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白馬岳と黒部峡谷温泉の旅
倉林 さとみ

山行日 1986年8月15日~17日
メンバー (L)佐藤(明)、加藤、作田、木村、飯田、倉林

 "いい湯だなあ"。祖母谷(ババダニ)温泉の湯はとうとうと流れ、惜し気もなく湯船からあふれ出ては、谷間から滾々と涌き出づる清水である。大自然の恵みを心から感謝しつつ、今までの道のりを振り返った。
 8月14日、新宿駅アルプス53号待合場に到着したのは8時半過ぎ、行列の中に思いがけず章子さんの姿を発見した。聞けば順番を取っておいてくれたのだとおっしゃる。それにカルピスの差し入れまでも、用意して下さった。感激ひとしおである。しばらくして木村氏、千恵子さん、飯田さんが来た。4人で列車に乗り込んだ。八王子で明氏が乗車。佐藤家の野菜の漬け物を肴に皆でビール等を飲み、いい気分になったところで車中泊となる。
 8月15日、朝5時20分、白馬駅で先に来ていた加藤氏と合流。タクシーで猿倉へと向かった。いよいよ白馬岳へ挑戦である。始めは山土が露出しているだらだらの坂道だが、登るにつれジャリ、石ころ、岩の道となっていった。約1時間ほど行って大雪渓に差しかかった。8月半ばだというのに、山肌は一面雪に覆われ頂上から吹きつける風は、氷のように冷たい。登山靴の先で雪を蹴りつけながら登っているので、体はかなり熱くなっているはずなのに、ヤッケやセーターを着込まなくては、いられない程の寒さである。雪渓を登る人の群れは絶えない。数珠のように途切れることもなくつながっている。子供から初老の方まで様々である。"さすがに有名な白馬岳だ"と一人で納得した。頂上に近づくにつれ、ガスが濃くなり視界がだんだん狭くなっていった。分岐点で荷物をデポし、身軽な格好で20分程行くとそこは頂上であった。天気が良ければ見渡せるはずの山々も、白いもやの中に埋もれ、ただ茫々とした風景の中で、白馬岳頂上の立札をバックに記念写真を撮った。雨が降っていないだけよかったけれど、こんなに何も見えないのではつまらないから、もう一度来なくては、と千恵子さんはつぶやいていた。我々は少々残念に思いながら頂上を後にし、清水岳を目指し西へと下って行った。このルートにはほとんど人がいない。いや全くいない。6人は群れて咲くチングルマやシナノキンバイなどの美しい高山植物を鑑賞しつつ、花の名を確認し合いながら、人気のない山道をたんたんと進んだ。静かである。時折、鳥の鳴き声が聞こえてくるのみである。
 清水平の少し手前で、ツェルトを張っている中学生2人とお父さんのパーティに出会った。父親は酒を飲み、子供はあぶった干物を食べている。そんなほのぼのとした雰囲気に、父子の真の結びつきのようなものを感じた。コミュニケーションきっとうまくいっているんだろうなあ。清水岳手前の鞍部に幕場に絶好の窪地を見つけたので、そこに泊まることにした。高山植物さんごめんなさい、と心の中で詫びつつ、テントを張り宴会を始めた。明氏と加藤氏はもっぱら日本酒、千恵子さんは梅酒である。おつまみは、ふじっこ煮、あさりのつくだ煮、マルサンのいかの塩辛など。疲れているときは塩辛いものがとても美味しい。夕食は山菜おこわとニンニクの芽とベーコンの炒め物。ニンニクの芽は初めて食べたけれど、臭いもきつくなく、噛むと甘味があって精もつきそうだし、美味で栄養満点の食物だと思った。ガスのため星はほとんど見えずがっかり。夜も更けたのでテントに4人、ツェルトに2人と分かれて就寝。
 8月16日、朝3時45分起床。餅入りうどんを食べ、5時30分出発。コマクサ、キッコウキスゲの群落に目をうばわれたり、雲間より時折のぞく眼科の景色を眺めたりしながら、千恵子さんを先頭に祖母谷へ向けてひたすら下って行った。不帰岳避難小屋を過ぎてすぐボーイスカウトのパーティと遭遇した。やはり祖母谷へ向かう途中。お互いに抜きつ抜かれつしながら、林の中を通り、崖を下り、沢を越え8月の暑い太陽に照らされ、滲み出る汗をものともせず先を急ぐ、後もう少しで温泉だと思いながら・・・・。
 祖母谷温泉は露天風呂も豊富である。河原にあるもの、石造りのものと様々だが、その内の一つコンクリート製の大きい、鯉の養殖用水槽のような旅館の露天風呂に思い切ってチャレンジした。真昼間だったので人目をはばかり、バスタオルで全身を覆い、黒部峡谷を目のあたりにして湯につかった。湯の華が浮いている。硫黄泉である。ここは最初入った内湯よりもかなりぬるめだが、青空の下の入浴はすこぶる爽快である。
 祖母谷を後にして、我々は欅平へと向かった。ここはあまりにも観光地化され、人が大勢いて秘境の温泉の風情を失いつつあった。ケヤキ平よりトロッコ電車に乗り鐘釣へ、トンネル内はひんやりとして鳥肌が立つほどである。岩は荒く削られたままの姿で坑道を思わせる。
 鐘釣温泉は露天風呂しかなかった。河原では水着を着た人たちが水遊びならぬ湯遊びをしていた。中には白いパンツで入っている父子もいて、あまりいただけないなあと思った。女性専用の洞窟風呂もあり、チャポンチャポンと響く湯の音は耳に心地よく、月明かりに照らし出された様子は神秘的でさえあった。他に万年雪を眺めながら入れる岩風呂もあり大いに楽しむことができた。
 8月17日、再びトロッコ電車に乗り、黒薙温泉へと向かった。駅に着き真っ暗なトンネルを靴音を響かせながら10分程歩いた。先ず露天風呂へ。宿の親父さんに、アブがいてとても入れたものではない、とたしなめられたが、ここまで来て行かずに済ますのはもったいない。様子を見に行ったが湯は熱くて入れない。虫もいる。あきらめて内湯に行った。入浴料150円也。格安の値段である。自炊もできて、おじいさんが湯治に来ていた。観光客は見かけない。胃腸病等に効くそうである。ここの温泉を詩ったものだろうか、田中冬二の詩が黒い御影石に彫りつけられ、浴室に飾られてあった。浴槽も洗い場もすべて磨かれた石造りで美しい。川の流れを見ながらのんびりと湯につかる。ここがこの旅最後の温泉だと思うと少し寂しくなった。いつか又来たいと思った。

    ぢぢいとばばあが
    だまって湯にはいっている
    山の湯のくずの花
    山の湯のくずの花
                山田冬二

〈コースタイム〉
猿倉出発(6:28) → 山頂宿舎着(12:00) → 白馬頂上(12:50) → 幕場
幕場出発(5:30) → 清水岳着(5:50) → 不帰岳避難小屋(7:20) → 祖母谷着(12:10)


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