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夏期温泉山行(GOGO山行)
川田 昭一

山行日 1988年8月5日~7日
メンバー (L)川田、伊藤、冨岡、佐藤(明)

 栃木帝釈山の源から流れる馬坂沢への釣と、プラス於呂倶羅山(オログラヤマ)へGOGO山行も兼ねての欲ばったプランを立てました。
 メンバーは伊藤、佐藤、川田、紅一点の冨岡の計4人、加須インターから伊藤君の愛車(ジープ)で飛ばすこと2時間30分、湯西川温泉部落のひとすみで泊ることになった。明君は手前にある川治温泉で泊ることを強く希望していたようだが、リーダーの独断と偏見で湯西川温泉と決めこんだ(ゴメンネ!!翌日が楽だからデース)。湯西川の一夜は、ひさし付の公民館のコンクリートテラスがホテル、風呂は少し遠いけれど車で2~3分の公衆浴場、すべて込みで一切無料。残念なのは焚火ができないだけで後は申し分がなかった。
 翌日、峠をジープで越えて反対側の馬坂沢林道へ降りた。最初の予定ではここから沢を登ること4時間の行程だったが、奥への林道開発のため1/5に時間が短縮され早々と目的のテント場にジープで横付けと相成った。
 さっそくテントを設営、焚火の準備を早々に終らせ、上流・下流・枝沢へと入渓するが期待を裏切るように大物は釣り上がらない。必ずどこかに潜んでいるはずだが・・・・。だがすぐアキラメたわけでなく大物志向への気持ちはついにエスカレートし過ぎ、夕ぐれ迫る大雨の中をついて入渓した私はテント場の3人に居らぬ心配をかけてしまいました。この紙面を借りて改めておわび申し上げます。
 本当は腕の未熟さが原因なのだが林道の乱開発がもたらした「漁場アレ」と責任を転嫁することにして、酒をうまく飲み始めた。酒の席での話題はもっぱら「団塊の世代」の私にはさっぱり訳のわからぬ「新人類」の言葉が続出。例えば「ボデコン」、「蟻が二十」、「イタチの最後ぺ」、「座頭イチ」等々、とても理解できない新語のオンパレードで時の過ぎるのも忘れ、夜も11時を廻っていました。
 次の日は釣りを早めに打ち切りGOGO山行の一座、於呂倶羅山へ向うための移動日となった。途中、川俣温泉で湯につかり、空腹と疲れた体にムチを打って九十九折りの道をジープで山王峠へ向かう。山王峠は雷の強さを測るバカデカイ施設がまわりの自然環境と不釣り合いで巾をキカせている。草原と岩それに針葉樹が適当に混ざった庭園のような気持ちの良い場所だけに、気持ちとしてはテント設営と行きたい所だが、国立公園監視員の目と誘発による落雷が恐ろしいので、於呂倶羅山へ30分ばかり入った、おもしろくない笹ヤブのコルに設営した。
 佐藤君は別にしてみんな疲れているのだろうか、昨夜の勢いはどこにもない。明日のピークハントのため早々にシュラフにもぐる。
 翌朝、雨具の装備をしっかりつけ、ヤブの中に飛び込んだ。久々の朝日を浴びて早くも汗で体はビッショリ。
 伊藤君に目印の赤テープをたのんで、標高差250mを約1時間30分かけて、二等三角点のピークを踏んだ。頂上からの視界はダケカンバ、コメツガにじゃまされ余り利かない。午後からの雨が心配になるので早々に頂上を後にした。下りは赤テープのありがたさを語りながら、約50分でテント場に着いた。
 みんなの顔は充分に満たされた笑みで輝いていた。笑いと湯けむり、アルコールにみたされた三日間の山行も終り間近です。
 我々は次の最終目的地である、湯元温泉へ思いをはせながら山王峠を下った。


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