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正月合宿 A隊 穂高岳
高橋 弘道

山行日 1984年12月30日~1985年1月4日
メンバー (L)植村、佐藤(明)、高橋(弘)、湯谷、千代田、金子

 冬の北アルプス穂高岳、人間の生きる限界を超える世界へ、私の登山技術と経験では不安を感じながらも雪と岩の殿堂、冬の穂高へ一度は行ってみたいという気持ちが強かった。冬山における経験があまりなく、自分でリーダーとなる実力もなく今回は連れて行ってもらうんだ(私の場合はいつもそうである)、という考えでルートもろくに調べず、装備も人任せのとんでもない隊員だったことは確かである。ルート工作、ラッセル等リーダーの苦労は大変なものだったと思う。今回の山行から帰ってみて、やはり冬山は行こうというファイトと経験と決断力が必要だったと感じた。
 12月29日の夜行で常念隊と共に新宿を出発する。これから先のことを考えると不安が頭の中を駆け巡る。
 12月30日、沢渡から明神養魚場までの長い道を重い荷を担いで行く、岩を登るのだから荷を軽くしようと言いながら軽そうにしているのは誰もいない。
 12月31日、ヒョウタン池からラクダのコルを目指して出発する。朝からヘリがやけに飛んでいるなと思いながら行く、聞くと明神東稜で雪崩事故があったとのこと、先の不安が強くなる。更にヒョウタン池から上部を見ると、私は隊を間違えたのではないか、このまま引き返そうと思った。ここで引き返すパーティもあり頭の中には沢渡での放送が思い浮かんでくる(引き返す勇気を持ちましょう)。
 1月1日、前穂を目指して出発する。先行パーティがラッセルしてくれるのでその後を行くが、しかしバテる、自分の体力のなさにがっかりする。ラクダのコル手前で植村さんが落ちたと叫ぶ。人が落ちたのかと思ってラクダのコルの方を見ると、ラクダのコル直下からの雪崩であった。先行パーティもこの雪崩にあって明神岳への登攀を諦めて引き返して行った。とうとう私達のパーティともう一つのパーティとなってしまった。ラクダのコル上部に植村さんと金子さんがザイルをフィックスする。
 1月2日、朝は天候があまりすぐれなかったが、今回の山行中一番の良い天気に恵まれ、明神岳のアタックを開始する。最初の2ピッチはザイルがフィックスしてあるにもかかわらず結構手間どる。更に上部は雪田となり雪崩の不安があったが、植村氏がルート工作を行う。私達も続いて登りやっと明神に登頂したがここからの前穂、奥穂を見ると先はまだまだと思った。
 前穂頂上に16時近くに到着、頂上には他のパーティはいなく蝶ヶ岳隊、常念隊は下山又は明日下山ということでなんだか取り残された感じがする。天幕の中では下山した時の食べ物の話をしている。そろそろアルファ米も飽きてきただろう。
 1月3日、天候が良くなる見込みがないが、白出のコルへ向けて出発、奥穂からの下りは風に悩まされた。マツ毛が凍り付き前が良く見えなくなる。やっとの思いで穂高山荘に到着。冬期の小屋は大賑わいで30人程入っている。おかげで暑くて寝られなかった、でも小屋はありがたいものだ。
 1月4日、下山してからの食べ物のことを考えながら一目散に駆け降りる、今までの不安など頭にまるでなく食べ物のことしか考えなかった。げんきんなものである。


佐藤 明

 今冬はクリスマス大雪のせいで、年末の雪の状態は非常に不安定だった。そのため我々より1日早く同じ明神東稜に入山した川崎のパーティは、不幸にも雪崩に巻き込まれてしまった。
 我々としても明神岳頂上直下の急傾斜の雪田では雪崩の危険のため、精神的にシビアな登攀を強いられた。6名でザイル2本しかなかったことも、登攀時間的に不利となり、精神的ストレスにつながってしまったようだ。
 前穂のピークはブロックが積まれてあり、意外な程快適なビバークサイトを提供してくれていた。しかし広さとしては5張分ぐらいなため、混雑する時期には当てにしないほうが良さそうだ。
 前穂と奥穂間の吊尾根は風雪のため、ほとんどホワイトアウトの状態であった。そのため雪庇と雪崩及び滑落の恐怖がつきまとい、全く気を抜くヒマがない。このような悪天時、安全に導いたリーダーに感謝する。
 下山してから振り返るに今回の山行は、私にとっては体力よりも精神力との戦いであったように思える。
 担当した会計の報告としては、かかった費用6日分で、1人4500円くらいである。
 今回の合宿全体としては成功であるが、少なからず反省すべき点が思い浮かぶ。これについては後日実施する反省会後に本誌「岩つばめ」上で、改めて報告する予定である。


