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東沢溪谷・釜ノ沢
その2 東沢釜ノ沢
荒川 洋児

 9月2日 (土)
 前夜は塩山駅集合で、そのまま駅で寝るつもりだったが、タクシー会社の休憩所を使わせてもらえることになって、ごうせい?な部屋で寝る。
 天気予報の通り、あまり天気は良くない。二俣のつり橋を渡ってすぐに、沢に降りて足袋に履き変えたが、早くもここで雨が降りだした。
 しかし、ここでめげたのではリーダーとしての立つ瀬がないので、「とりあえず魚止めの滝まで行ってみましょう」とどこかで聞いたような言葉で皆をだまくらかして、歩きだす。が、このところ今一つの天気が続いていたせいか結構水量が増えているようで徒渉を何度も繰り返す。傘をさしながら徒渉する姿はなかなかに奇妙な物だと思う。
 そうこうするうちに腰まで浸かるようなゴルジュが出てきたりして、こんなとこあったっけ? と首をひねりながら歩いているうちに、ふと上を見ると針金が見えている。よじ登ると登山道に出た。どうやら雨で河原から登山道への登り口が崩れてしまったらしい。でもなきゃ私が登り口を見落とすわけないもの。牧野さんは「皆がどの程度出来るのかを調べるためにわざと沢通しに来たのよね」とわたしの真の狙いを読み取って下さっている。こういう心の通いあったメンバーがいると非常に心強い。
 途中東のナメ沢はスラブ全体が濡れていてあまり綺麗では無かった。乾いている時はほんとうにきれいなところなのだが。
 西のナメ沢で今日最初の(そして最後の)滑り台遊びが始まった。勝部氏がシャツを脱いで滑っているのを見て、男性陣はみな真似をして上半身裸で滑り出す。女性陣が同調してくれなかったのが残念。
 井上さんが出来るだけ上に登って滑ってくると勇んで登り出したが、途中で足が滑ったのか横倒しになって背中で滑りおりる(滑り落ちる?)と言う荒技を見せてくれた。
 魚止めの滝で昼食を取った後、やっと本格的な溯行が始まる。(ここまでの長かったこと。)晴れてさえいれば、ここまでのいくつもの滝を見ながらの河原歩きも楽しいものなんだが。
 魚止めの滝は倒木を使って登るよりも、その左側を登った方が楽だとも言うが、せっかく木に足場まで刻んでくれた人の親切を思って、倒木を登ってみる。が、これがけっこうシビヤでこける人間が何人か出た。お気の毒に。
 滝の上は滑り台で遊ぶにはちょうどいいところだが、今日の天気では誰も滑る気にはなれないのでそのまま先に進んだ。
 雨の中でも千畳のナメはさすがに美しかった。ここがあまりにも気持ち良いので沢の他の部分が退屈に思えてしまうのが欠点か。
 この日は予定通りに広河原で幕を張る。
 幕を張ると、すぐに焚き火が始まり、食事の用意も始まった。しかし、何か物足りないと思っていたら、なんとまだ酒を飲んでいないのであった。いったい皆さんどうしちゃったんでしょうね?
 この晩はムシの好く人である井上さんのおかげか虫には悩まされないで済んだ。(少なくともわたしは。)
 9月3日 (日)
 この日は7時出発予定だったが、強い雨が降っているので出発を1時間延期。それでも雨は弱くなるどころかますます強くなるようで、しかたなしに出発した。
 稜線に出る頃には、すっかり濡れてさむいのなんの。甲武信の頂上に行きたい人もいないようだし、と小屋の前まで下りて見ると、人数が足りない。「あれ、他の人は?」と聞くと「頂上に行った」との答え。このときリーダーである某氏は心の中で「ここはどこ?わたしは何?」と呟いたと伝えられている。
 頂上に向かったのは、千代田、井上、大泉、飯塚の若手グループ。この天気でも頂上に行こうなんて、若いって素晴らしい。
 甲武信小屋の中で、カップラーメンを食べながら待っていると、やがて頂上に向かった若手グループも戻ってきた。
 全員揃ってから少し休んで出発。この時はこの後我々をどのような悲惨な運命が待ち受けているかなど、誰に予測が出来たであろうか。
 あいかわらずジャンジャン降っている雨の中、小川と化した道を下ること約3時間。皆から少し遅れて下っていった私の前に、先に降りていったはずの勝部氏達の登ってくる姿がなぜか現れた。
 途中のヌク沢が増水していてとうてい徒渉出来ないとのこと。ゲェ~~!
