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ヨロコビと余裕の幕山豪華鍋山行
服部 寛之

山行日 1989年5月21日
メンバー (L)服部、佐藤明・健太、石田、山沢

 首をねじまげて時計を見ると7時までにはまだ少し時間があった。オレはまた眼を閉じ、そのままじっと息をしていた。しばらくすると、半濁した意識の中でベルが鳴った。いつもならここで手を伸ばして目覚しを止めると、起床への不退転の決意もむなしく、ココロとろける夢のゴールデンまどろみタイムヘとずるずるなだれ込んで行くのであるが、今日はちゃんと起きたのである。何故ならば、今日はハイキングに行くのだ。ハイキングなのに7時起床とはちと遅すぎるのではありませんか?とイブカルあなたの率直な質問に安直にお答えすると、これで良いのだ。今日はオレの例会なので、チカバの幕山にしたのだ。実はオレは「チカバの例会」というものにずうっとあこがれていたのだ。
 ショーナンに住むオレは、朝出日帰りの例会というと、冬場なんかだとまだしっかり星がまたたいているようなメッタヤタラ早い時刻に起き、睡眠解凍途上のノーミソ芯のまんま連日性反復体得型本能的無意識全自動行進航法によりふにゃらくにゃらと駅に到達し、東海道線上り普通電車のガタンゴトン眠れ良い子よ必殺シンドーこもり唄の揺れの中で、「どーしてこんなつらい思いして山行かにゃならんのオレ」という素朴な疑念を抱きつつも、「あーこの揺れたまらないのよねもー、あー、むにゃむにゃ」と中途断絶した睡眠のつづきにひたすら取り組んで行くという姿勢で基本的に対処しておるのである。だが今日はあこがれの「チカバの例会」なので、遅くまで寝ていられる→みんなより早く家に帰れる→ユーエツ感に浸れる、という《チカバの例会の公式》によって得られるヨロコビというものを味わえるのでありますね。しかも「鍋+温泉付」という特出し大サービス悶絶絶叫型の山行にしてあるので、かかるヨロコビも10倍ぐらい増大するのでありますね。
 そこでわたくしはいとしの我が寝床にお別れ申し上げ、おもむろにキジ部屋に赴いたのであります。この「おもむろに」というところが普段とは違っているところで、いつもなら夢のゴールデンまどろみタイム涅槃の境地から「ハッ!」と目覚めて「イカンイカンヤバイヤバイ」とあせりつつ5倍速ビデオサーチチョコマカ人間となって急速に出動態勢を整えてゆくのであるが、今回は、8時に出れば間に合うんだモンネ、まだ1時間もあるんだモンネ、という全面的モンネのヒト特有のココロの余裕というものがあるので、それが「おもむろに」という態度に表れてしまうのであります。そこでわたくしはスライスト・ブレッドを2枚おもむろにトーストし、フンフフフとおもむろにハーブティーなんかいれちゃって、わたしの部屋の床にぶん投げてあるパンツ・くつ下・その他もろもろ諸物体の中から必要物資をおもむろにザックに収集すると、再びフンフフフとココロの余裕を見せながらおもむろに8時に家を出たのでありました。
 茅ヶ崎駅で8時23分発下り普通電車伊東行きをおもむろに待っていると、やって来たのはいつものオレンジと緑のミカン電車ではなく、薄いクリーム色のボディの真中になぜか緑のタスキ帯がかかっている特急踊り子号用の車両であった。オレはそれを見た瞬間、自分でも恥ずかしくなる位さもしいなあと思うのであるが、「おっ、儲けた!」と思ってしまったのである。なぜならば、これは茶色の2人掛けフカフカ前後双方向転換型シートで、しかも頭のところに白いカバーが掛かっており、JR的ダサさの中にもミカンに対してメロン位の高級感をあからさまに主張している車両なのである。その車両に配車の都合か何か知らないが、特急券が無くても堂々と乗れてしまうのである。思わぬ儲けにヨロコビつつ電車がホームに入って来るのを眺めていると、待合わせの最後の車両の前から3番目の窓に不安げな石田さんの顔があった。キョトキョト眼でオレを見つけると、「あー、よかった!これで安心!