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荒沢岳(兎岳・中ノ岳)
―そしてオジサン達の夏は終った―
大久保 哲

山行日 1989年9月15日~17日
メンバー (L)勝部、野田、石田、大久保

 9月15日 前夜、越後湯沢駅にて仮眠し、6時29分発の一番列車に乗り小出駅で下車。そこからタクシーにて荒沢岳登山口へ向かう。途中、銀山平への長い長いトンネル内では全員暗闇には勝てず、程良い車の振動と共にウトウトする。しかし、突然の太陽の眩しさに我に帰る。トンネルを抜け出ると間もなく登山口に着いた。身仕度を整え8時に登り出す。
 ところで今回の山行に参加したメンバーには共通な山に対する"基本姿勢"がうかがえる。リーダーである勝部さん筆頭に、野田、石田、大久保と名前を上げて「さてみなさんこの4人に当てはまる漢字一字はなんでしょう?」などとクイズ番組の司会者が質問したとすると三峰の会員であれば全員"正解"のランプがついてしまうでしょう。勝部さんは知っての通りの"酒好き"で、野田さんについては若い会員の方々にはあまり知られていないのであえてここでご説明すると、一見年令不詳、少々謙遜気味なところがあり、あまり大勢な人がいる所ではほとんど目立たず、しかし、とたん酒が入ると"闇"に向かってオタケビをあげるという特技を持つ"オタケビオジサン"なのである。次に石田さん。彼女もまた、独特の口まわしで相手を圧倒することしばし。酒なら"自慢の"ワインを始めビール、ウイスキー、日本酒、ウメ酒、なんでもかかってきやがれ、(等々本人が言ったかどうかは知れないが)"アルコール何でもゴッチャオバサン"なのである。そして私。あまり自分の事は書きたくはないのであるが、後で血祭りにあげられたくはないので少々ふれておく。今回の参加メンバーの中では"一番若い?"34才で若さでは自信があるが、度々、岩つばめに投稿しているH氏の文章を引用すれば、"いいかげんに止めときゃいいのに調子にのって飲みすぎた昨夜の酒が抜け切らず、「アー」とか「ウー」とか「オエッ」とかおどろおどろしい未知の宇宙生物的怪音をきたなくあたりにまきちらしつつ・・・・・・"(岩つばめ270号、ページ20、下段14行から引用)、となるのだ。
 ともかくこんなメンバーが集まってしまったのだからリーダーの勝部さんはもう後には引けないのである。
 さて、ここで山にもどるが、雑木林の中を登り出すと急登が続く。日がさし風もないので昨夜のビールが汗となって流れてる。5月合宿以来の山行でしかも急登の連続で全身ビッショリ。1時間も歩かないうちにひと休み。前山を過ぎ、ブナの原生林のなか尾根道に出て、やっと風がふいてきた。途中8名位の我々よりも若い男ばかりの集団が登って来た。見てると数名をのぞいてどうも山慣れしてない様子で、なかには今時めずらしい新品のキスリングを背負った者もいる。リーダーらしき人に聞くと会社のサークルで中ノ岳までは我々と同じコースで、そこから先は駒ヶ岳から枝折峠へ下るとのこと。このメンバーでこの装備、無事行けるのかな、などと勝手に心配していたが、途中何度か、ぬきつぬかれつしていたが前ぐらで会ったのを最後に、再び会うことはなかった。前ぐらの登りだが、最初、クサリ場や、いやらしいパイプを組んだハシゴが続く。冬場になると取りはずしてしまうというが、これがなければ結構、登はん技術が必要なところだ。いったん巻き道のように下るが、ここからはクサリもハシゴもない岩場が前ぐらの山頂近くまで続く。しかし、岩が順層でホールドもしっかりあり、ルートもいろいろ取れるので楽しみながら登れる。途中、石田さんが"ハッ"とする場面もあったが、無事、全員前ぐらに立つ。(参考だが、この前ぐらの岩場の下にはモウセンゴケが多く生えていた)前ぐらでひと休みするが、登山口からここまで随分時間がかかった。参考タイムは約3時間となっているが、我々は1時間オーバーしている。途中何回か休みは取ったにしても少々時間がかかり過ぎている。はたして今夜の幕場まであとどの位かかるのか心配になってきた。荒沢岳を目指し進み出すが、この頃からガスってきてピークも見えず。ひたすら左側が切れ落ちた尾根道を進み、時間的にも荒沢岳と思われるピークに立った。周囲はガスがかかり、登山口からここまで道標らしきものもなかったので明確に荒沢岳と確認出来ずにいるとガスの切れめから先にもうひとつのピークが現われた。多少ガッカリしながら、進むとその先にもピークがあり、ニセピークにだまされながら三つめにピークに立つと本物の荒沢岳のピークがあった。
 山頂まで4時間半の参考タイムを我々は7時間もついやしてしまった。コーヒーをすすり今夜の幕場へと急ぐ。灰の又山目指して下りだすといきなり現われたのは"ヤブ、ヤブ、ヤブ"。いくら勝部さんがヤブ好きとはいえ、荒沢岳までは少なからず登山道が整備されてはいるものの、そこから先は足もとも見えぬ程のヤブが続く。ふと頭の中で水のことが心配になる。このコースには水場がないのだ。多めの水を用意したが、途中ひと休みのたびに結構飲んでいたから水場の事を気にしながらヤブの中を進む。時々コースを見失いながらさらに行くと、幕場にむきそうな場所に着く。残雪の跡らしく草がなぎたおされている。多少傾斜はあるがエスパース4・5人用を張るには広すぎるほどのスペースがあるので本日の幕場とする。野田さんが一人水をさがしにいったが、結局、手ぶらで帰って来た。何となく水が十分にないと不安ではあるが、我々には水が無くても"酒"はある。