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平成二年度春山合宿・槍ヶ岳
その4 北鎌尾根
大泉 洋

山行日 1990年5月2日~6日
メンバー (L)金子、別当、大泉

 春の北鎌尾根 ―春のまぶしい日差し、流れる汗― 素晴らしいアルパイン・ワールドを期待していたのだが、天候に恵まれずいささか残念であった。
 今回、この歴史あるルートを登ったわけであるが、言われている程の難しさは感じられなかった。(当然、トレースがあったからに過ぎないが・・・。)しかし、ガイドの通り、体力を要求されるし、急斜面のトラバース、雪壁の登り、岩稜の通過がほとんどなので、安定した歩行技術が必要なことは確かである。もし、滑落すれば、まず助からないと思ってもらった方がよい。

 5月2日、曇~晴れ
 大町駅よりタクシーで七倉登山補導所まで入る。ここで登山届けを出し、アドバイスを聞く。他に数パーティー居合わせたが、みな北鎌尾根に行くとのことだ。主人の「もし何か起きたら、全員で助け合うように」とのお言葉に全員うなずく。お茶をごちそうになり、朝食を取ってからいよいよ出発する。
 高瀬ダムまでの道はうんざりするトンネル歩きを数回繰り返さねばならない。トンネルを抜けると、今にも泣きだしそうな空模様が現れるので、ハートはダウンしっぱなしである。それでも、何とかコースタイム通りで歩くことが出来た。
 千天出合までは川岸を進む。この頃にはすっかりと太陽が顔を出してくれたので、うれしくなる。途中、硫黄尾根に取り付きそうになり、(レリーフのある所で上に登らず、まっすぐ進むべきだったのだ。でも、他パーティーもみんを登っちゃっていた。)1時間位タイム・ロスしてしまった。ずり落ちそうな箇所も数ヶ所あるが、問題にする程のものではない。岩場のトラバース部分にも、しっかりしたフィックスロープが張ってあったし、千天出合手前の落ちそうな橋も、一人づつ渡れば大丈夫である。(ただし、1990年5月現在は。)
〈コースタイム〉
七倉(6:20) → 高源ダム(7:40) → 湯俣(10:30) → 千天出合(15:10)

 5月3日、晴れ~曇
 出合の幕営地からP2支尾根に取付く。先行パーティーは危なげな徒渉をしていたが、我々は手前のスノーブリッジを渡り、難なく取付くことが出来た。
 最初は、苦しい木登りが続き、P2の肩付近でようやく雪が現われる。いよいよ北鎌尾根らしくなり、喜びと緊張が心で交差し始める。P2から先は登はん的な登りが続くのでうれしくなる。氷化してる部分をカッティングしてホールドやスタンスを作っちゃう場面なんて、涙もんだ!
 P7からの急な下降(ここは本当に急であった)をしている最中、後を歩いていた単独行の方が、「今、人が千丈沢側に落ちていきましたよ」というンョッキングな事を教えてくれた。目で追ってみたが人はもう見えない。同じパーティーの人間が「オーイ、オーイ」と呼んでいるが、返事はない。こりゃたいへんだということで、現場まで急いで進む。現場に着くと新人らしき方を除き、同じパーティーの人間が懸垂下降で、どんどん下っていっている最中であった。(この新人、人が落ちたというのに、平然と行動食をパクついており、呆気にとられてしまった。)しばらく待ってみたが、音沙汰がないので、依頼があれば救助協力するとの旨を伝えてから先に進む。
 滑落した地点は、慎重に慎重に登る。たいした所ではないが、やはり緊張する。人は得てしてこういう所で落ちるのだという。良い教訓になった。
 P8に着くと、これから登る独標が圧倒的な迫力でそびえている。来るとこまで来ちまったとの観を強くする。良かった天気も徐々に悪化しはじめたらしく、どんよりと曇ってしまった。テントを張り酒を飲んでいると、ヘリコプターが先ほどの滑落者の捜索に来たらしく、盛んに我々の間近を去来していた。
 シーバーの交信で東鎌隊の楽しそうな声を聞き、心がなごむ。
〈コースタイム〉
千天出合(6:20) → P2取付(6:40) → P2の肩(7:55) → P2(8:15) → P3(9:20) → 北鎌のコル(11:45) → P8(13:45)

 5月4日、雨
 停滞。昨夜から降り出した雨は朝になっても止まず、みんな起床時間には一応目を覚したようだが、明るくなるまで眠ってしまう。朝の交信で、東鎌隊は行ける所まで行くとのこと。ごくろうさま。
 風雨いよいよ激しくなり、テントの位置を変えたり、溜った水をかき出したりで、不愉快な一日を過ごす。(ほとんど会話なく、酒をチビチビとやったり、ウトウトと眠りこけたりしているだけのえらくみじめな一日であった。)

 5月5日、雨~雪
 昨日にも増して激しい雨。装備は水をタップリと吸ってくれていてうれしくなる?! しかし、もはやそんな事はどうでもよく、早くこの尾根から脱出して、暖かい肩の小屋に飛びこみたい一心で、行動を開始する。
 今合宿で初めてアイゼンを着ける。P8から先は本格的な岩稜となるので、最初のうちは何となくぎこちない。
 独標の登りは稜線ぞいに直上する。思っていた程たいした登りではなかったが、念のためアンザイレンする。雪壁~岩稜~雪稜の3ピッチといったところか。ガイドでは、独標に立つと槍ヶ岳が見えると書いてあったが、天気が悪く見えない。ここから先でも、次のピークが見える程度でついに北鎌尾根からは、槍ヶ岳を見ることが出来なかった。
 北鎌平手前の適当な所でツェルトを張り、大体止していると、雨がみぞれから雪に変わってしまった。こりゃぐずぐずしていられないとばかり、先を急ぐ。
 新雪が多少積もり、トレースを消してゆく。やがて傾斜が強くなり始める。これが槍の穂先への登りなのだろう。なにしろ天気が悪いから、よくわからん。再びアンザイレンして登り始める。この頃には寒さが身にこたえて身体が思うように動かない。ピオレトラクションで2ピッチ程登りつめると、頂上へと飛び出した。3人共ガタガタ震えながら頂上に立った。写真を撮ろうとしたが、カメラが凍ってしまって撮ることが出来なかった。
 後は夢中で下降を続け、肩の小屋へと飛びこむ。ストーブにあたりながら、ビールで乾杯。うれしさが込み上げてくる瞬間だ。この夜は、ひさびさに人間らしい?食事をし、暖かい布団で眠ることが出来た。(1泊2食で6,500円)
〈コースタイム〉
P8(5:45) → 独標基部(6:35) → 独標(8:00) → 北鎌平(13:00) → 槍ヶ岳山頂(15:00) → 槍の肩(15:45)

 5月6日、晴れ
 昨日の天気とは打って変わっての、どピーカン。新雪が積って歩きづらい槍沢を下る。上高地までは、足にマメをたくさんこしらえながらのつらいつらい歩きとなってしまった。
〈コースタイム〉
槍の肩(7:20) → 横尾(10:10) → 上高地(13:10)


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