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春山合宿・剣岳
その1 恐怖の嵐が吹き荒れるの巻
斎藤 ひろ子
山行日 1989年5月3日~6日
メンバー (L)植村、勝部、井上(博)、千代田、井上(雅)、阿部、日野、佐々木、斎藤、飯塚、江村(真)、荒川、石田、小菅、重信、田中、中沢、田原

 5月2日夜、ザックに振り回されて上野駅14番ホームに行ってみると、そこはもう人また人。急行能登81号は人と荷物で埋めつくされ東京をあとにした。日本でこんな列車に乗るとは思ってもみなかった。化石のように身動きもせずに一夜が明け翌朝富山駅へ到着。早月尾根隊は一足先に下車している。富山地鉄で立山駅まで行くと、これまた人と荷物の海で待ち時間は1時間半以上。今考えてみれば、通路のド真中でデーンと寝ていたような気がする。やっとこどっこいケーブルに乗りバスヘ乗ると睡魔には勝てず、せっかくの雪の切り通しもよく見ずに室堂へ着く。そこはもう吹雪。いきなり冬になってしまった。こんな中を行くのかな、やっぱり行くんだろななんて思ってたらやっぱり出発。剣沢の予定を雷烏平に変更ということで、ちょっと安心してたのもつかの間。雷烏平への下りが出現。恐怖の下りであった。とたんに頭上ではこれまたものすごい雷がうなり、怖さと緊張、でもこのころのこの度合はまだ序の口であった。(というのを後で知った。)
 翌4日は打って変わって一気に晴れマーク。あー良かったとホッとする。テントの外はうっすらと明けてきて、雷鳥平はまっ白い雪に覆われ白一色の世界である。うわぁ何か感激だな。アイゼンをつけて別山乗越を越え、何とか剣沢へ辿り着く。剣沢の目の前には雪をも寄せつけない岩稜をのぞかせて剣岳がそびえ立っていた。休む間もなく剣へと発つ。剣山荘が小さくなっていたのにだんだん近づいてくる。荷はおろしてきて軽いはずなんだけれども、体は思うように進まない。一服剣までやっとのことで登って、息絶えだえ。だいぶ遅れをとってしまい、体力のなさに情けないのと、申しわけないのと、本当にこの先行けるんだろうかという不安と、しかし降りるのにもまともに降りられないしと頭の中はぐるぐる。一服剣から武蔵のコルヘの下りは、緊張と"こわ~っ"の世界。首輪ならぬ胴輪してワンと吠えないギャ~と叫ぶリーダーのポチ公となる。よ~し、あとこの急登を登りきったら剣山頂だ! と気を奮い起こして(しかしやっぱり体が重い)どーにか行くと、ふと気付く。ここが剣岳ならヨコバイがそろそろあっても良さそーだがと。でも雪で埋もれちゃってるんかなともう少しもう少しというのを信じて登る。ヤッター。と思った瞬間、目前には何やらさらにデンとした岩の峰が―。果たしてそれが剣だった。あー、気分は一気に急降下。もしかしてあれも実は剣ではなく、まだ先があるんではないだろうか? ♪いつまでも~どこまでも~♪リーダーの唄声が単なる唄なのか、それとも暗に剣への道を指差しているのか疑心暗鬼となる。やっぱりあったヨコバイをえっちらどっこい越えると途中すでに踏破してきた早月隊と会い、さらにえっちらどっこい登ると、あー、やっとのことで頂上へ。感激というよりも信じられない気持ちのほうがいっぱいである。まわりには360度の視界が開け日本海も見える。写真でなくて本物をみてるのが不思議で不思議で。頂上にある祠は雪に埋もれ、小っちゃな屋根のみが少し顔をのぞかせている程度だった。
 帰路は平蔵谷を尻セードで。おりしも前剣のあたりでは滑落した人を捜索してるというヘリコプターが不気味に旋回していた。
 5日。B.C.を真砂沢へ移すべくここから下出する人たちと別れて出発。ゆうべの絶不調の体調は一晩眠って回復した。(あーよかった。)真砂沢に荷をおろして、今日は仙人山へと向かう。今日はハイキング・ハイキングという言葉に多少気もゆるみ、沢を眺め、剣を眺め眺め行った。ところがどっこい待ち伏せしていた仙人山は、"恐怖"の点から言うと剣なんかへの河童の数十倍のスリル満点さであった。雪の尾根は幅が20センチに足るか足らずかの幅で左右共深く落ちこんでいた。あー、せめて生命保険にでも入っていれば、死んでも葬式代ぐらいは出ただろうにと思い、明日の朝刊の三面左下あたりに名前が出ちゃうかも知れないなんて想像する。天気が良く風がなかったのが何より幸いだった。最高の緊張と恐怖の仙人山である。しかし、ここからの裏剣の勇姿は何より素敵でカッコ良かった。チンネはほんとうに定規ではかったようにきれいに二等辺三角形をしていて、雪がまったくないところから、相当の絶壁。あそこを登る人もいると聞いてびっくりする。スケジュールが変更となり、6日に下山。真砂沢をあとにしてハシゴ谷乗越・内蔵助谷、そして黒部川沿いに進み、最後やっとの思いでトロリーバスの黒部ダム駅へ辿り着いた。
 いつものルーティンの生活から離れて、こんな残雪の山に来てテントで、シュラフで眠ってそして食べものがこんなにおいしく感じられる、不思議な貴重な4日間。今回は剣と仙人山にパンチをくらって負かされてしまったけど、そのうち何と言うか同等な立場となって受けとめてもらえるようになれるかなっと考える。この間ほんとうに皆さんには大変迷惑をかけ、何から何までお世話になり、はげましていただき本当に本当に感謝しております。本当にどうもありがとうございました。


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