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初の冬山は鋸岳
岩崎 和人

山行日 1982年11月20日~22日
メンバー (L)田原、麻生、安田、岩崎

 6月16日に入会して早や5ヶ月たち、1回目の山行の時に見て印象の深い、鋸岳と甲斐駒ヶ岳に行くのだ。不思議なもので剣、槍があれば鋸まである。日本の山の名前はとっても面白いと思う。
 11月19日夜、田原さんの家に集合、安田さん、麻生さんと僕の4人である。車で行くのであるが、酒の好きな田原さんと僕はもう飲み始める。
 今回の山行は僕にとって初めての冬山なのだ、この前買ったばかりの装備は靴やらアイゼンやらみんなピカピカで新鮮である。
 戸台に到着したのは夜中で僕は先に寝ていたので時間は不明である。
 20日、9時過ぎに起きた。もろもろの用意を済ませて、9時47分に戸台を出発、天気良好。今日は河原歩きだ。広い河原歩きは始めはいいけれど、だんだんカッタルクなってしまう。おまけにザックも肩に食い込んでくるし、困ってしまう。
 はるか彼方に甲斐駒ヶ岳が見えるようになると、ため息が出てしまう。河原から見る甲斐駒はさながら氷河から見るチョゴリのようだ(NHKで放映した時に見たのと同じようだから)。
 1時間歩いて、10時47分最初の一本を白石でとる。そこでシャベルを拾う。会の装備が増えたのはいいのだが、僕にとっては余計な荷物が増えてしまった。
 相変わらずの河原歩きが続く、そして沢の出合いがあったが何も表示がないし、時間的にも早いというので歩き続けると熊穴沢出合いに着いてしまった。ザックを置いて調べてみる。先程の沢の出合いの近くに天幕を張っていたパーティに聞きに行った田原さん達を追いかけていったところ、そこが角兵衛沢出合いとわかり、ザックを置いた所に戻る。角兵衛沢出合いまで行って昼食となる。今かいた汗が冷たくなってとっても寒い!
 これから角兵衛沢を登る。樹林帯の中に赤目印を捜しながら歩くのはとても不安だ、しかし、目印が先に見えるとホッとする。このようにして歩いていたが、ついに目印がなくなり、辺りをキョロキョロしながら捜すと、沢を挟んだ向う側に赤い布の目印があった。「そっちへ行くと横岳峠の方ではないか・・・」という判断で、沢伝いに行く。
 大きな石、小さな石、はたまた倒木と歩きの障害になるものばかりだ、それでも天気がいいということは苦しさの中の唯一の救いだったような気もする。
 途中、休憩をとりながら行くが、一向に目印が見当たらない。田原さんは「ここは違うかもしれん」と言いながらも前進した。左側に大きな壁が見え出したが(これが大岩小屋なのだが)、その先はまったく進むことのできないルートだった。無理して安田さんと僕とで登ってみるが、浮き石が多くボロボロ落ちていく。僕の落とした石が麻生さんのヒザに当ってしまうし、田原さんが降りろと言うものの、今度は降りられないわで、大変なことになってしまった。ピッケルを出してステップを切り、ようやく安全地帯に降りる。
 そして、ここは登れないと判断、下山を始め翌日再検討ということになった。日が沈んで既に暗くなりだした。ヘッドランプ一つが頼りの辛い下りだった。僕は靴の具合が悪く、足が痛くて弱った。暗く長い下りの中、ビバークしているパーティに出会い、色々話を聞いてみるが正確なルートであるという答えは返ってこなかった。その後20分程下降してビバークすることになった。
 石を敷いてテントを張る。本日は星を見ながらの夕食だ。早速というか、待ってましたとばかりに田原さんはアルコールを出して一杯やりだした。今まで苦しんできたことを忘れるようだ。笑い声も出るようになり、ひとまず安心だ。
 夕食は、なんとマーボ豆腐であった。食事が終ってテントの中に入り、一杯やりながら色々話が弾む。就寝は9時を過ぎていた。
 11月21日、6時30分起床、朝食は力うどん!天気は良好、田原さんが他のパーティにルートを聞きにいったところ、沢伝いに行かずに左に道があるとのことで安心した。7時30分出発、最初は足元がフラフラして危なっかしい。
