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谷川岳 西黒尾根~国境稜線~日白山
吉岡 誠

山行日 1983年3月19日~21日
メンバー (L)植村、佐藤、赤松、片岡、吉岡

 本格的な雪山の経験の全くない僕は、植村さんに今回の谷川山行へ誘われた時、とても不安だった。でも、自分の行動できる範囲を広げるために三峰山岳会に入会したのだからその第一歩としても絶好だったので、ともかく参加させてもらうことにした。
 夜行列車を土合駅で降り、夜が明けるまで駅で仮眠、朝食は駅弁で済ませ、いよいよ出発。秋に来たときとは全く別の世界のようで、一歩外に出れば雪の中。道路は除雪はされているものの凍結していて、ビブラムではツルツルで歩きにくく、途中で尻もちをついた御仁もいた。
 登山センターで最終のパッキングを澄ませ、登山届けを提出箱に入れて出発。この頃には明るい陽射しが降り注ぎ、先行するパーティの重荷にあえいでいる姿が良く眺められた。先行パーティのトレースに従い第一目標の鉄塔を目指す。雪のない季節ならば樹林の中の滑りやすい急坂をあえぎ登るのが嘘のような快適さで、少々のラッセルは気にならない。しかし、潜っての歩行はとても苦しいのでワカンを履くことにする。同じ34年組である赤松君や片岡君にしても、雪山経験については大差がないようで、ワカンを履くのにも僕や片岡君は植村さんに教えてもらいながら履く始末で、だいぶ苦労した。
 ワカンを履いての歩行で膝上のラッセルを続ける。終始佐藤さんがトップで間に34年組三人が続き、ラストに植村さんが写真を撮りながら行く。ここでは佐藤さんから借りたラッセルリングに相当お世話になり、とても快適な歩行を続けることができた。風はかなり強いがすばらしい天気で、雲が谷川岳の上をものすごい勢いで飛んで行く。青い空と白い雲のコントラストの美しさ、そして足下に目を移すとシュカブラが自然の造形の見事さを教えてくれ、何とも言われぬ高揚感を与えてくれ、まさに自分たちが今山の真っ只中にいることに感動すら覚えた。
 樹林帯を抜けると、いよいよ西黒尾根の急登にかかる。左に西黒沢、右にマチガ沢を分ける尾根で本峰まで急な稜線がせり上がっているのが望まれる。先行の単独行の人が豆粒のように見える。周囲の展望も開けマチガ沢を隔てた東尾根、背後には白毛門~朝日岳、左手には天神平のスキーヤー、その奥に赤城山や上州武尊山と飽きることがない眺めが広がっている。
 休憩後、急登にかかる。ワカンをアイゼンに履き替えて一歩一歩確実に足を進める。西黒沢側にはいくつもの雪庇が張り出していて、経験不足の僕には不安をかきたてる。時々強い風に雪煙が上がり、ピッケルで身体を支えながら急登3時間で肩の小屋に到着、ザックを小屋にデポしてトマの耳に向う。越後側から強い風が上州側に吹き抜け、雪山の雰囲気を十分に味わいながら、寒さに震えながら記念撮影をしたり、周囲の展望を楽しんだ。特に明日のコースになる国境稜線の長さにはいささか不安を覚えた。
 頂上より戻って簡易な昼食を済ませた後、国境尾根へ一歩を印す。今日の泊り場を物色しながら、オジカ沢の頭へ向って下る。下りきった中ゴー尾根の分岐に雪洞にもってこいの斜面を見つけ、さっそく雪洞掘りを開始。雨具に着替え、手にスコップと高崎駅からいただいてきたドンブリで交代に雪掘りをする。夜行での疲れで、僕はスコップもろくに振れず、植村さんや佐藤さんの慣れた手つきを眺めていた。約3時間の苦闘の末、何とか五人が眠れる雪洞を掘り上げ、さっそく中に入り込む。先輩二人を除いた我ら34年組は雪洞生活も初めてで、意外な快適さにすっかり気に入ってしまった。
 入口から水上の夜景を見ながら夕食をとり眠りについた。
 翌日も引き続きの好天、今日は風もなくまさに雪稜漫歩、快調に国境稜線を行く。オジカ沢の頭で俎ぐらへの尾根を分け右手に下る。登りは確実に一列に一歩一歩進むが、危険のない所は誰も踏み乱してない斜面を五人が横一列になって5本のトレースをつけて行く。後続の人達の呆れ顔が想像できるようで、何だか楽しくなる。
