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涸沢定着
その3 前穂高岳北尾根ルート[後編]
斎藤 ひろ子

 三峰の前、三・四のコルは天幕が張れるスペースがあり、前穂ピークまでの間、唯一心安まるところ。涸沢をのぞいて顔を上げると北穂の奥にひときわ目立って槍がすっくと立っている。順番待ちは結構長く、背中に浴びる陽差しはこんな高所にいてもジリジリと熱い。この間、横の岩壁辺りから「ラークッ」という声と共に岩の落ちていく音が、四峰に反射して幾度となく響く。
 来てくれなくてもいい順番が来てしまい、別当さんはルートを捜し(?)つつ行き、今井さんは何でもないように行ってしまい、石田さんは元気に楽しみながら行ってしまい、飯塚さんは何やかんや言ってるわりにさっさと行ってしまい、私はと言えば、元さんにアンザイレンしてもらい、顔面蒼白させながら「注意一秒ケガ一生」(注意は一秒どころではなかったけれど)を念頭にしゃにむに岩にはいつくばっていた。足元に眼を向ければ、例年になく多い雪渓が涸沢へ続く谷ヘサァーッと伸びていて、いやが応でも高度感は増す。三峰から二峰ピークは大きな岩と岩が微妙にビ ミョーに重なり合っていて、ちょっとバランスが崩れたら一気に跡形もなくなりそうな気配。あーっここを通って、あと一回登れば前穂だ。さっき人が結構見えてたところへやっと行けるんだわっと、真剣緊張の面持ちで前穂ピークに精神安定休養の地を求めた。(ウーン、初の3千m突破!)
 前穂から奥穂へ向かうと空は徐々に夕暮れを迎えていて、赤紫の逆光に黒い影となってジャンダルムの勇姿があった。穂高小屋からのザイテングラードでは、涸沢のカラフルなテントの群れがだんだんと点々とした明かりと変わってしまい、ものすごく遠く遠く感じられた。
 テントヘやっと辿り着いたのが、あまりにも遅くなってしまい、皆さんには本当にご心配おかけしました。

〈コースタイム〉
三峰(12:10) → 前穂高岳ピーク(15:10) → 奥穂高岳(17:50) → 白出乗越(18:35) → 涸沢(21:50)


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