 赤い目印を久々に見た時は、今までやってきたことは何だったんだ!なんて思ったりしたが、嬉しかった。
 上に上っていけば目印があるだろうなんて思っていたら大間違い、遭難のもとだ。また、大岩小屋へ行くまではとっても面倒な所だ。道は前日のような石コロじゃなくて、ちゃんと踏み跡のある道である。田原さんはこっちの道のほうがしんどいと言っていたが、石コロばかりの道よりまだいいんじゃないかなあー。
 登りの傾斜はかなりのもので重い荷物が堪える。途中で一本とり、体を休めるけれど汗が冷えて、冷たい冷たい困ったもんだ、ザックを担ぐとなおさらだ。
 しばらく歩くと、ガレ場になる。樹林帯が突然消える、石は浮いているものが多くてとても歩きにくい、振り返るとスーパー林道がはるか下の方に見える。上はというと、ガレ場がずーっと上まで続いているのが見える。
 強い風が沢を吹き抜けるようになり、大岩小屋との分岐にさしかかる。休憩の間に様子を見てこようということだったけれども、待っている連中は寒くなる(田原、麻生さんのこと)というので中止にする。
 石は冷たい、手が凍えてくる。一抱えもある岩が少しずつ動いているのに気がついた時は、ゾーッとして思わず大きな声を出してしまった。
 どこまでも続いていそうなガレ場の上は真っ青な空が広がっている。「少しずつ進んでいるのだから必ず上に行けるさ」なんて半ば諦めたようなことを考えながら一歩一歩確実に足を運ぶ。こんな時、他の人は何を考えながら登っているんだろう、なんておかしなことを考えたりもする。
 角兵衛沢のコルが見えた時はホッとした。もう少し登って休もうと田原さんが言うので、コルから少し登ることになった。いよいよ稜線を歩くのだ。吹き付ける風はかなりのもので、顔の半分が冷たい。
 最初から急登だ、草も付いているし、浮石もあることはどうしても慎重になってしまう。北岳が見えた時は、みんな笑顔で足を止め、素晴らしい眺めに見とれてしまう。反対側は八ヶ岳、北アルプスも遠望できる。僕はこの時が北アルプスを自分の目で見たのが初めてで、一人で感動していた。
 急登を何度か繰り返し、三角点のあるピーク、鋸岳第一高点に到着した。高い所だけに風当たりが強い。しかし、360度の展望は素晴らしいものだ。ここで昼食となり、本日の行動食担当の僕はザックの荷が少しでも減るように願いつつ、行動食を口にした。
 アプザイレンをする所はこの先にあるらしいのだが、どんな所か不安である。そう思いつつ第一高点を後にしていよいよ核心部へと足は向く。道が急に切れ落ちているとそこは小ギャップと称する所、ここでアプザイレンするためザックを下ろす。ゼルバンを付ける顔はみんな緊張しているみたい。
 安田さんが降りて、麻生さん、僕、田原さんの順に降りる。降りるとまた急登だ! 登り切るとまた下りとなり、まさに鋸の刃と同じなのだ。降りて少し行くとポカリと穴が開いている。ここが鹿窓と呼ばれる場所で、脆い岩場の下降となる。ここでもアプザイレンをする。小さな石がポロポロと落ちてくる。とても不安だがアプザイレンは慣れたものだっだ。
 見上げると巨大な岩峰が聳えている。道はそれをトラバースしているのだ。小さな石を落としながら恐る恐る降りていき、岩場を乗り越え今度は草付きの急登だ。登ってる時の暑さはたまらんが、休んだ後の冷たさったらない、降りている時が一番の適温だ、緊張感もあるしね。
 鼻水をすすりながら歩いていると右側はスパッと切れている、下は沢のガレ場だ。落ちたら命はないなぁーと思いつつも、覗いてみたりして危なっかしいことをする。熊穴沢のコルに到着、核心部からの緊張から開放される。
 ここから六合目の石室まではまだまだかかりそう、核心部を抜けた安心感からかニヤニヤしながら歩く、時々鼻歌も混じる。樹林帯の切れ間から石室を発見したが、まだあんなにあるのか! またまた歩いていれば必ず着くんだなんて思ったりして、いけない考えだと思いつつもそういう感じになってしまう。
 花崗岩の風化したやつが砂漠のようになっている所は山じゃないみたい!
