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春山合宿
その7 合宿
小原 良文

 3月に入会し、それ以前は主に奥秩父の縦走を一人でやっていたにすぎない。アイゼン、ピッケルを使うのも初めてなら、谷川岳に行くのも初めてのことである。谷川岳という名は、山に関して無知な私には「死」が容易に連想され、幾らか躊躇させるものがあったことは否定できない。「新人をいきなり危険な場所に連れて行くこともないだろう」そう居直って合宿に参加したようなものである。
 5月2日夜、上野で後発隊や他の会員の見送りを受け、土合に向った。車中、加藤さんの隣になり山の雑談をした。「沢でも岩でも縦走でも何でもいいから、一つの分野でエキスパートになろうとした方がいい」そういった意味内容の言葉が印象に残っている。
 土合の長い階段を登ると「あの長い階段を登れるかしらと思うと昨日は眠れなかった」と言った山沢さんの言葉が思い出される。確かに重い荷物を背負った身には堪える長さである。穂高の合宿中途でこちらに来た委員長の佐藤明さんの顔が目に映った。見事に焼け実に山男らしく見えた。改札口の中で2時間ほど仮眠をし、軽く朝食を済ませた後、雨の中を芝倉沢出合いに向った。
 芝倉沢出合いにベースキャンプを設け、悪天候のためテントの中で酒盛りが始まった。大分いい気分になった頃あいにく好天に向い、リーダーの勝部さんの指示で雪上訓練を開始した。キックステップと滑落停止を何度も習った。夜は福沢さんの独壇場であった。
 4日、快晴、午前中訓練を兼ねて芝倉沢の途中まで登った。今回が初めての山行という川上さんはさすがにきつそうであったが必死についてきた。明さんと川上さんと宮島さん、福沢さんが合宿を終えて先に帰った。午後は滑落停止と確保を習った。油の塗り方が不充分だったためだろうか、靴の中がびしょびしょになり足が冷えて閉口した。夜は、一足先に帰った福沢さんに代わり、夕方からやって来た伊藤さんの独壇場であった。8時消灯。
 5日、快晴、3時起床。後発隊が合流しベースキャンプは忽ち賑やかさを増した。5時半、B.C隊は朝日岳に向って出発。蓬峠、七ツ小屋山、清水峠、ジャンクションピークを経て、15時朝日岳に到着。雪化粧をした山々の景観の素晴らしかったこと。そこでテントを張り、焼肉を食べながら自然の氷でウィスキーを飲んだ。そのうまかったこと。伊藤さんが話の中心であった。「沢を真剣にやっていた時は冗談が言えなかった、止めてから言えるようになった」沢に限らず他の事についても言える言葉だと思い記憶に残っている。エスパースは加藤さん、伊藤さん、関谷さん、冨岡さんそれに私の5人では狭く寝返りも打てない状態であったが、そのためかあまり寒さを感じないで済んだのかも知れない。
 6日、快晴。3時起床、5時15分出発。大倉尾根をヤブコギしつつ進みもう少しで縦走も終わりかと思っていると、最後の下りの尾根が急で危険なため別の尾根を行くこととなった。今来た道を引き返し、急に疲れが出てきた。精神的なものも大きいのだろう、下で様子を見ている播磨さんからのシーバー連絡を受けながら勝部さん、伊藤さんがコースを確認した。最後の下りの急斜面を慎重にキックステップしながら下りる。歩行の未熟さと疲れが相まって続けざまに2回滑落した。最初は伊藤さんに支えられ、2回目は滑落停止を本番で使って止まった。伊藤さんは「冷やりとした」そうだ。死あるいは怪我と隣り合わせになっていたのだろうが、その認識は本人の私よりも周囲にいた人達の方がずっと強く感じていたようだ。
 とにかく無事に合宿を終え、帰りは谷川温泉に行って垢を落とした。実りの多い合宿だったと思う。陰に陽に気を配られた方々、ありがとうございました。


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