千代田 美紀

 12月29日、ズラッーと並んだ人とザックを予想して新宿へ向かったのだが、20時ホームへ着いてみると、なんのことはないザックは4・5個と人が一人座っているだけではないか。肩透かしをくわされた気分のところに、見送りに来てくれたちかちゃんや大塚さんたちが飲んでいるとの情報あり、私もちょっと一杯。23時発の電車は混雑もなく楽々と松本着。タクシーで沢渡まで入り、後はひたすら上高地(養魚場)を目指してトコトコ歩く(あーあ、夏だったら車で行けるのに)。
 12月30日、今日の予定はラクダのコルまで、まだずっしりと肩にかかる荷物を背負って、雪道をひーこらへーこら登ること約2時間でヒョウタン池に着く。さっきから気になっていたヘリコプターのことを近くの人に聞けば、なんと昨日、ヒョウタン池からラクダのコルの間で発生した雪崩で2名死亡、1名が行方不明になってしまったと教えてくれた。その一人を今朝からヘリコプター3機を使って捜索しているらしい。どうりで年末の山を撮影しに来たにしてはしつこいと思ったが、嫌なニュースである。我々の予定が1日早ければ、私達がやられていたかも知れない。
 ヒョウタン池では早速テントを張っているパーティも幾つかあったが、私達はとにかくラクダのコルまで行こうとアイゼンをつけて準備はしたものの、先発しているパーティのザイルが伸びず、第一階段の下で待たされること1時間半。泣きの涙で今日の行動は諦めてザイルを1本固定してテントを張ることにする。幕場はヒョウタン池から100m程登った所で(下からでは見えない)、テント2張は張れる快適な場所で、防風ブロックは弘道さんに任せました。北海道で育っただけあってスコップ一丁で器用にブロックを積み上げていく。こうして出来上がった快適なテントの中で年越しソバをつつきながら59年の大晦日は、静かに静かに過ぎていった。
 1月1日、昭和60年の元旦の朝は晴れ。今日こそはラクダのコルに行き、あわよくば前穂まで行けるのではないかという、希望的観測をもって出発したのだが、ラクダのコルに着いた途端、目の前で雪崩が発生。丁度他のパーティがザイルを固定して登り始めた途端足元2~3m下が崩れたのである。雪の状態はグズグズで全然締まっておらず、天気も良くいつ雪崩が起こってもいい状態である。取り付いていたパーティは勿論引き返す。一昨日の死亡事故のことも考えて今日の行動はラクダのコル止まりとする。結局、これから先はトレースがなく、四苦八苦しながら登る冬山合宿となったのである。2日以降は湯谷さんが書くこととなっているので詳しいことは、そちらの原稿を見てください。

〈コースタイム〉
○12月30日 松本発タクシー → 沢渡(6:30~7:40) → 坂巻温泉(9:00) → 釜トンネル(10:00) → 大正池(11:00) → 上高地(11:50) → 明神小屋(13:10~13:45) → 養魚場(14:00)
○12月31日 起床(4:00) → 出発(7:25) → 東南稜基部(9:10~9:30) → ヒョウタン池(10:30~10:50) → 第一階段下順番待ち(11:30~13:00) → 天場(13:30)
○1月1日 起床(3:30) →出(発6:30) → 第一階段下順番待ち(6:35~7:30) → ラクダのコル幕場(10:50)

追記
 今回の冬山合宿を通じて、先ず何が一番厳しかったかというと、1月3日吹雪の中の吊尾根である。心して行ったものの実際まつげも凍りついてしまう烈風の中、荷物を背負って雪を払って岩を掘り出し、岩を登り、張り出した雪庇をピッケルで崩してみたり、グサグサの雪のラッセル、吹雪の中の用足し(これが一番辛かった?)等である。思い返せば色々あったようだが、出来上がった写真を手にしていると、あの真白な雪と真青な空と、また雪明りと月明かりで見えた穂高岳からの周りの山々と上高地など、久しぶりに感激のあった穂高であった。また下山後の新穂高の温泉と高山でのミーハー観光などすべてが楽しい思い出として残っている。
 今回も食当であったのでメニューを記しておきます。よければ今後の参考にしていただければ幸いと存じます。

12月30日 ご飯(アルファー米)160g×4袋、とりなべ(ネギ400g、トリ肉600g、豆腐600g、キャベツ1200g、シメジ300g、醤油、ポン酢)
12月31日 ご飯(アルファー米)160g×4袋、昨晩の残りのスープでおじや(スープ、キャベツ、ワカメ)
カンパン12個、サラミ2個、チョコ2個、甘納豆、ミックスナッツ、マーガリン、以上1人90g
チャーハン(アルファー米)160g×4袋、年越しソバ(ソバ600g、ネギ、サツマアゲ)、鯛の塩焼き1尾
1月1日 雑煮(餅50g×16個、ホーレン草16g、焼豚260g、カマボコ)、栗キントン
ビスケット、かりんとう、チョコ1個、アメ1個、甘納豆、以上1人90g
赤飯(アルファー米)160g×4袋、インスタント吸い物3g×6袋、鯛の塩焼き1尾、ロースハム1本
1月2日 五目オコワ160g×4袋、ポタージュスープ67g×2袋
かりんとう、サラミ1個、甘納豆、アメ2個、チーズ1個、以上1人110g
ご飯(アルファー米)160g×4袋、ビーフシチュー45g×6袋、ポテトサラダ(ポテトの素150g、ハム170g、ワカメ10g、レーズン80g、マヨネーズ300g)
1月3日 山菜オコワ(アルファー米)160g×4袋、ミソ汁10g×6袋、ポテトサラダ(昨日の残り)
カロリーメイト1袋、チョコ2個、ミックスナッツ、甘納豆、アメ1個、1人100g
ご飯(アルファー米)160g×4袋、カレー80g×4、煮豆160g、ベーコンスープ(ベーコン100g、ネギ2本、ホーレン草)、プリン、甘酒
1月4日 ご飯(アルファー米)160g×4袋、ミソ汁10g×6袋、フリカケ30g、塩コンブ40g、煮豆160g
カロリーメイト1袋、チョコ2個、サラミ1個、アメ1個、ミックスナッツ、甘納豆、1人105g
ご飯(アルファー米)160g×4袋、カレー80g×4

