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春山合宿
その8 穂高・岳沢ベース後発隊
小泉 周子

山行日 1984年5月3日~6日
メンバー (L)川森、麻生、千代田、吉岡、小泉

 5月2日、22時30分新宿発の急行にチョコレートと苺、みかんを両手に乗り込む。ご三方の見送りを背にさようなら、しばしのお別れです、新宿副都心。
 私、内容はともかく山を始めて3年目で初めて北アルプスへ行くのでワクワク気分だったけど、それとはうらはらに麻生さんは不安で一杯だったらしい。私、この差は大きいと思った。それでも体力面で皆について行けるか否かの不安は多少持っていた。あぁ・・・不幸にもその通りになってしまうなんて!
 5月3日先発隊と異なり我々後発隊は上高地までタクシーで入れてしまったわけで、申し訳ない。上高地では多くの登山者で賑わっていた。我々も朝食を済ませ、重すぎる(ほとんど食料品)ザックに背負ってか、背負われてかヨタヨタと岳沢へ向って歩き出す。せっかくの景色も天気が悪くガスっていてここから岳沢は望めなかった。
 森林の静かな道を抜けると雪をかぶったガレ場へ出る。後のパーティに抜かれ抜きつつトロトロと・・・あれと思ったら雪が降ってきた。冬山だよコレ、なんて思い半袖を着てきたことを後悔してから2時間程でツェルトのB.Cへ到着。早速ジャンボを張り中で一息つく。今日は停滞かなと思いきや、2時間後ピーカン!。現金だね山って。早速出発準備にとりかかり西穂沢へ向う。途中、二人のパーティが引き返してきた。右側が落ちていて怖いので二俣まで帰るらしい。そう言えば沢の下部の右側がズルズルと流れている。上を気にしながら我々も途中で止めて雪訓を始めた。ジリジリと白魚のような私の肌を焼きつくす程の太陽の中、植村コーチのもとで滑落停止の特訓は開始された。コンテ、スタカットとこれが出来ないんだよね、私ってやっぱり駄目な子なのかなぁー、サテ一息ついて下るかと言っている間も、あちこちで雪崩れている。皆すごいなんて言って眺めている。その直後はよく覚えていない。気付いたら左へ逃げろの声で走っていた。上から大きな雪の塊が沢一杯に落ちてきていた。左へ行っても助かりそうもないので皆下へと走った、とにかく走った。女性だけ幕場へ戻り、男性は様子を見て荷物(幸い埋まらなかった)を取ってきてくれた。皆、呆然としていたと思う。自分の頭上から大きな雪の集団?が押し寄せてくるなんて初めてだ。だから私はしばらく興奮してしまった。誰もしゃべらない。植村さんはどんな気持ちだったろう。幸い何事もなかったがリーダー格の人は大変だとつくづく思う。冷静な判断と強い精神の持主でなくては務まらないと身をもって知った(当然と言われるかも知れないけど)。
 この後、夕飯までは各自が思い思いに過ごす。私は麻生さんと「厠」を皆のために?作り、何もない岳沢での唯一のイコイの場とした。
 5月4日、朝3時半起床。奥明神沢~前穂~奥穂を予定とする。昨日から体調を崩していた美紀ちゃんも快調みたいだ。いくつものパーティがトロトロと登って行く。やがてみんなくっついて長い行列となる。右側に立つ逆層の岸壁を見上げ、何級かなーなんて考えていたら前穂に着いた。川森さんのコイノボリが元気がないみたい。やったぜ!先ずはピークを一つ。槍がよく見える。北尾根をバツグン。サテ、次は奥穂だと思いながら吊尾根へ向う。しかし、時間的に無理ということになり、最低コルまで行って引き返すことになった。あぁやっぱり奥穂は名前の通り奥にあるようで、すぐには手を出せなかった。仕方ないので前穂を登り返し、また奥明神沢を下る。麻生さん、私、美紀ちゃん、植村さんの順でコンテで降りた。途中、登って来たオジサンが写真を1枚というのでモデルになってあげた。
 傾斜の弱くなった所でザイルを回収して各自で下る。調子づいた私はシリセードで滑り出したはいいが、停止が失敗して加速がついてバランスを崩し頭が先に滑って行く。ウワ・・・もうだめだ。なんて思いつつデブリで止まった。また、九死に一生を得てしまいました。
 岳沢ヒュッテは、皆んながビールを冷やして待っててくれた。うまかったなーあの一口。それからB.Cへ戻ると、今は幻の人となった佐藤さんが来ていた。福島から12時間、車を飛ばして静養に来たと言う。ウーン、その山への根性買っちゃいますよ、ワタシ。
 5月5日、男の子の日。西穂沢から西穂、天狗のコルより天狗沢を下るため日の出前に出発。この日は私にしては珍しく調子が悪くて、朝食も無理に口にした。山では多少調子が悪くても歩き出せばいつもの調子に戻ってしまうもので、そのつもりでいた私は一体何が悪いのか、父のラジカセを壊したからか、母の財布から千円ちょっと戴いたのが悪かったのか。皆との距離は開くばかり、こんな筈じゃないのに、でも苦しくって気持ち悪くてノロノロ具合は変わらずじまい、川森さんはずっと私の後から来てくれる。上部の方では植村さんにザックを持ってもらい登る。申し訳ない、けど解りますか?他人に荷物持ってもらって上る気持ち。情けなくて、悔しくて、自分は何のために登るのか、登る価値あるのかって思っちゃう。コルからのガンバレって声援を受けながらやっと西穂に立てた。ここで私は皆と別れて今来た道を引き返すことになる。リーダーとサブリーダーが話しているのがわかる。川森さんに引き返そうと言われた時、やっぱりーと思ったけどさっきより何倍も悔しくて、悔しくて仕方なかった。川森さんの「行こか」の声を「みんなと行こか」に聞き取ってしまったりして、右と左へ別れた。川森さんも皆と行きたかったのに、サブリーダーというので付き合わせてしまってごめんなさい。
 B.Cでは佐藤さんが居た。私はツェルトで寝ることにする。川森さんと佐藤さんは天狗沢へ再び出て行った。
 14時頃、皆が戻ってきた。私は寝たり覚めたりの繰り返し、体調もよくなり早めの夕食の後は、ド貧民大会で夜は更けていった。
 5月6日、寒さで目覚める。早々とテントを撤収し下山。相変わらずの好天気、それぞれ思い思いに下る。誰もが何度も岳沢を振り返りながら。あれがナンデこっちがナンデ・・・と。あぁきれいだ好きだョ、ヤマちゃん! 河童橋では涸沢からの登山者と合流し、沢渡行きのバスに乗る。佐藤さんは沢渡まで直行、我々は中ノ湯で温泉へ、先発隊は9日間におよぶ凄まじいくらいのアカ、後発隊は4日間のアカをきれいに流し、また新宿副都心へ向う。みんな真黒な顔で。


