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富士山
升田 直子

山行日 1987年7月11日~12日
メンバー (L)中沢、佐藤(明)、服部、升田、他2名

 「また山ですかぁ」っと同室の子。部屋の中は山の用意で乱れに乱れている。わたしの癖で一度小物、衣類、食料をカーペットの上にバラまく。ひとときボケーっとする。同室の子に言わせるとこのひとときが長いそうだ。それからのんびりザックに詰める。相変わらず下手なパッキングで情けなくなる。職場では休暇が重なり互換性をはかり三役掛け持ちである。その甲斐あってか「ごくろうさん、今日はビアガーデンでも行くか」っと嬉しい誘い。けれど皮肉なことに山行と重なってしまった。あれから1ヶ月。未だに二度目の声はかけられていない。惜しい事をしなたぁー。
 10時15分、中沢さんの車で富士吉田へ向った。途中で明さんが同乗する。わたしたちを待っている間、一人で一杯やっていたらしい。暗い中、足をブラブラさせながら、ひとりベンチに座り、おつまみと缶ビールを両手に持ちながらポツンと待っているのを想像すると先輩ながら可愛かった。
 8時起床。朝日がカーテンを閉めきった車の中にこもって暑い。のんびり迎えた朝だ。初めて近くで見る富士山は独立峰のため、他の山と比べられないのでそのスケールの大きさにはピンとこなかった。天気は不安ながらもしばらくはもちそうだ。
 六合目までタラタラと歩く。ここから八合目まで続く小屋と人の列を見上げながら、意外に頂上が近そうだなあと思った。この考えは、後になってしっかり反省させられることになった。七合目(2700m)は、わたしの数少ない山行の中で一番高い硫黄岳の標高だったので、まずはそこで1回目の感動。このあたりから小雨が降ってきた。岩場が多くてよいしょよいしょと思い足を運んで行く。次の小屋がすぐ見えた。八合目かなと期待すると、また七合目小屋。雨のため視界は効かない。やっと八合目に着いた時はそのまま寝そべりたかったけど、標高3100mの初めて味わう高さに2度目の感動。再び、相変わらずのゆっくりペースで歩いたけど、この時程八合目の小屋が多いのにはガッカリさせられた。着けども着けども看板は八合目と表示されてる。休み休み歩いて今度こそ九合目だと喜んでいたら本八合目となっていた。一気に力が抜けてしまった。何度も期待を裏切られ、六合目から見上げた時のルンルン気分がどこかへ行ってしまった。七合目過ぎから感じていた眠気と空腹感がこの頃から一段と強く感じられ、前を歩いている井上さん(中沢さんの友人)に「おなか空きませーん?」。後の堀場さん(服部さんの友人)に「おなか空いたぁ」っと訴えていた。途中、野沢直子のような人が「もうちょっとで頂上よォ。頑張ってぇ」と杖をつき、ケラケラしながら下山して行った。中沢さんはかなり重いザックを背負っていたので、疲労度はわたしとは比べようもなかったと思う。それでも「あーゆーミーハーが山頂まで行ったんだからガンバレ」と声をかけてくれたので、自分自身に気合を入れた・・・筈だった・・・。
 7時間ちょっとかかって4時25分、頂上を踏んだ。三度目の感動。相変わらずの強風と雨でテントは諦め、小屋泊りとする。扇屋1泊3300円也。夜のお楽しみメニューは具たっぷりのうどんだ。食当は会員でない井上さんにおまかせしてしまったけど、それがかえってよかったと思うととても美味しかった。7時に消灯なので早めに夕食を終わらせる。同じ小屋に、奥さんと友だちと三人で来ていたユタ州出身の弁護士の人は中二階のベットでわたしたちと言葉に不自由なく話をした。逆に、わたしたちが単語だけで会話しようとすると通じないらしく、服部さんの流暢な英語が横から助け舟を出してくれる。んーさすがだ!!
 高所のため気分が悪くなるといけないのでアルコールは少しひかえての宴会だった。あっという間に消灯になり、奥から、堀場さん、明さん、服部さん、ますだ、井上さん、中沢さんの順でひとまずおやすみなさい。みんな高山病の症状が出なくて良かったと考えながらウトウトしていた時、恒例になっている明さんの健全な寝息が、酸素のうすい空気を響かせた。あーまた先を越されてしまったとくやしがってももう遅い。当分寝られない。こんな感じだと、奥さんの伴子さんは、健太くんの夜泣きと、だんな様の健やかな寝息で大変だろうなぁと同情してしまう。しばらくすると右隣の服部さんがムックリ起き上がった。寝る前に食べたカキピーがあたったらしく具合が悪いようだ。続いて左隣の井上さんも頭痛とだるさを訴えてつらそうにしていた。自分も頭痛が感じられたけど、高所での歩くスペースがゆっくりだったからか幸いにも軽度で済んだ。中沢さんが井上さんに酸素缶を吸わせながら「吸ってー、吐いてー」を繰り返していた。わたしもその声に合わせてひそかに深呼吸をしていた。一番奥に寝ていた堀場さんは「オレ、殆んど眠れなかったなあ」っと言いながらも、二人が具合悪くなったことも全く気がついていなかったという、なんともとぼけた話。
 翌朝は、全員体調がベストでないので一刻も早く下山しなければいけないと、中沢さんの指示があり6時に下山。昨晩の雨は上がったものの相変わらずの風だ。本八合目で雲海が一部に見られた。ここでコースの行きちがいがあり、一時メンバーが二つに分かれてしまったけど七合目あたりで合流した。ゆるやかなカーブが続く砂道が延々と六合目あたりまで延びている。カーブのたび、斜めから吹く風に足をすくわれ一瞬、体全体に力が入る。途中の避難小屋で明さんが「このまま降りようか、おなか空いてないよな」と言ったのに対して、このチャンスを逃してはいけないと思い「すいたあー」っともらした。実際のところ、九合目あたりからグーグー鳴っていた。みんなも食べていないから仕方ないと思っても、ザックに入っているリンゴ、スポーツドリンク、パンなどが頭の中でパレードしていた。駆け降りながら、前の人(この時は服部さん)のザックにも食料が入っているんだと思うと後ろから飛びつきたくなる。よくある話で、のどがカラカラに乾いていると、チャポンチャポンと音を立てている前の人の水筒に目が行くのと同じである。この避難場所で15分の休憩をとり、先に歩いている中沢さんと井上さんを追いかけるように速歩きで降りた。五合目駐車場には9時頃に着いた。
 この山行以来、食欲旺盛になってしまった。以前、今の体重からは想像もつかない胃下垂だと診断されたけど、もし今調べてもらうとしたら胃拡張と言われそうで怖くて行けない。


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