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昭和62年度正月合宿
その3 北沢峠、仙丈岳隊
服部 寛之
山行日 1986年12月29日~1987年1月1日
メンバー (CL)川又、(SL)服部、川田、佐藤(明)、大久保、今井、田中、河合、国分、本山、竹内、高木、安田、小林(健)、荒川

 12月28日、新宿23時20分発急行アルプス1号で辰野乗り換え、伊那北駅に翌朝5時16分着。辰野では乗り継ぎが悪く、飯田線始発豊橋駅まで1時間以上待たされる。毎度のことだが、眠くてつらい夜行で出かけると「どうしてこんな思いして迄山へ行かにゃならんのだ」と腹立たしく思う。伊那北でぞろぞろ降りた山屋さんは全員、駅前で待機していたバス2台に詰め込まれ、戸台へ。戸台6時30分着。バス停を下ったところの橋のたもとの公衆トイレの前で準備を整え、7時15分出発。北沢峠までの長い戸台川沿いの河原歩きは、適当に雪が積って冬山の気分がもり上がる。道は丹渓山荘で河原に別れを告げ、北沢峠に向けて斜度を増す。大平小屋手前の最後の一本から小屋に至るまでが、一番きつかった。北沢長衛小屋の幕場に14時着。居並ぶテント群のはずれに場所を定めてカマ天及びジャンボを張る。
 ここまでは順調であった。だが、この後の夕食の悲劇を誰が予想し得たであろうか。夕食は、大鍋が真赤に染まってしまうのではないかと思われるほどの、スーパーヒーカラマーボハルサメ。インド人もビックリ。ターバンだって飛び上がる。いくら激辛が流行だと言っても、限度というものがある。小生はあまりの色に食欲が減退し、たいして食べられなかった。ひとり涼しい顔の食当を除く全員が、目鼻口から火を吹きながら一丸となってこのオカズに取り組む姿は泪ぐましいものであった。私はここで泣諌(きゅうかん)かつキュウダンしたい。「ナンダ、コノオカズハ!!」飯の恨みは恐ろしいのダ。これは、次の三つの理由により非常識極りない。第一にm味はパーティ全員に受け入れられる最大公約数的味付けにするべきである。腹に流し込めばイイッてもんじゃない。人間の消化吸収能力は、味付けによって大いに左右されるのだ。さらに言わせてもらえば、味覚を麻痺させてしまうような超激辛は「味付け」などでは断じてない。第二に、そもそも山での食事は、殊に一日の行動を終えた後の夕食は、疲労から来る食欲減退を少しでも回復させるべく考慮すべきである。しかし、これでは全く逆効果である。第三に、水の貴重な冬山では、やたらのどが渇くようなメニューは避けるべきである。今回は湧き水が取れ、しかも定着だからまだいいようなものの、雪山での水の消費は即ち燃料の消費であることをお忘れなく。以上、言いたい事を言わせてもらった。苦労してメニューを考え、食事を用意してくれた食当にはちと「辛すぎて」コチンときたかも知れぬが、だがこの貴重な体験を広く将来に生かす意味に於いても、敢えて書いておく。
 嗚呼、それにしても辛かった!マーボハルサメは、当分見たくない。

 12月30日、今日は仙丈岳に登る。4時50分起床、7時25分出発。快晴、絶好のコンディション。北沢峠の公衆トイレの脇から尾根にとりつく。いきなり長くきつい上りが続く。トレースはバッチリ。大滝の頭でアイゼンをはく。ここからは甲斐駒が大きく美しい。南東の北岳は、この位置からはピークが均整のとれた美しい三角形に見え、どっしりと左右に開いた尾根の輪郭がそれを支えて、いかにもアルプス的な気品ある姿で聳えている。今回小生は、この角度から見た北岳が一番気に入った。さらに30分程の急登で森林限界を抜けると、ふくよかな線を持った小仙丈岳が大きく構えている。尾根を左から右へ吹き抜ける風がすさまじい。ここは這松の尾根で、アイゼンに踏まれて傷ついた様が痛々しい。なるべく踏まぬよう雪面を選んで歩く。
 小仙丈岳のピーク(2855m)に上がると視界は大きく開放され、景色は急変する。まず目に入るのは南西に隣接する仙丈岳本峰である。仙丈岳はカール地形が有名だが、ここから見えるのは小仙丈沢カールである。なるほど、見事な圏谷だ。本ピークは、北に向けて開いている藪沢カール中央部に位置し、ここからは見えない。目を左に転ずると、長い稜線を引く北岳と、その左肩に富士が重なる。我が国第一と第二の高峰が、ひとつ視界に収められる訳だ。さらにその左には鳳凰の峰が見え、地蔵岳のオベリスクがピョコタンと立っている。そして早川尾根を経て、北面に甲斐駒が立っている。そのピークから左へ下る尾根は鋸岳へと続き、その向こう側には八ヶ岳連峰が低い。すばらしい展望だ。
 小仙丈岳ピークで20分の休憩の後、そこを10時52分出発。仙丈岳ピーク(3033m)に11時50分着。けっこう賑わっている。ここは360度の大展望。先程の甲斐駒、鳳凰は勿論、白峰三山の南方には塩見岳を初め南アルプスの山々がひしめいている。群雄割拠といったところか。西側には伊那の谷を挟んで、中央アルプスの峰が連なり、その北端には御岳山も重なって見える。ちなみに、この仙丈岳の西面に源頭を持つ天竜の一支流は、三峰川という聞いた風な名前である。しかし何と言っても、圧巻は白峰三山である。気品のある北岳と厖大なマスの間ノ岳。いつかこの日本第二と第四の高峰を連ねる白い稜線を辿ってみたいものだ。
 仙丈岳ピークで全員揃って記念撮影の後、ピーク直下の窪地に風をさけ、小休憩。12時30分に下山にかかる。下りは速い。大滝の頭から皆アイゼンをはずし、滑るのを器用に利用して駆け下りる。だが、自らの運動神経の低度を心得る小生は、全身にコブアザ紋様を作って楽しむマゾ趣味も持ち合わせていないので、慎重をきしてアイゼンのまま下る。この差は歴然で、皆あっという間に見えなくなった。小生はマイペースで行く。北沢峠の道路に出た所で、写真を撮っていた何人かに追いついた。帰幕14時40分。後発の安田、もみじの小林さんと荒川君の姿があった。
 夕方からにわかに天気が崩れ出す。気温が高めで、みぞれとなる。フライは今回持って来て正解であった。昨年の正月合宿では『雨の槍平、フライなしブルース』に全員がないたのであった。今回は、その教訓が生きた訳である。だが、カマ天のフライ用に持ってきた養生シートは、当初不要との判断からマットの下に敷き込んでしまったため、引っぱり出すのにひと苦労であった。全員でカマ天及びジャンボにフライを張り、ひと安心といったところで夕飯の準備にかかる。今夜のメニューは辛くない。うれしい。