テントの中央にはドカドカと一晩では消化出来ぬほどの酒がすぐさま集まった。その頃にはガスっていた天気が恵みの雨となって空から落ちてきたので、さっそく必要不可欠の食器以外、サッと草地に広げられたのは言うまでもない。宴もたけなわになる頃、勝部さんが野田さんに「じゃ、場所もいいし、そろそろ始めましょうか」などといいながら小雨の中へと出ていった。一瞬なんのことかなと思っていると、2人で暗闇に向かいオタケビを始めるではないか。「ワンワォー、ワオー」と野田さん。間髪を入れず勝部さんが後に続く。「ワンワォー、ワオー」。何たることか。酔った頭の中に急に3年前の5月の谷川岳集中合宿のことが甦る。当時、土樽駅より足拍子岳経由、蓬峠へ向かっていた我々3人パーティーは、途中荒沢山から登ってきた勝部パーティー5人と偶然、足拍子で合流した。そして、その夜幕場予定地のコマノカミの頭へとそれぞれ出発したが、勝部パーティーの方が足なみが速く、途中何度か待っていてくれたが、日も暮れおいつけず、我々はクロガネの頭をすぎたあたりにテントを張った。その夜メシを食べ終った頃、勝部パーティーと思われる何人かが上の方から大声でどなっていたが、何をいっているのかわからず、あまりに大声で何度もどなるので、我々はもしや"別パーティーに不意な事故でも"との不安がよぎり翌朝は予定を早め出発した。必死に勝部パーティーのテントに追い着き、事の真相を確認してガックリ。何と酒に酔った勝部さんと野田さんが闇にむかって大声で吠えていたとのこと。話はもとにもどるが、今、まさにあの3年前の"悪夢"が眼の前で繰りひろげられているのである・・・・・・。私も負けじと参加してみると、なるほどなかなか気持ちがいいではないか。ワンパターンではつまらないので日頃のウップンをはらすがため様々な言葉で吠える。町なかでこんなことをしたら、とんでもないが、人の気配もなくこういう場所だからいいのである。ほとほと3人で吠えつかれてテントに入るが、新しい山の楽しみを教えられたような嬉しさに、結局この夜は二升の酒を消化し眠りについた。
 16日 小雨の中を出発する。雨に降られカッパを着てのヤブコギは気持ちのいいものではない。しかし完全に開き直ると意外に楽なものである。時々、先行く人のはねた笹の愛のムチを顔に受けながら上り下りを繰り返す。灰の又の山頂と思われる山頂に立つが、さらに先に本物の山頂があった。毎度のニセピークにいやになりながら尾根、地塘、尾根、地塘と進む。巻倉山頂に立つ頃にはガスは下界へと重くしずみ兎岳山頂がはっきり見えてきた。広がる展望は高い山だけがピークをのぞかせ点々と見える。兎岳では少々ガスってる中、記念写真をとり疲れた体に最後のムチを入れ中ノ岳へ出発する。「ハアハア」「ゼイゼイ」とあえぎながら進む。途中、ブロッケン現象を見ながらやっとのことで池ノ段分岐に着く。ここまでくれば中ノ岳はもうすぐである。岩場を何ヶ所か過ぎると山頂へ立つ。やっと重い荷物から解放される。目の前には今夜の宿となる避難小屋が建っている。以前にも利用した事があるが二階建ての立派な小屋だ。ただし水は無い。我々より先に中年オバサンパーティー4人がいたが、それはそれなりに得意のねじりハチマキと色メガネのヒゲづらで威嚇し、我々のスペースをすぐさま確保する。この夜は幸運なことに感動的なシーンを見ることが出来た。十五夜には残念ながら月を見ることは出来なかったが、二日遅れの"日の出"ならぬ"月の出"をいままさに東の空から顔を出そうとしているところから見ることが出来た。主役の"月"とそれを演出するかの様に同じ方向に雲海からとがった山様をみせている荒沢岳、実に感動的であった。日の出の瞬間は以前に見たことはあるが、月の出はめったにおめにかかったことはない。朝日ほどオレンジ色っぽくないが、完全に顔を出した月よりも大きく見える。小屋にいたオバサンたちも窓から顔を出し感動的な声を出しながらながめていた。思わず合掌してしまうほどのシーンであった。こんな夜には当然のことながら昨夜と同様に"酒と""月夜のオタケビ"が良く似合うのである。先ず、勝部氏がためし吠えをして来たらしく、小屋の中にいた我々が気付かなかったのをたしかめてから、野田さんに続き私も外へ飛びだす。昨夜の練習から勝手を知った私も2人のオジサンたちに負けずと吠える。そして最後は"三重奏"の大オタケビ大会でその幕を閉じたのであった。
 17日 朝飯の後、最後の盃ならぬ、最後の水でお茶を飲み交し、十字峡へと下山を開始。急な下りが続くなか、水恋し想いで中ノ岳を後にした。十字峡の水音も近ずくころ、ふと思った。これで夏も終ったんだと。そしてオジサン達の夏は"月夜のオタケビ"と共に終った。

〈コースタイム〉
15日 荒沢岳登山口(8:00) → 前山(9:00~9:10) → 前嵓(12:15~12:35) → 荒沢岳(14:50~15:15) → 幕営地(16:20)
16日 出発(7:40) → 灰ノ又山(8:45~8:55) → 源蔵山(10:30~10:40) → 巻倉山(11:30~11:50) → 兎岳(13:35~13:45) → 池の段(16:15) → 中の岳(16:45)
17日 出発(6:00) → 池の段(6:20) → 生姜畑(7:30~7:40) → 千本松(9:00) → 十字峡登山口(10:15) → 野中バス停(11:45)

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