トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ260号目次

涸沢定着・岩登山行
金子 隆雄

山行日 1986年7月27日~8月4日
メンバー (L)金子、高橋(清)、田原

 7月27日 入山
 朝、上高地の村営食堂で朝食を食べ歩きだす。横尾までは順調に来たが、横尾からの登りになると途端にペースダウンとなる。荷物は二人とも30kgくらいある。涸沢が近くなるほど休む回数が増えてくる。午後4時ごろバテバテで涸沢着。テントは昨年と同様貸テントを使用。岳人に申し込むと無料で借りられる、ミクロテックスのテントである。但し、幕営料は一人一日400円する。
〈コースタイム〉
上高地(7:30) → 明神(8:20) → 徳沢(9:30) → 横尾(10:40) → 涸沢(16:15)

 7月28日 滝谷第三尾根~ドーム中央稜
 涸沢より北穂南稜を登り、松波岩からC沢を下る。C沢は所々雪が残っており結構悪い下降だった。今年は雪が消えるのが遅いみたいである。合流点から右俣へ入り、ガリーを1本見送って次に現れる赤っぽいガリーが三尾根の取付きである。
 1ピッチ目はノーザイルで登り、ガリーの途中よりアンザイレンする。2ピッチでガリーを抜け、その後2ピッチでピナクル下のテラスに出る。詳しいルート図を持っていなかったので、ここをどうやって越すかわからず、フェースの左端の苔の詰まったようなクラックに取付いてみるがとても3級のルートとは思えない。難しくて登れず、降りて右のピナクルとフェースの間のチムニー状に入り右に廻り込む。こっちはもっと悪い。悪いトラバースからクラックを登り、浮き石の多い所を登りT3にて一息つく。その後、草付きのクラック、ガリーを登り3ピッチでT2へ出る。
 三尾根はここまでで、これからダイヤモンドフェース側へ踏跡を辿り、ドーム基部へと続くバンドをトラバースしてドーム中央稜へ取付く。いつもながら素晴らしいルートファインディングで取付きを間違えた。ハングした凹角を人工を交えて越し、正規のルートに入る。リッジからカンテを快適に登り、容易な岩稜を越し凹角、チムニーと変化に富んだピッチをこなし、最後のクラックはジャミングをビシバシと決めて手を血だらけにしながら終了となる。
 ドームの頭に出たがガスが出て視界が全く利かず下降路がわからずしばらく休んでいるとガスの切れ間から縦走路が見えた。歩いて5分ぐらいの近さだ。あとは疲れた体をひきづって涸沢まで帰る。
〈コースタイム〉
涸沢(4:30) → 松波岩(7:15) → 三尾根取付き(9:15) → ドーム取付き(13:10) → ドームの頭(16:10) → 涸沢(18:00)

 8月29日 屏風岩東稜
 涸沢から横尾の岩小舎まで下り対岸へ渉るのだが、あるはずの丸木が無いのである。雪融け水はとても冷たく徒渉をためらったが意を決して水に入る。渉り終わってからもしばらくは足が痺れてなかなか元に戻らない。
 一ルンゼの押出しをT4尾根に向かって登って行く。今日は朝から雲一つ無い晴天で、もう汗まみれである。T4尾根は尾根といっても下部はほとんど壁といってもいいくらいで、4級ぐらいの登攀となる。2ピッチで上部の踏跡に出る。T4まで踏跡を辿り、T4から横断バンドをトラバースしてT2へ至る、はずであったのだが、T4手前の踏跡に入り込んでしまい悪い草付きを登るはめになってしまった。
 T2の木陰で一休み、この先は登り終わるまでギンギラギンの太陽に照らされて干からびてしまうことであろうと思われるので、木陰に未練が残りなかなか出発できない。取付きのちょっとしたハングには数本のボルトラインが走っておりどれでも登れる。1ピッチ目は短く、すぐにバンドに上りピッチを切る。続く2ピッチ目は快適な人工で左斜上し、ザイルいっぱいでビレーポイントだ。3ピッチ目は短いがとってもいやらしい所です。脆い岩のフリーで最初は左上へ登り、途中から右上へ向かってちょうど「くの字」の形に登って行く。4ピッチ目はまた人工で小さなハングを二つ越えて行く。5ピッチ目は短い草付き混じりをS字形に登ってバンドに至る。水平のバンドを右にトラバースし、上に乗ったら剥がれるんじゃないかと思うようなフレーク状の岩に乗り、そこから人工で登りブッシュの中に飛び込んで終了となる。
 屏風の頭までヤブに覆われた踏跡を1時間ほど歩く。最低コルから涸沢へはパノラマ新道を行く。今日は田原さんが入山してくる予定なので早く帰らねばと思っていたが、涸沢に帰り着いたのは大分遅くなってしまった。田原さんは既に到着しており我々の貸テントでくつろいでいた。言わなくともわかると思うが、その晩は入山祝いを名目にしてほとんど手付かずで残っていた一升瓶を空にした。
〈コースタイム〉
涸沢(5:00) → 横尾岩小舎(6:15) → T4尾根末端(7:30) → T2(9:30) → 登攀終了点(15:30) → 涸沢(18:40)

