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春山合宿・剣岳
その2 早月尾根隊
大久保 哲

山行日 1989年5月3日~6日
メンバー (L)服部、今井、山本(信)、菅原、別当、大久保

 "剣岳"それは私にとって"苦痛"と"感動"という相反する想い出以外何ものでもない。山登りの肉体的・精神的苦痛をいやという程知らされ、と同時に頂に立つことの感動を大いに与えてくれた山、それが剣岳である。想い起こせば4年前の5月、当時まだ本格的な山の経験もない私が入会前の"試し"に連れていってもらった山なのである。そして2998mの山頂は苦痛と感動を涙と共につかんだ頂なのである。現在、山に行くのも、三峰にいるのも、あの感動を追い続けているのかも知れない。
 などとのっけから堅苦しい文章を最後まで続けられないのでここから3日の馬場島から始まる。上市駅からタクシーに乗ると何と運チャンは女性だった。ちっと前までは朝メシの仕度かなんかをしてて、電車が駅に着くとサッサと手をふきアルバイトがてらに出ヤを馬場島まで運ぶ、という感じなのである。白タクは車が白タクなのだが、この場合は運転手が白タクなのだ。車中、剣岳を見ながら、29日には馬場島でも4、50センチの積雪があったという。しかし着いてみるともう雪の形もなく、これから出発準備に忙しい登山者で賑っていた。しかし昨夜の夜行列車は一体なんだったんだろう。これから山を登ろうというのに早月尾根隊総勢6名は、一人を除きみな意気消沈。いざ馬場島を後に今日の目的地である伝蔵小屋に向けて出発するがいっこうに気が出ない。途中何度か一本取るが、その度についウトウトとしてしまう。中には本格的に眠り込む者もいる。さらに進むにつれ急な登りが続くし、初日とあって背中にくい込むザックは重く、何故かリーダーの服部だけが一人元気に気をはいている。2時を回る頃には、右手に見えてた室堂付近も完全にガスってしまった。それに全員がもうヘトヘトという状況で、伝蔵小屋へあとわずかだが天幕2張りぐらい張れる場所を見つけ、先行く鬼のリーダーを説き伏せ、やっと苦痛から解放された。テントを張り終えると同時に空から雷と共に大粒の雨が降り出した。しかし何故か、今朝出発した馬場島の方からは日がさしていた。テントに入るがバテバテで何もする気が起らず、しばらくはゴロゴロとしていたが、テントに入れば先ず酒と決っているのでいつものようにビールを開けたものの、ぜんぜん飲む気にもなれず、その夜は明日の為に普段よりも多めの飯を食らい早々と寝てしまった。
 4日朝、6時10分に出発。20分程急登すると初日の目的地だった? 伝蔵小屋に着いた。正面には剣山頂へ続く急な斜面、右手には立山や室堂平、左手には山頂から続く小窓や池平山、赤谷山が朝日に当りすばらしい景色となって楽しませてくれる。すでに半分位のパーティーが正面の急斜面をアリの様に山頂へ向けて登って行く。しばらく景色を楽しんだ後、我々も出発する。しかし本当に剣は楽にはその山頂を踏ませてはくれない。以前登った長次郎谷も、今回の早月尾根も谷と尾根の違いはあるが急登、急登の連続である。安易に人を寄せつけない。それが剣に引かれる要因ではないのか。伝蔵小屋からは斜面もきつく、先行く人と間を開けないとアイゼンで頭を蹴とばされそうだ。かなりヤバそうなナイフリッジも現われる。我々のパーティーもあまりの急登にバラバラと間が開いて来た。昨日は私と別当君が調子が上らなかったが、今回は今井君とゲンさんが遅れぎみである。一本立てて待つ時間がしだいに長くなる。しかし登るにつれ、しだいに山頂に立つ登山者も点から粒々に見えてきた。そして右手にはカニノヨコバイを登り下りする人が見えた。山頂はもう真近である。そして11時半にピークに立ったが室堂隊は見当らず。交信もとれなかったので我々が先か後かわからずまま山頂から広がる展望を十分に楽しんだ。昨夜は体調が悪く飲めなかった酒も、服部がふるまう"白酒?"で元気を取りもどし剣沢へと下り出す。途中、江村の兄サンと井上の父さんと出会い、他のメンバーが後に続いていることが分りホットする。平蔵谷でシリセードで下るが雪が重くあまりすべらないながらも出合いまで下って来た。しかしここで思わぬハプニング。キジを打ちにいった菅原君が何やら聞き取れぬ大声を上げている。私と服部はリンゴを食いながら"分った""分った"などと適当に答えてのんびりしていた。"しかし長えキジだな"などといっていると一人下って来た登山者が雪の中に頭まで埋まって出られずにいる人がいたと話して来た。私と服部思わず顔を合わせ、さっきの死にそうなワメキ声は、と互いにドッキリ。しかし何とか這い出た様なのでホットした。"気を付けよう、安易な気持の山のキジ。"その夜は文字通り全員そろって登頂の喜びにひたり、酒もいつも通り飲んで過す。
 翌5日、剣をバックに全員で記念撮影後、下山組と別れ真砂沢ヘ向う。途中源治郎尾根へ向うゲンサン、今井君、別当君と別れ真砂沢にテントを張り仙人山へ向う。私はテント番として残りのんびり過ごそうと思っていたが、総リーダーから何と14人前のカレー作りを命じられ、水作りからアルファー米をたき、キューリの酢の物作りに大忙しになってしまった。作り終える頃源治郎尾根は途中から引き返して来た。仙人山隊はなかなか交信も入らず、しばらくテントの中でウトウトとしているともどって来た。翌日は予定を変更し1日早く下山となるので、その夜の夕飯も豊富で十分に腹を満たした。
 6日、6時下山開始。しかし真砂沢からは下るのではなくハシゴ谷乗越までの急登が1時間程続く。後は下るだけなので楽に下れる。黒部ダムの最後の登りを終え全員無事に下山する。


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