とにかく安心」というかんじで眼ン玉をぐるんと回し、安堵の色をポワンとうかべおった。おもむろに車内に乗り込んで行くと、それ程の混みようではなかったが、左列は石田さんのところまでふさがっており、彼女の隣の席も30代前半のねえちゃんに占拠されていた。右列は前から順に(1)ばっちゃん(2)おっさん(3)かわいっぽギャル各1が窓際に一列縦隊で座っていた。かわいっぽギャルというのは、全面的にカワイイ!と言い切ることはできないが、それでもまあ大きなココロでかわいい部類に入れてあげてもいいな、と思える位の、いわば中トロ程度の基準はクリヤーしているギャルのことである。オレは素早く(1)×(2)×(3)○と判断し、我が透徹なる理性の光に導かれて、おもむろにそのギャルの上の棚にザックを上げおもむろにその隣に座ったのである。そのギャルは鼻の形状にややモンダイがあったが、しかし今日のオレにはココロの余裕というものがあるので、いいんだモンネ、大目に見ちゃうんだモンネ、というモンネ的寛容さでお付き合いできるのである。オレは幸せな気持ちで腰を落ちつけると、とりあえずすることは何もないので目をつむったのである。しかしどうも具合が良ろしくないのである。間もなく理由がわかった。車両のクッションが良すぎて、例のガタンゴトン必殺シンドーこもり唄がパワー不足なのであった。ナントモ連日性反復体得学習は効果絶倫で、カラダが覚えたビンボー性はごまかしようのないことをオレはしみじみ思い知り、深く深くうなだれたのであった。
 オレのかわいっぽギャルは鴨宮で降りる定めであった。列車が鴨宮駅に近づいてくると彼女は黒い瞳をうるうると潤せ、オレの腕にしがみついて言った。
 「お願いです。連れて行ってください。あたし、決してご迷惑はかけません。そばにいられるだけでいいんです」
 オレは彼女の頬に溢れ落ちる幾筋もの涙をやさしく指でぬぐいながら言った。
 「私のような流れ者に人の情は贅沢ってもんです」
 「そんなの、いやです。あたし、あたし・・・・・・わっ」
 と、彼女はオレの膝に激しく泣き伏した、というのはウソで、実際は彼女はスクッと立ち上がると、基本的にどうでもいい他人に対する愛情もヘッタクレもない口調で「すいません」と面倒臭げに言い、オレの前をすり抜けシリを向けてさっさと降りて行ったのである。オレはタメ息をひとつつき、一方的に哀愁を帯びながらむなしく鼻をほじった。
 次の小田原駅では、大勢の乗客がゾロゾロ降りて行った。入れ替わりざまガラ空きになった車内に本日の残りの参加者約3名が乗り込んできた。山沢さんと明氏と、明氏の紹介で参加することになったサトウ・ケンタ君である。「やあやあ、どーもどーも」と言いながら明氏はオレの前のシートを倒し向かい合わせの席をつくると、おにぎりを出して遅い朝メシを食い始めた。ケンタ君にも勧めるのだが、ケンタ君は初対面の社会人の中でかなり緊張しているのか、押し黙ったままじっと座っているのである。オレは彼の気持ちをほぐそうと笑顔で話しかけてみたのだが、ヤツはなぜかニコリともせずニヒルな眼でオレを見返すのである。「おっ、おっ、ナンダコイツ」と、オレはいきなり面食らってしまった。
 明氏の話では、ケンタ君はこれまで人生の半分近くを寝たままで過ごしてきたのであったが、だが持ち前の根性と努力で何とか歩けるようになったので、今日は軽いハイキングのようであるからいっちょう登山に挑戦してやろうとの意気込みで参加してきたのだという。でもさすがに初めての登山だと思うと昨夜は興奮してなかなか寝つかれなかったようだ、という。
 「ウーム、そうであったか」とオレはうなづいた。さればニヒルな視線もキッと一文字に結んだ口元も、なにやら彼の根性を物語っているようである。また全体的な恰好も、特に腰のあたりに集中的にヤツの意気込みが集約され、ヤル気がニオってくるかんじである。装備ではヤツのザックが変っていた。どうも自作っぽいのである。