 7月30日 停滞
 今日は田原さんがその昔途中までルート開拓したという幻のルート「屏風岩右岩壁アルムルート」へ出かける予定であったが、朝起きれなかったので今日は休養日とすることになった。アルムルートというのは田原さんは絶対存在すると言うが、そのルート図、記録などは見当たらず、おそらくずっと昔に初登攀されて以来登られていないルートだろうと思われる。
 今日は朝から天気も良く、昨夜あんなに飲むんじゃなかったなあ、田原さんに悪いことをしてしまったと後悔しつつも、のんびりと涸沢の一日を過ごす。

 7月31日 涸沢槍東稜~ドーム北壁
 涸沢から見上げると涸沢岳の右隣に槍ヶ岳を小さくしたような鋭峰が見えるが、あれが涸沢槍である。この山は涸沢から見た時だけその姿が認められるが、他の場所からだとそこに山があるのかどうかも分からない不思議な山なのです。
 ザイテングラードを白出のコルへ向かう人達に混じって登る。東稜の取付きの真下とおぼしき辺りで登山道を外れ、取付きを目指してひたすらガラ場を登って行く。たっぷりと汗をかいたころ尾根の末端に着く。出だしは岩が脆くて緊張するが、後はどうということもない。頂上付近は菱餅を積み重ねたようだ。頂上から5mも下るとすぐに縦走路となる。
 まだ時間も早いし、帰りがけにドーム北壁でも登ることにして縦走路をドームへ向って進む。ドーム北壁は縦走路から10分ほどで取付きへ行くことができる。2本のルートがあり右ルートはフリー主体、左ルートは人工主体のルートである。我々より先に基部へ到着していたパーティがあり右ルートを登るということなので、我々は左ルートを登ることにする。ルート図によると4ピッチとなっているが、各ピッチが短いので45mザイルがあれば2ピッチで終了となる。
 1ピッチ目は出だしから人工で直上し、途中のバンドでピッチを切らずザイルいっぱいまで登ると外傾したレッジがあり、ここでピッチを切る。1ピッチ目を登り終わらないうちに激しい雨が降り始め、やがて雷が鳴り大粒の雹が降ってきた。20分ほどで止んだが岩は濡れて2ピッチ目のフリーはいやらしくなった。目いっぱいザイルを延ばすとドームの頭に出て終了となる。
〈コースタイム〉
涸沢(6:15) → 涸沢槍東稜取付き(8:30) → 涸沢槍ピーク(11:10) → ドーム基部(13:00) → ドームの頭(15:10) → 涸沢(17:05)

