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剣岳定着
その3 剱定着(後編)
飯塚 陽子

 8月16日、快晴。V峰Cフェイス剣稜会ルート。

 8月17日、チンネ、長~い雨の停滞日、そして昨日のうそのようなピーカンの日が過ぎて、いよいよ剱定着も終盤、Dフェース富山大ルートを登る日が来た。この日はまたまたどんよりの曇り空で、今にも泣きだしそうな空模様である。そんな中幕場を出発し、長次郎雪渓を登りつめ、取付点に着く手前でやっぱりという感じで雨が降ってきた。おまけに風もビュービュー吹いてきて、手がかじかんでしまい、これが夏山?という位寒くなってしまったのだった。この寒さをしのぐ為、ツェルトに入ってしばらく様子をみることになったが、雨は強くなったり弱くなったり、なんともはっきりしない。「せっかくここまで来たのに・・・やっぱり登ってみたいな」 「でも寒いし、岩もぬれてるし、やっぱり恐いから戻りたい」と、私の気持ちは半々だったけど、この時はほんのちょっぴり、登ってみたい気持ちが強かったかなと思う。そして、1時間弱待機して、雨がほとんど上がりそうになったのを機に「登ってみよう」という決断を、リーダーが下したのであった。
 富山大ルートは、全部で6ピッチ。この日は、荒川さんの体調がいまいちだったので、リーダーが終始トップだった。寒さと緊張で固くなってしまったせいか、取付きの所で体が上がらなくて困ってしまった。「ヨイショッ」とそれでもなんとか抜け出し、あとは無我夢中で、コールがかかると必死でその後を追っていった。この空と岩と残雪の灰色の世界に風が吹きつける様は、殺伐とした世界ではあるけれど、妙に印象強く心に残っている。結局この日も、最終ピッチ手前位で雨に降られ、Dフェース頭に着いた時は、びしょぬれになっていた。けれど、真中あたりで降られていたら、もっと恐くて厳しかっただろうと思う。とにかく、Dフェース頭に立つことができて嬉しかった。
 この日の夕方、真砂沢テント場から、雨上がりの空に虹がかかっているのを見た。そして、だんだん茜色に染まっていく空や回りの山々にみとれながら、この1週間に登った所など思い出したりして、本当に登れてよかった、剱に来てよかったなと、しみじみ思いました。

 8月18日、晴。真砂沢から黒部ダムヘ下山。もちろん大町温泉で汗を洗い流し、猛暑の都会へと帰京した。


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