トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ246号目次

船窪岳
中村 順

山行日 1982年10月30日~31日
メンバー (L)中村、鈴木(竹)、牧野、佐藤(朋)

 僕の最も好きやな山の一つである船窪岳(正確には船窪小屋)に、前から秋に登ってみたいと思っていました。山麓の紅葉、中腹の枯れ木、頂上近くの積もったばかりの新雪、3000メートル以上の真っ白な山々、思っただけでもワクワクしてきます。夏の北鎌尾根以来2ヶ月半も山から遠ざかって、初雪の便りにこの日を待ち遠しく思っていました。
 12月29日、新宿から出発というのにハプニングが二つ。一つはこの日の午後爆弾事件発生で警視庁管内より山田君が現場に行っているはずである。後ろ髪を引かれる思いだが彼ならちゃんとやってくれるはずだし、本庁に依頼の来てないことでもあるので山へ行くことにする。もう一つは女性の約1名がアルプス15号に乗り遅れたことである。
 大町で待つこと1時間で最終の急行で来た彼女と合流しタクシーで快晴の中、扇沢へと向かった。10日ばかり前に降った雪はかなり融けたということだが、大町から見る蓮華岳、爺ヶ岳、鹿島槍と思ったより白い。なかでも驚いたのは爺ヶ岳に種蒔き爺さんが見えたことだった。帰りのタクシーの運ちゃんに言っても信用しなかったが、あとで聞いたところ春ばかりでなく秋でも多量に降雪があると、後でそれが融けてくると見えるのだそうだ。つまり、種蒔き爺さんが見えるからには、それなりに雪に対する準備が必要だよという警告でもあったわけだ。今回のメンバーは鈴木竹次郎さんと新人の牧野さん、佐藤(朋)さんである。船窪小屋ピストンにするかなとも考えたが、高い交通費(往復で1万2千円)、何よりも雲一つない快晴の青空が針ノ木岳、蓮華岳、北葛岳、七倉の山々へと誘う。
 扇沢のターミナルで立山アルペンルートの観光客に奇異な目で見られながら朝食を取り7時半、大沢小屋へと出発する。川原に砂防工事用の道がついており、その広い道をずっと行くと大沢小屋はいつの間にか通り過ぎてしまい、9時30分頃夏の雪渓の取り付き点に着く。もちろん夏の雪渓の雪はなく石のゴロゴロした川原に先日の雪が残るのみである。日影の谷は所々雪も深くて歩きにくい。道も夏のようにただ階段を登るようなのと異なって、川の右へ行ったり左へ行ったり、あるいは雪で覆われていて岸の大岩のトラバースを見失ったりで、ノドと言われる両岸の狭まった所に11時頃着く。
 思わぬ時間を取られたが、ここから道は南に向きが変わり日当たりの良い気持ちの良いコースとなる。夏の雪渓の残りが土色になって両岸に大きく残っている。針ノ木峠がようやく見えてきたが、まだずっと先であり昼食とする。日焼けをちょっと気にしながら、ふと見ると鹿島槍の頂が尾根の上にわずかに見える。少し冷たい風が吹いているけれど天気は相変わらず快晴である。12時頃、ともかく峠に向かって出発する。ガレ場みたいな所の上には深い所で膝近くまでの柔らかい雪が残るといった悪条件で、新人二人は登りにくそう。牧野さん、佐藤さんと全く初めての山行なので、彼女達の力がよくわからなかったのですが、ルームの帰りの酒の強さを見てこれなら大丈夫と一人合点しておりました。しかし、現実は厳しいのです。夏ならいつの間にか着いてしまう峠の小屋も、見えていながらなかなか近づきません。
 小山でわずかな所、最後の急斜面、雪のある所はまだいいのですが、砂地のガレ場のような所はズルズルと滑って、特に二人の女の子はいかにも危なげです。亀の甲より年の功で鈴木さんが二人に「もっと左の木のある方へ上がって、それに掴まって登ろう」と言ってくれます。心配する程のこともないのですがもしもの時、下にいて確保しようと考えていたのですが、このメンバーで一番担げるのは僕だからと背負った荷物がじゃまです。荷物と体重を合わせて100キロ近いものをこの足場の悪い所で確保しているのがいいところで、もしもなんていってもどうしようもない。皆んながどうやら木の生えている所に登って、木に掴まって一休みしているので、取り敢えず僕一人が荷物を小屋へ置いてくることにする。