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編集後記
服部 寛之

 このあいだ中央線に乗って倉岳山に行ったら、まだ緑の少ない山里の其所此所に梅の花がポッ、ポッ、と咲いていて、ああ春なんだなというかんじがした。啓蟄という言葉もあるように、春はいろいろなものがゴソゴソ動き出して、どことなく希望と明るさに満ちた温かい雰囲気というものがある。言葉にしても、「春」は「はる」と書いても「ハル」と書いても、短く「はる」と言っても長く「はあるう」と言っても、陽気で開放的で今にも踊り出しそうな気配というものが感じられる。英語なんかモロ spring でぴょんぴょん眺ねちゃっているのである。
 しかし世の中には、春と言ってもニコニコ笑ってよもぎだんごなぞ食っておれない不幸な人達がいる。花粉症である。私も4年前に花粉症になった。突然なった。酒、たばこ、麻雀、パチンコ、競輪、競馬、麻薬、覚醒剤、万引き、押し込み、ソープランド、すべて手びかえていたのに突然なった。実に理不尽である。
 花粉症の苦しみはなった人でなければわからない。鼻汁は出るは、眼は充血するは、顔は腫れてパンパンになるはで、私なんぞ元来丸顔だから歩くビックボールペンなどとののしられ、それでも仕事休んで海に潜って邪悪な花粉大魔王から身を隠しているという訳にはいかず、それはもうツライ涙と鼻汁とティッシュの日々を送らねばならないのである。うっかり風邪などひいたりすると、鼻汁生産量は一挙に倍増、花粉症の鼻汁と風邪の鼻汁が左右の鼻孔中で激しく競合し混じり合い、ダラダラネチャネチャグチョングチョンのそれはもうすさまじい様相を呈してくるのである。自分の鼻ながらしまいには頭にきて「おめーもーいいかげんにせーよ」と引き裂いたペーパーを左右の鼻穴に激しくネジリ込んだりするのであるが、それでも圧倒的な産出量と勢力を誇る鼻汁軍団は着実にペーパー防御栓を押し戻し、下を向いて仕事をしている机の上に「ダラーン、ハロハロー」とたれてくるので、再びぺーパーは激しくかっさばかれて行く、という戦いが繰り返されるのである。ちょっと話がきたならしくなってしまったが、それが花粉症の厳しくもツライ実態なのである。
 花粉症でない人は、世の中春だし顔面シアワセ感いっぱいにして歩き回るなり草餅食うなりしてくれて構わないが、理不尽な花粉症と戦っている友人を見かけたら、笑いながら同情を示すだけじゃなくて、右の様な厳しい現実を理解し、駅前でもらったサラ金のティッシュのひとつでも渡してあげるような心掛けが大切なのであるよ。そんなもんでもジゴクの季節を迎えている人間にとっては明るい春の暖かさのひとつも感じることができるってもんだし、そのキモチが日夜24時間戦い続けている友人に対するリゲイン以上のハナフケじゃなかったハナムケになるってもんじゃござんせんか。わたくしなんぞついでにコーヒーの一杯とケーキのひとつでもおごってもらえると、一挙に春爛漫桜満開花吹雪的に嬉しくなっちゃうんだけど。あー、それにしてもこのハナ、どうにかなんない?


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