りテンテコ下り、登る時は辛かった階段なんか軽く飛んでいくが、でも着地が悪いと滑ってしまう。そう言えば植村さんが特急列車みたいに降りて行ったが滑ったのか「ドスン」という鈍い音は怖いと思う。
 沢の音が近くに聞こえてきたが薄暗い道を下へ下へ降りて行く、戸沢山荘の横を通り林道に出てどうやら明るくなった。
 雨は相変わらず降り続いているが、多少降り方は小雨になってきた。大分飛ばしてきたのでここらで小休止することになった。皆んなはザックから残り物を出して食べている。
 道幅も広くなって各人適当に歩き出しているが、緊張感から開放されたのか笑い声も多くなった。ヒゴノ沢出合辺りから雨も上がり天気も回復しだした。キャンプ場到着は18時頃になったが、早速テントを撤収してバス停へ向かう。宮坂さん達は先にバスに乗っていったが残った連中は例のごとくビールで乾杯。この後、温泉直行組と帰京組とに分かれて、それぞれモートーの声と共に散っていった。


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