 8月1日 滝谷クラック尾根
 今日は前々から一度は登ってみたいと思っていたクラック尾根へ行くことにする。アプローチは北穂北峰よりキレット側へ100mほど下り、B沢を下降していく。B沢の下降もなかなかいやらしいが、それでもC沢に比べればずっと楽だ。やがて左側に顕著なバンドが現れる。入口にボルトが打ってあるのですぐわかる。バンドを伝って回り込むとクラック尾根の取付きに出る。取付きは尾根の左端からで、あまり奥まで行って取付くと我々のように悲惨な目に会ってしまう。
 草付き混じりをハーケンに導かれて左斜上気味に1ピッチ登ったが確保支点がなく、ハーケンを打ち込んでも全く効かずフレンズでの確保となる。続くピッチは直上しようとしたが浮いている岩が多く、浅いクラックには苔が詰まっており直上は無理と考え、左へ左へとトラバースすることになる。岩は極端に脆くてザイルを引くだけで岩がバラバラと落ちていく。下に人が居なくてほんとによかったと思う。結局尾根の右端から左端までトラバースすることになってしまった。それにしてもものすごくシビアだった。
 次のピッチもまたまた変な所を登ってしまった。10mほどの苔むしたオフウィズスクラックを七転八倒して抜けると旧メガネのコルに出てようやく正規のルートに合流できてほっとする。なにせ登山大系に載っている簡単なルート図しか持っていない悲しさである。
 旧メガネのコルから1ピッチで核心部のジャンケンクラック下のテラスに着く。とは言っても我々にとっての核心部は旧メガネのコルに辿り着くまでだったように思う。ここには3本ほどの明確なクラックが走っているが、真中の体が半分入るくらいのクラックを登る。体を入れてしまうと登りにくいので外に出て登らなければならないが、ホールドが乏しくなかなか厳しい。T7から右のフェースを登り途中でB沢側へ廻り込みB沢へ下り、ガラ場大テラスに出る。ガラ場大テラスから北穂小屋を目指して登る。小屋の脇に出るはずだったが北穂の頂上に直接上がってしまった。居合わせた登山者に拍手で迎えられて照れくさかった。頂上に着いてほどなく夕立がやってきたので北穂小屋で雨宿りしてから涸沢へと下山した。
〈コースタイム〉
涸沢(6:20) → 北穂北峰(8:20) → クラック尾根取付き(9:20) → 北穂北峰(16:30) → 涸沢(19:00)

 8月2日 ジャンダルム飛騨尾根
 飛騨尾根は当初全く予定になかったのだが、高橋君の強い要望により登ることになった。涸沢から4~5時間とアプローチが遠いのでなかなか大変なのだ。奥穂までは道もしっかりしているのでどうということもないが、奥穂からジャンダルムまでは一般縦走路とはなっているがなかなかに険しい。ジャンダルムから飛騨側に延びる飛騨尾根は奥穂高岳に立つとすぐにそれとわかる長大な岩稜である。
 ジャンダルムとコブ尾根の頭とのコルからβ沢を下降し尾根のT3付近から取付く。途中岩の脆い所もあるが、総じて岩は堅くしっかりしており快適なリッジの登攀が楽しめる。こんな所を登りに来るのは我々ぐらいのもんだろうと思っていたが、意外にも我々の他に3パーティほどが登っている。登攀時間は4時間ぐらいで割と短く、難しい所もないので初心者にはいいルートだと思う。
〈コースタイム〉
涸沢(5:10) → 白出のコル(7:00) → 奥穂高岳(7:55) → 飛騨尾根取付き(10:00) → ジャンダルム(13:10) → 涸沢(16:30)

 8月3日 前穂高岳北尾根
 高橋君の休みが今日までなので、今日下山していった。私はもう一日残ることにするが一人なのであまり難しい所へは行けないため、前穂北尾根へ行くことにする。普通は涸沢からⅤ・Ⅵのコルへ上りそこから登り始めるらしいが、どうせなら末端から登ろうと思い最低コルから登ることにする。最低コルから半分ヤブに隠れた踏跡を辿りⅧ峰、Ⅶ峰と越えて行く。涸沢へ荷物を運んでいるのかヘリコプターが眼下を忙しげに飛び回っている。
 Ⅴ峰辺りからブッシュもなくなり完全な岩だけの世界になる。Ⅲ・Ⅳのコルから見上げるⅢ峰はとても傾斜がきつく見える。核心部といえるⅢ峰のチムニーはザイルが欲しいところだ。
 ここまで静かな岩稜歩きを楽しめたが前穂の頂上はさすがにすごい賑わいだ。前穂から吊尾根を通り奥穂高岳へ。奥穂から白出のコルへ降り、ザイテングラードを涸沢へと帰る。
〈コースタイム〉
涸沢(7:30) → 最低コル(8:00) → Ⅷ峰(8:30) → Ⅵ峰(9:55) → Ⅲ峰(11:40) → 前穂頂上(11:55) → 奥穂(13:35) → 白出のコル(14:20) → 涸沢(15:15)

 8月4日 下山
 今日は朝から雨が降っている。長かった今回の山行も今日で終り、暑い東京へ帰らねばならない。東京へ帰ると台風の影響で東京は大雨だった。山も大荒れだったに違いない。運が良かったとつくづく思う。


トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ260号目次