 12月31日、4時起床。降雪はまだ続いている。だが甲斐駒アタックは決行となる。アイゼンバンドが不調の大久保氏は残念だがテント番、代りに荒川君が加わる。安田、小林両氏は仙丈岳を目指す。今日もアイゼンはつけず、7時30分出発。仙水小屋上部の森を抜け、仙水峠に近づくと、風が一段と強まる。吹雪の仙水峠からは樹林帯の急登となる。本山さんが不調で、一人帰幕する。残念。森林限界の少し手前でアイゼンをつける。森林帯を抜けると、ひどい吹雪だ。視程30メートル。メンバーの一人のアイゼンが調子悪く、使えなくなった。だが、駒津峰までは行くことにする。強風に耐風姿勢を繰り返しながら、駒津峰に10時15分着。居合わせた人にシャッターを押してもらい、水平に降る吹雪の中で記念撮影。長居は無用とすぐ下山にかかる。樹林帯に入ってホッと一息、一本取る。傍らに上部の平らな適当な岩を見つけ、ここで甲斐駒ヶ岳大武川唐沢で亡くなった元会員の赤松彰氏の霊にお線香をあげ、冥福を祈る。そこからはアイゼンをはずして一気に下り、止まぬ降雪の中、帰幕は12時13分であった。間もなく仙丈岳へ向かった二人も帰り、あちらも敗退かと思ったらピークを踏んで来たと言う。さすがのスピード登山であった。
 その後は、夕食時を除いて酒党(ジャンボ)と非酒党(カマ天)に別れておしゃべりに興じた。酒は気分を解放し、口を軽くするものではあるが、人を批判し、他人の前で本人に向かって諭すようなことがあったのは、至極残念であり、あきれた。所を弁えぬ大人気ない酒は、飲んでもらっても楽しくはない。

 1月1日、昨日の風雪が嘘のような快晴。こんな日に下山とはもったいないが、仕方ない。撤収を完了して7時50分出発。大平小屋から丹渓山荘までの氷結した下りに苦労する。一部の者はアイゼンをつけて下る。戸台川河原の雪も、往路はけっこう積っていたのだが、一昨日からの荒天は下では雨だったらしく、きれいに消えていた。甲斐駒の白い高峰が青空に映えて、美しかった。その姿を目に焼きつける。バスで伊那北へ出、一部の者はそこから電車で直接帰省し、残りの者は伊那市から中央高速バスで新宿へ戻った。

〈コースタイム〉
12月29日 戸台(7:15) → 白岩堰堤(8:22~8:35) → 丹渓山荘(11:00~11:15) → 大平小屋(13:20~13:30) → 長衛小屋(幕場)(14:00)
12月30日 幕場発(7:25) → 大滝の頭(9:15~9:30) → 小仙丈岳ピーク(10:30~10:52) → 仙丈岳ピーク(11:50~12:30) → 大滝の頭(13:15~13:30) → 幕場(14:30)
12月31日 幕場発(7:30) → 仙水峠(8:30~8:40) → 駒津峰(10:15~10:25) → 仙水峠(11:24) → 幕場(12:13)
1月1日 幕場発(7:50) → 丹渓山荘(9:30~9:40) → 白岩堰堤(11:00~11:10) → 戸台(12:00)

費用
新宿→伊那北(含急行券) 4,900円
伊那北→戸台(バス片道) 1,170円
伊那北→新宿(中央高速バス) 3,300円
幕場代(一人一日) 350円
但し、団体三泊という事でけっこうまけてくれた。


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