 「それはオンナに作らせたものだ」とヤツに代って明氏が言った。オレは驚き、「ムムッ・・・」と唸った。改めてオレは、じっと押し黙ったまま真向いに座っているその若い男の顔をマジマジと見た。いったいどういうヤツなんだ、と思った。オレは再び気を取り直し、今度はヤツにぐっと顔を近づけて「ニッ!」と笑い、ニコヤカに話しかけてみた。それでもヤツは相変らずニコリともせず、右手にバナナを握りしめたまま、ジジッ、ジジジジーッ、とそのニヒル眼光線をオレの顔にあびせかけてくるのである。それは明らかに「今回のオレはハードボイルドだぜ」と言っているのであった。オレは、ダメだこりゃ、取りつくシマもねえや、とやや当惑しながら乗り出すようにしていた躰を引き起こしたのである。
 乗り出すようにしていた躰を引き起こしたというのは、ヤツが極端にチビだからでありますね。言い忘れていたけど、ケンタ君は当年とって満2歳なのであります。そしてママさんお手製のザックには、彼の大切な基本装備である「オムツ」が入っているのでありました。
 ここまで書いてフト思ったのであるけれど、これは何の原稿かと言うと幕山に例会山行に行った報告なのであった。だが話はなかなかその麓にさえ進んで行かないのである。しかし反省する間もなくやっと湯河原までたどりついたのである。
 湯河原駅からタクシーに乗り、五郎神社に向かった。ガイドブックでは神社から歩くようになっていたが、タクシーはそのずっと先の上水施設の所まで入った。心配していた天気はだいぶ回復して、流れる雲の間に青空がのぞき陽が差してきた。上水施設の少し先が幕山に直登する急坂コースの入り口であったが、オレたちは緩やかで景色も良いという幕山を西から北側にぐるっと回り込んで登るコースを取った。ケンタ君は生まれてみたら親であった明氏に手を引かれ、皆にあやされながら歩き出したが、すぐに遅れてしまうのであった。オレは一計を案じ、「お山の上では鍋だよ。おいしいものがいっぱいあるよ。ねっ、早くイコ」とケンタ君を鍋の魅力で釣ってみたのだが、しかし一向に動ずる気配を見せないのであった。彼の興味の対象は、あくまでも黄色いお花やてんとう虫さんやギザギザの葉っぱやフシギな形をした黒いゴミなどにあるのであった。同じ人間でも、もっと歳をとって不純に満ちてくると、特に誰と特定する気はぜんぜんないが、例えばO氏などは、いいかげんで止めときゃいいのに調子にのって飲みすぎた昨夜の酒が抜け切らず、「アー」とか「ウー」とか「オエッ」とかおどろおどろしい未知の宇宙生物的怪音をきたなくあたりにまきちらしつつ、半径約3・4メートル内外の清浄な山の空気をアルコール汚染しながらヘロヘロ歩行しているような場合でも、「頂上で鍋だぞ、ビールだぞ」とちょっとその単純思考回路を刺激してやれば、「そうだ、そうであったな、ハアハア、いっちょう頑張って毒出ししなくちゃな、ハアハア、うまいビール飲みたいもんな、ハアハア、びーるびーる、ハアハア、ウッ」などと言いつつもいとも簡単にピッチは上ってしまうのである。しかし、寡黙にハードボイルドを貫いているケンタ君は、そう一筋縄では行かないのであった。
 ゆっくり前進二歩後退、三歩進んで五歩横歩きのケンタ君は明氏があとから背負ってくることになり、オレたち3人は先に行って待っていることにした。一ノ瀬堰堤の所には10台程車が駐車していた。その右手奥には大きい垂直の柱状の岩場がきれいな新緑に縁取られて屹立しており、既に1パーティがザイルを張っていた。その先の林道にはもう人影は見えず、右下に沢音を聴きながら気持ちの良い新緑の中を進んで行く。時折4~5センチ位の沢ガニが林道の小石の間をせわしくカニカニ動き回っていた。しばらく行くと、鎖で封鎖された25メートル位の白い橋があった。この橋までなら車で入って来られるようである。橋の右手前に広い駐車スペースのようなものが無惨な感じで切り開かれていた。その橋の50メートル程先右側が幕山への登山口であった。(水場はこの先には無いので、この白い橋の所で補給すると良い。)登山道を25分程登るとすぐ北側を走る白銀林道への分岐があり、そこで明氏を待つことにした。林道を走るバイクの爆音が聞こえたが、こういう所で聞くその手の音は全く気分をぶち壊し、不愉快このうえない。コケろ、バーロ!