 花崗岩が見え出してくると、もう甲斐駒ヶ岳は目の前に見える。石室はもうすぐそこだ、スパートをかける、気温も下がってきたようだ。石室が近くなるとアップダウンは少なくなる。樹林帯を抜けてしばらく歩く。
 16時47分、六合目石室に到着、みなさんお疲れさま。石室の中には1パーティが天幕を張っていたが、その隣に我々も張る。水場はあるが結構離れているらしい、我々は水は充分あったので心配はなかった。隣のパーティの人たちは水場に行ってきたが凍っていたためツララを持ってきていた。
 明日は甲斐駒に登るだけだと思うと心ウキウキ、僕は鋸岳を歩いたんだ、なんて一人でニヤニヤしていた。
 夕食はチャーハン、麻生さんの慣れた手つきが光る。その横で田原さんと僕はアツカンで一杯、一日の疲れを癒す。空は満天の星、月も三日月で暗いため星が良く見える。早速ながら双眼鏡で、昔よく見た星座の辺りを見ると、ありました久々のアンドロメダ星雲がボンヤリと見える。少し天体観測などやってみる、都会では味わえないまさに降るような星だった。
 9時過ぎに隣のパーティが灯りを消したので我々も少し遅れて就寝となった。しかし、僕が目が覚めたのは隣のパーティのテントから何かイビキでもないし、しゃべっている訳でもない声が聞こえるではないか、よく聞くとうなされているみたいなのだ。とにかく眠ることが第一と目をつぶったが、気になってなかなか眠れなかった。夜中から風が出た、風は強そうでテントが風でバサバサしていた。
 11月22日、中央アルプスの方には雲があり、風はかなり強い。朝食の用意をするが、身体全体がなにかボケーッとしているみたいで、何となくぎこちない。朝食はヤキソバだが口に入れてもあまり咽を通らない、困ったものだ。
 テントを撤収すると隣のパーティは夕べあった「うなされ事件」も知らぬかのように出発の準備をしていた。我々は強風の中出発、冷たい風が顔にぶつかる。
 一日目の朝のようにフラフラと歩く。結構急な登りだ。花崗岩の道はしっかりとついている。天気は心配したが、段々と良くなり展望は昨日よりはるかに良かった。突き上げるような急な岩峰が前にドーンと構えている。「しんどいなあ」と思いながら登る、あそこを越えればピークが見えるぞと、何度も予想が外れた。そんな思いで頂上に立つが、戸台の河原で見た時に光っていた雪は融けてしまったらしく、日の当たらない北面に残っているだけだった。
 甲斐駒ヶ岳、ここが入会して以来登った山で一番高い山になった。風は収まることなく吹き付けていたが、前方には鳳凰三山と富士山が見えている。展望は350度だ。安田さんと二人で感激していた。記念写真を撮り下山となる。
 下に着いたらビールを飲もうと言う田原さんの声に元気を出して、スピードアップで降りたが、北沢峠にある長衛荘は閉まっていた。「なあんだ残念だなあ」と思ったとたん元気がなくなる、「大平小屋ならあるからそこまで頑張ろうや」と励ます田原さん。
 大平小屋に着くと天気が悪くなっているのに気がつく。もう安心の所まで降りてきていい気分、冷たいビールが咽を潤す。やっぱり下山時のビールが一番うまいもんだ。
 今回、上へ行けば頂上に着けるという考えは、間違いだということを山に教えられたようだ。
 戸台に着き、温泉は「山室鉱泉」というところに決まっていたが、数ヶ月前から人里離れた所を引越し、高遠町で民宿をやっているということで、残念だったがその民宿へ行き山の汗を流し、サクラナベに舌鼓を打った。

〈コースタイム〉
第1日目 戸台(9:47) → 白石(10:47) → 角兵衛沢出合(11:27) → 角兵衛沢右俣から下山開始(16:20) → 角兵衛沢正規ルート付近でビバーク(18:20)
第2日目 ビバーク地(7:30) → 大岩小屋分岐(9:30) → 角兵衛沢のコル(11:20) → 鋸岳第一高点(11:45) → 熊穴沢のコル(14:40) → 三ッ頭(16:10) → 六合目石室(16:47)
第3日目 六合目石室(6:10) → 甲斐駒ヶ岳(7:40) → 二子山(9:30) → 大平山荘(10:30) → 角兵衛沢出合(12:15) → 戸台(14:10)

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