 この時から甲武信小屋目指しての長く辛い悲惨な登りが開始された。
 なにしろ疲れた、寒い、腹減ったの三拍子揃った登りである。最後の人間が小屋に辿り着いた時には、朝出発してから11時間と言う時がたっていたのであった。
 もともと1泊2日の予定だったので、食料も燃料も不足してるし、何よりもこんな天気でテントに泊まる気にはなれないと小屋に入ったのだが、人心地が付くと酒のつまみの出ること出ること。後から後からあたかもドラエモンのポケットの如く湧いてくる。食料不足?何のこと? と言った具合いである。もっともつまみはあっても肝心の酒の方は前夜であらかた品切れ。小屋で新たに調達する必要があったが。
 ここの小屋番さんはなかなかに良い人で、濡れた服の着替えを貸してもらったり、食事の手伝いをした人には絵はがきをくれたりした。
 で、ここで聞くと十文字峠の道も途中で橋が流されてしまって、通れないとのこと。あらら、こらあしたもヌク沢まで行って引き返すようになったらどうしよう? と思ったが、天は我々を見捨てず。ちゃあんと逃げ道は在ったのであった。
 ヌク沢上流にまで延びている林道が地図にも書いてあるが、破風山手前のコルからこの林道に下る登山道があるとのこと。(この登山道は地図には載っていない)台風何かの時にはこっちの道を勧めるのだそうだ。
 そして、この晩の布団の温かかったこと。山に来て、あんな温かい布団で眠れるなんて思っても見なかった。
 なかには宿泊代の元を取ろうと思って、毛布2枚に布団1枚を掛けた人もいたが、夜中に暑くて目が覚めたとか。みんな幸せ一杯の気分で眠りについたのだった。
 翌朝はあいかわらずの雨。昨日よりはだいぶ弱くなってはいるが。小屋で教えてもらった通りの道を下る。コルから1時間ほど下ると、林道に出た。林道には立派な橋がかかっていて、なるほどこれなら台風でも平気だろう。
 この先は林道を西沢渓谷入り口のバス停まで歩けば良い。林道が崩れているとか、橋が流されているなんてふざけた事はないだろう。たぶん。
 だが、この楽観主義はまだまだ甘かった。この時は、この後わたしをどのような悲惨な運命が待ち受けているかなど、誰に予測が出来たであろうか。
 林道歩きもいいかげん飽きた頃、やっと林道の終点に近付いた。このあたりは地図で見ると、バス停から二俣への道に非常に近いところを林道が通っている。このまま林道を歩くと少し上流側に行ってしまうので、このあたりで薮を下って近道してやれと思って、下の方を見ながら歩いていると、目の下の道路を1台のトラックが通っていった。何か荷台で赤い物が動いているなと思って、よく見ればそれは千代田先生であった。他にも荷台には3人ほどの姿が見えたが、すぐにトラックは視界の外へ消えてしまった。
 エ~~ッ 信じらんな~い!!
 わたしが下の道路に滑り降りるまで、それから2、3分。もちろんトラックはとっくの昔に消え去っている。わずかな差でトラックに乗り損ねたわたしは、もうちょっとだけ待っていてくれてもよかったのにとブツブツ呟きながらバス停へと歩いたのであった。


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