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日光・鳴虫山
服部 寛之

山行日 1991年1月20日
メンバー (L)服部、今村、大久保、五十嵐、石山、香山

 小来川(おころがわ)温泉は、久し振りに見つけた僕のお気に入りの温泉である。旅館は一軒だけ。福寿荘というのがある。昨秋、と言っても越後の山々では丁度白い季節を迎えた頃だったが、ひょんなことから行ってみたら、えらく気に入ってしまった。
 人間に人相があるように、風呂には湯殿相とでも言うべきものがある。人に会った時、こいつとは結構うまくつきあえそうだとかこいつとは何やってもダメだろうなとか、相手の全体的な雰囲気から何となく合性がわかってしまうものだが、そういうことは風呂の場合にもある。きちっと正装して(全部脱いで)湯殿に入って行くと、おっこれは肌に合うなとかなかなか良いけど好きにはなれないなとかこりゃ全くあかんとか本能的にわかる。湯殿の大きさ、湯殿に占める湯槽と洗い場との相対的占有率・位置関係・材質、湯温、泉質、湯槽の深さ、窓の景色、照明度、料金等など、様々な要素が微妙に絡み合って湯殿相は成り立っているが、それを瞬時に読み取り良し悪しを判断するには、長年に亘る研鑚とヒマ、そして何よりも出湯に対する清く正しいココロが必要なのである。
 という訳で、小来川温泉はグレードとしては然程高くはないが(註1)、湯殿相は素晴らしいのでまた来ようと思ったのであった。
 その後、また例会を持つことになり、小来川温泉のことを思い出した。温泉が決まれば山行の半分はもう決まったようなものであるから、あとは地図を出して近くの山を捜せば良い。そこで小来川温泉に行った時に入手した『県立公園前日光高原ハイキング・ガイド』というパンフを広げて見たら、鳴虫山が近いことがわかった(註2)。
 鳴虫山は通常、日光駅の方から登って東照宮の方へ下りるようであるが、今回は車なので駐車場の都合上その逆のコースとなった。
 1月19日夜、品川駅前を7時に出発、東北道から日光宇都宮道路に入ると途端にガラ空きになって車は殆んど走っていなかった。二荒山神社駐車場に10時過ぎに到着。日光市内の駐車場は高くまた夜間は閉鎖されてしまうが、この二荒山神社の大駐車場は丸一日停めておいても400円、しかも夜も鎖がなく街から少し奥まっていてトイレ・水道付きと、幕営にはうってつけなのです。例によって宴会後就寝となったが、明け方5時頃だったか、ガヤガヤ女の子達の騒ぐ声がしたと思ったらキャーと叫んで急に静かになった。あとで聞いたら、その女の子達は肝試しの一団だったようで、たまたま真暗トイレで脱糞中だった大久保氏が闇の中から低く「ウーン」とうなってみたら、キャーと叫んで走って行ってしまったそうな。そりゃ肝も冷えたかんべ。
 テントを車にしまい、7時50分出発。大谷川を渡り、雪を踏みしめながら含満淵を右下に見つつ日光宇都宮道路をくぐるとすぐに第一発電所。そこから山道に入る。ところどころ息をつく場所はあるものの、思ったより急登である。時々樹林の切れた所で振り返ると、雪を被った日光連山が素晴らしい。正月合宿での歩行訓練の余勢がまだ続いている大久保氏はひとりズンズン先に行ってしまった。あとから皆でのんびり登って行くと、何と彼氏は松立山への急登手前で昼寝などしているのであった。彼氏にしては珍しい余裕のヨッちゃん振りである。
 松立山から稜線の道を少し行ったところで単独行のオッサンとすれ違った。最後にひと登りして鳴虫山到着。頂上から少し南に下がった平担なところで早速鍋の仕度にとりかかる。今回のメニューはわたくし特製のトン汁なのですね。コッヘルが人数の割に小さ目なので二回に分けて作ることにし、一発目を煮ながら南側の景色など眺めるが、600m~800m前後の山がでこぼこ並んでいて地図を見てもどれがどれだかよく判らないながらもあれがこれでそれがあれだろうなどと言っているうちになんとなく納得してトン汁を食ったら、これが実に美味かったのであります。
 ところで、今朝9時頃東武日光駅に着く電車で千恵子、伴子(明氏のかあちゃん)、牧野の各お姉様で編成されるカシマシセットが一式揃ってやって来ることになっていて、そろそろ到着しても良い時刻なのだがなかなか姿を見せない。トン汁第二ラウンドを仕込み、早く来ないと美味い卜ン汁を食べさせてあげたくてもそれも叶わなくなってしまうのにと思いつつわたくしは頂上まで行ってモトコールをかけてみました。すると思いがけずすぐ下の木々の間から「モトー」の返事。途端にトン汁第二ランドが消し飛んで、わたくしはガックリと力なく鍋座へと戻ったのでありました。しかし我が一行も、また静寂を切り裂いて現われたカシマシセットも美味い美味いと言って食ってくれたので、それはそれで用意した甲斐があったという訳で満足すべきことだったのでありましょう。
 宴会後、含満淵の方へ下りるカシマシセットとそこで別れ、我々は彼女達が登って来た方へと下山した。途中の神主(こうのす)山は好展望地で、眼下に広がる日光市街の向こうに左手は男体山から始まって大真名子、小真名子、帝釈、女峰、赤薙、霧降高原へと日光連山の白い山並みが続き、その右手には遥か日留賀岳や鶏頂山、釈迦ヶ岳まで見えるといった大パノラマで、トン汁のことなどもうどうでもいい程の感動の景色であった。
 市街地へ下りておみやげなど物色しながらのんびりと輪王寺を通って駐車場へ戻った。駐車場の料金所は何故かお休みで、これは400円もうけたシメシメと思いつつ駅の方へ行くと、遊歩道の噴水をこづき乍らナイスミディしてるカシマシセットがいた。残念ながら彼女らが乗ると定員オーバーとなってしまうので、我々はそこで失敬して小来川温泉へと向かったのであった。素晴らしい湯殿相の温泉で汗を洗し、わたくしは湯上りの美女に凝った肩など揉んでもらい(実は前々日に寝違えて首が全然回らなかったのでした)、鹿沼インターから高速に乗って帰京した。皆さん、お疲れ様でした。

〈コースタイム〉
二荒山神社P(7:50) → 松立山(10:00) → 鳴虫山(10:18~12:10) → 神主山(12:55~13:10) → 鳴虫山登山口(13:37) → P(14:20)

(註1) 温泉のグレードについては、佐藤明氏の試案「温泉グレード体系」(岩つばめ第259号温泉特集)を参照されたい。この試案からすれば、小来川温泉は2級に相当すると思われる。
(註2) 三省堂のコンサイス日本山名辞典によると、鳴虫山という山は二座あり、もう一座の方は日光の鳴虫山の約13km南方、石裂(おざく)山の東側にある(標高724.6m)。それは、本文中のパンフによると、鳴蟲山となっていて字が違う。「虫」と「蟲」の差は、「木」と「森」の差から類推すると、後者の山の方が鳴く虫の種類も数も格段に多いのであろうか? 尚、今回登った日光の方はヤシオツツジが美しいそうである。


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