 以上総量として約20kgであり、1人約3.3kgの負荷となった。(以上は6人前)

概念図

湯谷 茂樹

 千代田さんに引き続いて書きます。1月2日入山して4日目。3時20分起床、外は雪が舞っている。今日の行動をどうするか、明るくなるまで様子を見ることにする。6時35分定時交信するが、他隊はもうピークを踏んで下山するのみであるが、僕等はこれからが核心部だ。7時頃より天幕撤収開始。少し遅れて隣りのG登攀クラブも出発の用意を始める。7時20分、一足先にラクダのコルのテントサイトを出発する。明神主峰直下の岩場に取り付く。前日のうちに第2ピッチまでフィックスを伸ばしていたが、トレースは前夜からの降雪で消え、初っ端からラッセルである。植村さんがトップで登ってゆく。下部露岩を左へトラバースし急な雪壁を頂上して第1ピッチを終了。8時40分。続く2ピッチ目は10mほどのジェードル。出口のところをフィックスを頼りに乗っ越す。10時15分。3ピッチ目はジェードルから雪田を20mほど直上、露岩に突き当たり右から回り込む。思ったより雪が多く胸までのラッセル。11時40分。4ピッチ目は左の稜線に向かって左上、ここも胸までのラッセル。あやしげな灌木にセルフビレイををとり、身体を岩の上に固定し"ボディビレイ"でフィックスを張る。11時40分。最後の5ピッチ目、植村氏に替わり佐藤明氏がトップで頂上下の雪田を登る。雪は意外に少ない。小広いテラスに出る。12時10分。ここでザイルを解き、ほんのひと登りすれば明神主峰頂上だ。12時20分。ガスの間から見える真白な奥穂高岳がきれいだ。右側に北尾根を見ながら岩と雪の斜面を登りつめると前穂高岳の頂上であるここからは360度の展望が開け美しい。その代り風は強く、キジ打ちの時などどうかしているとお尻が粉雪にまみれてしまう。頂上には他のパーティは居らず、僕たちだけの前穂の夜。21時就寝す。
 1月3日、4時20分起床。8時5分出発。稜線通しに吊尾根をゆく。途中アプザイレンを1回。最低鞍部を少し過ぎた所よりコンテで行く。明氏が雪庇を踏み抜きかけたり、植村氏の目の前で雪庇が崩れたりするなど怖い目にあう。12時12分、奥穂高岳頂上着。山頂に立った途端、もの凄い風。写真を2~3枚撮っただけで、そそくさと白出のコルへ向けて出発する。頂上直下、尾根が2本に分かれていて迷う。地図から判断すると左側の尾根がルートのように思われるが、指導標は右側を指している。植村、佐藤両氏の判断で右側の尾根を行く、途中ペンキ印を発見。コルまでの下りは風が強く、雪がマツ毛にへばりつき、目が開かないこともしばしばあった。13時20分、穂高山荘冬期小屋着。到着した時には皆んなの顔は凍っていた。小屋はきれいで快適。僕たちの前に居たのは1パーティーのみ。コーヒーや甘酒を飲みつつくつろいでいると、15時頃もう1パーティーが来た。もう後はこないだろう、広々として快適だが夜は寒そうだなどと思っていたのだが、すっかり暗くなった頃15人ぐらいが団子になってやって来て、小屋は満員になった。食事時、隣りの日大パーティーがコンロから火を吹き上げたりするハプニングもあったが21時30分無事就寝。暑くて寝苦しい夜だった。
1月4日、5時起床。登攀用具をジャラジャラさせて滝谷へ向かう他のパーティーを見送って、8時5分出発。風はさほどなく、視界もきき、下山日和、涸沢岳まで少し登り頂上から左へ折れ西尾根を下降する。振り返ると奥穂、ロバの耳、ジャンダルムが見える。下山かと思うと寂しい、右側には滝谷が黒く切れ落ちている。一度登ってみたい。きれいな台形をした蒲田富士を過ぎると樹林帯に入る。シリセードなどを楽しみつつ、11時40分出合に到着。新穂高温泉には13時20分に到着。下りで一緒になった白稜会の山本、丸山氏と共に槍見館に宿をとる。旨い飯と露天風呂でくつろぐ。


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