トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ259号目次

一ノ倉にヘルメットは似合わない
高橋 清豪

山行日 1986年6月1日
メンバー (L)田中、千代田、中沢、金子、廿楽、高橋(清)

 6月1日、一ノ倉は快晴、今日がデビュー戦の僕を迎え撃つ岩壁は朝日をあびて艶やかに美しい。田中、千代田、廿楽の3名は南稜へ、金子、中沢両名に連れられて僕は凹状へと向かう。この日一ノ倉は盛況で、既に多数のパーティが取り付いており、落石も著しい。そんな活気に浮かれた我が愛用のヘルメットは、この手をスルリと抜けると、テールリッジを一気に駆け降りて、はるか雪渓の彼方へ消えて行くのであった。しかし心配御無用、万事抜かりのない田中リーダーは僕のために特製のヘルメットを用意していた。いつもは意地の悪い彼も、この時ばかりは何と慈愛に満ちて見えたことか。
 南稜はかなりの渋滞だが凹状は我々だけ。岩が濡れていたり、浮石が多少あったりもしたが、金子氏のリードなのでルンルン気分、浮石なんぞなんのその、なにしろこの特製ヘルメット、極めて軽量しかも頭にぴったりフィットするので、被っているという感じが全くしないというすぐれもの、おかげで快適この上ない。
 テラスに腰をおろすと、初夏の日差しは惜しみなく降り注ぎ、眼前には滝沢スラブがどっかとそびえ、あちこちから岩の崩れ落ちる音、そして落石と戯れる歓声が沸き起こる。のどかだ。次第に頭がからっぽになっていく。天国的な穏やかさ、究極の日なたぼっこにしばしの恍惚となる。
 さて5時間の登攀の後、北稜を懸垂下降し、雪渓に手をやきながらも無事出合いに到着。しかし谷川岳経由で下る南稜パーティを待つ事数時間、一旦は温泉も諦めかけたが、気丈にも朝帰りを決意した一行は、家路を急ぐ廿楽嬢を水上駅に放り出すと、一路谷川温泉へ向かった。そこであの特製ヘルメットが、そのもう一つの働き、即ちタオルとして機能を発揮するのであった。


トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ259号目次