 そこで2人に待っていてもらい、オレは明氏とケンタ君の様子を見に空身で少し戻ってみた。4分程駆け下って行くと、意外に早く明氏が登ってくるのに出会った。紺のヨレヨレオーロンパッチで中年的不本意諦念型体く曲線を堂堂と強調した明氏は、ケンタ君をベビー背負子に入れ、そのうしろに自分のザックをくくりつけ、その上にさらにケンタ君のザッタをくくりつけたのを背負って、汗だくになりながら黙々と登ってきた。対照的に背中のケンタ君は涼しい顔で前後に揺れていた。オレは明氏がすっかりオトーサンしているその姿を見て、思わずウレシオカシくなって笑ってしまった。ウレシオカシというのはへんな表現であるが、実際そんな嬉しくも楽しい気分だったのである。だがその姿は、ケンタウロス王子とドレイのアキラ、と言った方がはるかにぴったりするかんじであった。
 道はそこからすぐに展望の開けた気分の良いカヤトの斜面となり、箱根の稜線を眺めながら登って行った。11時20分、早くも頂上(625m)に着いた。さすが「チカバの例会」である。8時に玄関を出て11時半にはもう頂上で宴会態勢に突入できるのである。誰もいない頂上はのっぺりしていて、眼下に真鶴半島とその付け根に広がる町並が見えた。海は灰色で、あまりきれいではなかった。生憎西の方の山並からガスがゆっくり下り始めてきており、時折雨がパラつきやや風もあったが、だが我らの鍋の熱意をくじくには到底至らなかった。オレたちはさっそくマット、ナベ、ブス、ブキ等必要機材をザックから引っぱり出し、手早く宴会態勢を整えて行ったのである。
 まずは一番汗をかいた明氏がリードしてケンタ君の初登頂を祝してビールで乾杯。明氏は息子の初登頂の記念撮影に余念がない。ハードボイルドをキメまくっていたケンタ君は、ここに来て鍋の雰囲気を察したのか、徐々に態度を崩し始め、キリン・ラガー缶を前にして「私は、ホントは、ドライではありません」という顔をして写真に収まっていた。一方、鍋担当の石田さんは皆の熱い視線の中で「フフフ」と左の頬に不敵な笑いを浮かべながら、入魂の鍋材料をひとつづつ鍋に投入して行った。まず登場したのは大きめの鳥肉群であった。そのゴロゴロした様は皆を圧倒し、イッキに期待感を盛り上げた。次にいきなり「ドーダ!」というかんじでムキエビ群が登場した。皆の間からドヨメキの声が上がり、これで石田さんの評価は早くも決定したのであった。続いてネギとシイタケが投入され、そばつゆで味つけされた。さらに練り物2種と春菊が加えられ、「豪華オールスタースーパーゴールデンデラックス大スペクタクル鍋」はめでたく第一期完成を見たのであった。この素晴しい命名は、当然内容を補い低予算で最大限のヨロコビシアワセ効果を上げることを意図したものであるが、会食者はその意味を深く考えないというのが正しいマットマナーなのである。一同の箸は素早く動き、鍋は次々と第二期、第三期の完成を迎えて行った。そんな中で明氏の箸は機敏な動きを見せ、丸まったエビを小器用につかんではケンタ君に「これがエビだぞ!」と執拗かつ入念に教えるのであった。最後にウドンが投入され、豪華けんらん名付うまうま鍋は力づよく締めくくられたのであった。
 撤収準備にかかると、黄色い声がして30人位の子供会のようなグループが数人の大人に引率されてやってきた。静かだった頂上は一気に騒がしくなり、オレたちは弁当を広げている子供達の間を抜けて、来た道を下って行った。天気はいつの間にか回復して、穏やかな陽が差していた。下りは早く、白い橋の所まで15分で下りてしまった。オレは全員で、幕山と湯河原の町を隔てている尾根を越えて温泉へ下るつもりでいたが、ケンタ君を抱える明氏は尾根越えはせずにそのまま五郎神社へゆっくり下り、次の目的地「こごめの湯」で4時に待合わせすることになった。林道の途中で2人に別れ、オレたち3名は「しとどのいわや沢」沿いの山道を登っていった。この道はしっかりしてはいるが、暗くてあまり気分の良い道ではなかった。思ったより急で、今日初めての本格的上りに全員汗びっしょりになってしまった。途中石田さんは、道の真中にぶら下っているケムシに会う度にすさまじい声でギャーギャー叫んだ。いつもなら、