 国境稜線には万太郎山と谷川連峰の最高峰である仙ノ倉山を隆起させている。それを一つ一つ乗っ越すにはかなりのアップダウンを強いられる。今回のような好天にでも恵まれなければ、かなり厳しい登高を強いられることを身をもって感じ、自分達がラッキーだったことを知った。
 小障子の頭~大障子の頭で一度急激に高度を落とし、落とした分以上に万太郎山への登りで高度を稼ぐ。しかし、最高の天気に恵まれ順調にトレースを伸ばした。これらの途中でも自分の体力は、本の少しの雪質の変化にも対応できなかった。急な登りや、やせ尾根では腰が引けてヘッピリ腰になり、下りでは尻もちをつくという具合で、念のために履き直したアイゼンも腐った雪が付着してダンゴになり、仙ノ倉への急登では思わずスリップしそうになったりと、僕なりに苦労を強いられた。ついに仙ノ倉でバテてしまった。最高峰を踏んだ喜びなどあまりなく、まだ今日の1/4のルートが残っていることに、いささかウンザリ、平標山方面からスキーで登って来る人が羨ましくて仕方なかった。
 仙ノ倉山を越えると様子が変り、平標山へはとても穏やかな稜線が続く、まさにスキーの天国である。所々に地面が露出している所もあって、稜線にも春が近いことを示していた。平標山の斜面をスキーで下る人達を眺めながら、日白山への稜線に分け入る。ここからは僕らだけだと思いきや、ちゃっかり先行者がいて何だか気抜けした。気を取り直し夏ならヤブで歩行困難であろう雪稜を進む。
 2日目の泊り場に適する所がなく、仕方なしに木の陰に持参したテントを張る。雪洞とは違い設営には時間がかからない。今辿った国境稜線をもう一度眺めてテントに入る。良く歩いたと思った。
 夜が明けるのを見ながらテントを撤収する。少しずつ天気は崩れ始まっている。歩き始めた頃には苗場山はガスに消え、昨日辿った国境稜線もガスが巻き出している。そう長くは天気がもたないので日白山に向けて急ぐ。先行者のビバーク地点を越えるとトレースが消え、自分達でトレースをつけて行く。これが何とも言えない気分で、トップを交代しながら日白山を目指した。
 日白山の肩に着いた頃には雪が降り始め、そこにザックをデポして頂上を踏む。僕らが下るナガツル尾根から登って来た人に関西から来たパーティかと聞かれ一同の笑いを誘った。みんなの影響で僕にも少し関西弁が写ってしまっていて、何とも変な言葉になってしまった。
 暖かいから雨に変ってしまった中をナガツル尾根の下りにかかる。はるか下には万太郎谷も見え、群大ヒュッテ目指し一気に下った。途中みんなでシリセードで滑り降りたり、ともかくワイワイガヤガヤと歩くうち、2時間程で万太郎谷へ降りてしまった。何ともあっけないものだ。
 発電所の前で残りの行動食を食べて、土樽駅に向って歩く。このエピローグが最も体にはこたえる。トレースを一歩一歩辿るのだが雪が緩み股まで踏み込んでしまってとても歩きづらい。その横をスキーを履いた連中が楽々と滑って行くのだから余計身にこたえる。
 上越線の鉄橋を渡り、近道したおかげで列車に飛び乗ることができた。水上駅で下車、駅に荷物を置き腹ごしらえをした後、谷川温泉へタクシーで行き3日間の汗を流した。
 今まで自分がしてきた山登りでは体験できなかった数多くのことを僕はこの3日間で体験させてもらった。それは、山登りの技術的な面だけでなく、山での生活全般にも渡っている。例えばそれが食事のとり方や、より初歩的な雪の上に尻をついて休憩しないというようなことまで教えられた。これは貴重な経験となった。そして多くの人と山へ行き、寝起きを共にしていくことの楽しさも改めて感じさせてくれた。いつもこんな楽しい山歩きを続けたいと僕は思う。


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