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正月合宿・甲斐駒ヶ岳
その4 尾白川滑滝沢
金子 隆雄

山行日 1989年12月30日~1990年1月3日
メンバー (L)金子、山本(信)

 今回の正月合宿が南アルプスの甲斐駒ヶ岳と決まったとき、頭に浮かんだのは氷瀑だった。なにしろ甲斐駒周辺は氷瀑の宝庫なのだ。前から一度登ってみたいと思っていた尾白川の滑滝沢、それと時間に余裕があれば黄蓮谷左俣をゲンさんと二人で30日から3日までの予定で登ることになった。
 日向八丁尾根へ向かう菅原パーティ及び単独で甲斐駒ヶ岳へ登る『もみぢ』の小林さんと共に長坂駅で下車。菅原パーティはタクシーを予約してあったらしく5時ごろ出発した。残った三人はしばらく駅でストーブにあたってから7時ごろ出発。竹宇神社から重荷を背に黒戸尾根を登り始める。早川尾根の服部パーティ、日向八丁尾根の菅原パーティとの定時の無線交信を行いながら、長く苦しい黒戸の登高を続ける。2時過ぎに五合目に到着。今日中に滑滝沢出合いまで行けるかと考えていたが、荷物が重くバテ気味なので五合目の小屋泊りと決定する。
 31日、朝から雪が降っており風も少しありあまり気が進まないので今日は停滞とする。小林さんも我々と同調して停滞する。この停滞が後々響いてくるのだがこの時はそんなことは考えもしなかった。菅原パーティも体調不調者がいて停滞するそうだ。服部パーティは予定通り行動するとのことである。停滞となると一日が長い。寝るのも飽きてくると起きてしばらく話をしてまた寝る。あとは飲むしかない。
 元旦の朝に相応しく今日は良く晴れている。昨日は十分休養したので気合いを入れて全装備を担いで、滑滝沢に向けて出発。ゴミだけは小林さんに運んでもらう。黄蓮谷はあきらめて滑滝沢一本に絞ることにする。黄蓮谷の岩小舎までは途中何箇所か悪い所もあるが楽に来れた。黄蓮谷に出てから尾白川本谷出合いまではトレールがしっかり付いていたので苦労することはなかった。出合いからはトレールも途切れがちになり雪も深くなりラッセルに苦労する。氷が薄くて踏み抜いて水の中に落ちたりする。やがて左岸に烏帽子スラブが見えてくると右岸から西坊主ノ沢が出合ってくる。出合いから仰ぎ見るこの沢はものすごい迫力で、超一級品の氷の芸術を見るようだ。細細と続いていたトレールもこの西坊主ノ沢で消えている。西坊主ノ沢を過ぎると直ぐに滑滝沢の出合いに着く。時刻は午後1時で今から登り始めると登り切らないうちに暗くなりそうなので、今日はここでビバークすることにする。定時の交信では菅原隊とは交信できたが服部隊とは交信できなかった。
 1月2日、朝から雪が降っており、沢からは頻繁にスノーシャワーが落ちてきており条件が悪いので、登攀に出発するかどうか大いに迷った。明るくなってからもしばらく様子を見ていたが、天候回復の兆しが見えてきたので9時の交信で出発することを告げる。以後交信が途絶え下山まで連絡がとれない状態となった。1ピッチ目、広い沢の左端から下部のナメ滝帯を登り始める。氷は割りとしっかりしている。2ピッチ目、右にトラバース気味に雪田を越え、段状になったとこでピッチを切る。約4ピッチで下部ナメ滝帯を抜け、傾斜の落ちた雪壁をコンテで少し行くと核心部の大氷瀑帯となる。ここは左端から登り右にトラバースして溝状になったところの下でビレイする。結氷状態は非常に悪く、確保用に打ち込んだ2本のアイスピトンの穴から水が吹き出るような始末だ。溝状のところは幅が狭く雪崩がおきたら逃げ場がないので注意が必要だ。平均斜度60~70度ぐらいでザイルいっぱい延ばすのはなかなか辛いので、途中で荷物をデポし上から引き上げる手を使った。依然として氷の状態は悪く、ザイルは凍り付いて棒のようになるし、氷を踏み抜いて水の中足を突っ込んで靴が凍って重くなるしで、さんざんだった。約3ピッチで大氷瀑帯を抜け、続いて上部のナメ滝帯にかかる。傾斜は緩いとはいえ気は抜けない。上部ナメ滝帯が終るともう滝はなくなり、沢は平坦になり雪が深くなる。既に暗くなりかけているので急いでビバークする場所を探す。右岸の岩陰を整地してツェルトを張り潜り込む頃には真っ暗になっていた。酒は昨日のビバークで無くなっており、おまけにタバコも切れてしまい寂しいビバークとなる。
 1月3日、今日が最終下山日で今日中に連絡がとれないとちょっとマズイ事になる。出発して直ぐに坊主中尾根に上がる。疎林の中をしばらく登ると急に視界が開けて坊主中尾根の肩に飛び出す。今日の天気は上々でダイヤモンドダストが美しく輝き、目の前に甲斐駒ヶ岳がその白い姿を浮かび上がらせていて、やっと深い谷から開放されたのだなという開放感に浸る。しかし、先はまだまだ長い。露岩帯を少し行くと尾根は這松帯の急登になる。稜線直下の広い這松帯を喘ぎながらラッセルして詰めていき、北山稜に出たのは正午近かった。ここでも無線交信を試みるが入感するのはまったく関係のないものばかりだった。下りは六合目の石室を経て七丈ヶ滝尾根を赤河原へのコースをとる。七丈ヶ滝尾根は長く、道も荒廃しているので丹渓山荘に着いたときは疲労著しい状態だった。戸台に着く前に暗くなってしまい工事用に整備された道を月明りを頼りにテクテクと歩く。戸台に着いたはいいが、バス停方面へ行く道が見つからずに、うろうろと無駄な時間を費やしてしまう。ずいぶん遅くなってしまったので今日は戸台に泊ることにし、丹渓荘に一夜の宿を求め丹渓荘から電話をして今回の山行の終了となる。

〈コースタイム〉
12月30日 竹宇駒ヶ岳神社(7:45) → 笹ノ平(11:00) → 五合目小屋(14:50)
12月31日停滞
1月1日 五合目小屋(6:50) → 白稜岩小舎(7:30) → 黄蓮谷(7:45) → 本谷出合い(8:05) → 滑滝沢出合(13:00)
1月2日 滑滝沢出合(9:20) → 下部ナメ滝帯上(11:00) → 登攀終了(B・P)(16:30)
1月3日 B・P(7:40) → 北山稜(11:40) → 赤河原(15:30) → 戸台(19:30)

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