 「セーナ!ケムシぐらいでいちいちギャーギャーわめくな!」などと単純直線的にハラを立てるところであるが、今日は、
 「おおっ、人間というものは生命の危険にさらされると信じ難い程の声が出せるものなのであるなあ、おどろいたなあ」と、おもむろに驚嘆などし、さらに、
 「でもいきなりあの強力絶叫超音波じゃケムシだってびっくりするよな。ショックで全身ピクピク痙攣させてたもんな。円形脱毛症にでもなったらかわいそうだよな」と、生類憐みの令を発動し、ケムちゃんの将来を心配したのである。ついでに、
 「万一山でわめき殺された場合でも、日山協の保険は下りるのだろうか?」と、今後のリスクをするどく洞察し、保険の心配までしてしまったのである。言うまでもなく、これらの反応はココロの余裕のなせるワザなのでありますね。まこと、ココロの余裕は人間生活を豊かにしてくれるのであります、はい。
 その道を登って行くと「しとどのいわや」に出た。そこは昔頼朝がひそんだ所だそうだが、入口の上から水がジョボジャバ落ち、その名のとおりしとどに濡れていた。そこからは舗装された参道になっていて、15分位で上の車道(白銀林道入口)に出た。ハイキングマップでは、しとどのいわやの辺りから分岐道が城山へ続いているように書かれているが、実際にはそういう道はなく、城山への道に入るにはつばきラインまで出なくてはならない。そこから石とコンクリートで公園ふうに舗装された道を通って城山に着くと、そこも公園ふうに整備されていたので公園ふうに休む。城山からは、細いつづれ折りの山道をつばきラインの城山入口バス停へ下りた。時刻表ではバスは行った直後で1時間位ないようだったので、仕方なく車道を歩いていたら、途中でバスに2台も抜かれた。クソ時刻表を呪いつつ歩けども正義のバス停は現れず、いいかげん車道歩きにかったるくなった頃奥湯河原のタクシー会社の前を通りかかった。こごめの湯まではあと2.5キロ位だったが、その時4コのウンザリ眼が乗ラニャドツイタルワヨ光線をオレに激しくあびせかけてきた。オレは身の危険を大いに感じ、ビビる運ちゃんを説得してこごめの湯に向かったのであった。
 明氏とケンタ君はフロ場にいた。ケンタ君は今朝とは別人のように上機嫌ではしゃぎ回っていた。鍋で軟化傾向を見せ、温泉で人格を露呈してしまうところなど、さすが明氏の息子、血筋はあらそわれないと言うか、遺伝の神秘と言うか、動物生態学的に述べれば親の種個体から子の種個体への半後天的文化伝播といったものが観察されるが、まあ親馬鹿ちゃんりんソバ屋の風鈴、暑さ寒さも彼岸まで(関係ないか)、何と言おうとやはり蛙の子はおたまじゃくしだなあと、オレは湯船でパチャパチャやるケンタ君を見ながら静かに微笑んだのである。
 ここのフロは、男湯は石造りの大小二つの湯船があり、広く清潔で気分が良い。女湯も広いそうである。敷地が斜面にあるためなのか、フロは地階でも庭に面し、一階は玄関とロビーと食堂、二階は大きな休憩室になっていて、千円取るだけあってなかなか良い設備である。ザックを背負っていてもイヤな顔はされなかった。800円取られる水上山荘に比べたら、こっちの方がはるかに安い。ロビーにはビールの自販機がなかったので、食堂に入って生ジョッキを頼んだ。オレはビールは明氏のをちょっと飲ませてもらうことに勝手に決め、メロンソーダフロート内税470円也を頼んだ。すると腹も空いてきたので、全員ザルソバ520円也を摂取し、タクシーを呼んで湯河原駅に戻り、帰路についた。
 その夜、オレは早くも7時半には帰宅し、《チカバの例会の公式》によって得たヨロコビをじっくりしゃぶりかみしめ味わいまくったのであった。イヒヒヒヒ。

〈コースタイム〉
上水施設(9:30) → 幕山頂上(11:20~13:05) → 林道・しとどのいわや沢分岐(14:10) → しとどの窟(14:40~50) → 城山(15:25~30) → こごめの湯(16:30)

こごめの湯 (0465)63-6944
9時~21時、毎月曜休館(月曜祝日の場合は翌日休館)


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