空身なら何でもできるからと、ピッケルを使って今度は右へトラバース気味に小屋を目指す。他人のことを気にしないで一人で登るのは楽しいもので、重い荷物も気にならずあっさり小屋に着く。陽は早や西に傾いたが槍ヶ岳、裏銀座の山並み、懐かしい船窪、そうもしていられず荷物を置くと元の道をまた下って行く。空身だと飛ぶような気持ちである。鈴木さんの所まで戻って荷物を背負ってあげますからと言うと「僕のは大丈夫だから牧野君のを持ってやってくれ」とのこと。オヤと思って牧野さんを見るともう座り込んでいる。佐藤さんは何とか木に掴まりながらかなり上まで行っている。荷物を背負って皆んなでこの悪斜面を越えて小屋に到着した。時刻は午後3時半過ぎである。皆んなお疲れであるが明日を考えると蓮華岳までは行くことにする。後1時間ぐらいだからと、小屋の前でお茶など沸かしてゆっくり休んでもらう。針ノ木岳ピストンも計画していたのだが、向こうから下山してきた人の話では、雪が深くて足元がわかりにくく危険だそうだ、時間もなく割愛する。
 1時間ぐらいで蓮華岳一つ手前のピーク下の窪地にテントを張る。夕焼けは見事で今日一日の終わりにふさわしい。僕の大好きな山々が黒いシルエットとなって浮かんでいる。
 女の子二人も落ち着いたのか賑やかに夕食のすき焼きを作る。今日の話もさることながら、明日はしっかりと泣いてもらいますからねと脅かしておく。「あら、随分話が違うのね」とおっしゃるけど、内心今日のペースじゃ明日は明るいうちに葛温泉に着くはずはないと思う。真っ暗な中をあの楽しい七倉尾根のとっつきを下るのかと思うとゾクゾク快感を覚える。
 翌朝、是非御来光を見たいので3時半起床、赤飯とおじやの朝食。テントも素早くたたんで、ほの明るい道を蓮華の頂上を目指して出発。昨夜の月はテントの中からもわかるくらい明るく、早朝の満天の星も東の空が白み始めると共に数を減じていく。今日も良い天気だ。日頃の行いが、などといつもの調子で喋りながら噂は雨男の方へと移る。
 20分で頂上に着く、5時半で陽が昇るのにまだ早い。しかし、周りの山々は既にその姿をはっきりと見せており南の富士山、南ア、表銀座、槍穂、裏銀、赤牛、五色ヶ原、立山、剣、白馬、後立山、妙高、浅間、八ヶ岳と360度全ての山が見えている。三ッ岳の先には加賀白山まで見える。感激的な日ノ岳の後も僕と鈴木さんは写真を撮りまくる。6時20分、ようやく蓮華の大下りに取り付く。食料は行動食を残してなくなり、またこちら側は雪も少なく、昨日と違ってかなりいいペースで行く。北葛岳に9時半、早いといっても登りになると雪もあり、ようやくこのコースの楽しさが皆んなにわかったようで、ゆっくりと付いてこられる。結局、船窪小屋には12時過ぎにやっとこさ到着。
 この先も長いのだが、ここまで来れば安心、勝手知ったる道は暗くなっても平気だし、小屋の前からの眺めは快晴の空の下、以前と変わらず素晴らしい。雪が斑に付いているのが更に良い。水もなくなり雪を融かしてお茶を作りながら日向ぼっこである。ノンビリと2時に出発。鼻つき八丁を下だった所で鈴木さんが突然に「出た!出た!」と叫ぶ。薄茶色の毛がいっぱいに生えた大きな尻が下の方へ一目散に走って行く。クマでもないしカモシカでもなかった。後で江村さんに聞いたところ、多分タヌキの仲間だろうとのことでした。人気のない山はこんなこともあるのです。ところが案の定、唐沢の巻きで午後5時、秋の日はつるべ落としに違わずここから真っ暗です。でも僕にとっては道の横の大きな岩も、電力鉄塔監視用の枝道も懐かしく、道を曲がるたびに「ああ、ここだな」なんて暗い中でも歩けるのです。でも新人の二人には辛そう。電池の予備も忘れて、二人とも途中から本当に足元も見えない下山。こうなるとさすが鈴木さんで準備の方も怠りなく、足の方も益々健脚ぶりを発揮。尻餅をついたり躓いたりで6時半、ようやく登山口に出る。満月が七倉ダムの湖面に照り返して美しい。七倉山荘でビールで乾杯、温泉へも入って予定通り夜行で帰ってきました。新人には少しきつかったかも知れないがこのコースを歩ければ十分自身を持っていいのではないですか。


トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ246号目次