千代田 美紀

 5月5日 子供の日、晴れ
 山の朝は早い。2時20分起床、あたりまえだが外は真っ暗、でも空は満天の星と下界に見える上高地の明かりが美しい。今朝のメニューは玉子雑炊、がんばれ玄さんを食べて今日も一日がんばろう?!! 4時10分B.C出発。3日雪崩にあった所を通過して西穂高沢を登る。アイゼン歩行2日目の私は、どうものろまなカメとなる。朋子さんがジグザグに登ればよいと教えてくれたのでそのように登ってみるが、気がつくと横にばっかり歩いていて、すぐ前の人と差がついてしまう。ひたすら先行するお姉様方のお尻を見つめての登りだった。それでも一歩一歩慎重に歩を進めれば頂に至る。8時40分、西穂頂上着。狭い山頂でアンザイレンをして天狗へと向う。これからは3千メートルの稜線歩き。風は少しあったものの天気は快晴なり。「絶対に足を滑らせないこと」「アイゼンを足に引っ掛けないこと」と自分自身に言い聞かせながら、やせ尾根の岩稜帯を一歩一歩慎重に登る下るの連続だった。困ったことは、お昼近くになり気温も上昇し雪が腐ってくると、アイゼンに雪がくっ付いてダンゴになってしまうことだ。これ1回1回ピッケルで払いながら歩くことも一手間必要だった。間の岳、天狗岳を過ぎ、天狗のコル上部からコルまで約20メートル程懸垂下降をし、あとは天狗沢を下降するだけだ。今までの緊張した神経をほぐすように、下降はお得意のシリセードにて下る。ヤッケを身にまとうのも面倒くさくって、目指すはB.Cのみ。途中、川森さんという中年暴走族に蹴飛ばされながらも、天狗沢のシリセードは楽しい一時だった。
 5月6日、本日は下山のみ。天候は今日も快晴。幾日間の山の生活を終えて、7時30分岳沢を後にした。上高地では雄々しく見える穂高連峰の姿に様々の想いを込め、みなさま中ノ湯へ向ったと思う。
 今回は食当担当ということで、気づいた点を挙げておく。先ず、行動食が多すぎた(余り過ぎた)点である。場所が場所だけに、ゆっくり食事が出来る所ではなく、一人一日の行動食は一握りの量で十分だったということを感じた。あとは、B.C定着式だったため、生玉子やらトーフ、スイカなど重い物を荷揚げすることができ、毎日美味しい食事だった。
 今年の豪雪でずいぶんと懸念の多かった合宿であり、実際雪崩に巻き込まれそうになったり、半日テントで寝込んだりもしたが、その分得ることの多い心に残る合宿だった。最後に皆様、本当にお疲れさまでした。次回も頑張りましょう。

〈後半コースタイム〉
5月3日 松本(3:5)5(タクシー) → 上高地(5:10~6:05) → 岳沢B.C(8:30~10:15) → 休憩(11:00)(雪の状態から西穂登頂中止、西穂高沢にて訓練に変更。14:00表層雪崩発生のため避難、全員無事) → 夕食(17:30) → 就寝(19:40)
5月4日 起床(3:40) → B.C出発(5:20)(奥明神沢から前穂へ) → 前穂頂上(8:40~10:00) → B.C(12:30) → 夕食(17:30) → 就寝(20:00)
5月5日 起床(2:20) → B.C出発(4:10) → 西穂肩のコル(7:00) → 西穂頂上(8:00~8:40) → 間の岳(10:15) → 天狗の頭(12:03) → 天狗のコル(12:30) → B.C(13:40) → 夕食(17:30) → 就寝(23:00)
5月6日 起床(5:00) → テント撤収(6:15) → B.C出発(7:30) → 上高地(8:50~9:45) → 中ノ湯(13:00) → 松本(15:47) → 新宿着(19:36)
後半のメニュー
5月3日 夜、ご飯、すき焼、ワイン、野菜サラダ
おやつ、イチゴミルク、ケーキ
5月4日 朝、すき焼うどん、みそ汁
夜、ご飯、ポテトサラダ、キャベツとハムのスープ煮
おやつ、プリン、ゼリー
5月5日 朝、玉子雑炊、キャベツサラダ
夜、ご飯、ビーフシチュー、春雨とキュウリの酢の物、ポテトオムレツ
おやつ、スイカ、山菜おこわ、行動食の余り果物、チョコ、ビスケット、パン等多量

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