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平成三年度春山合宿 後立山連峰・五竜岳集中
その1 白馬隊
佐藤 明

山行日 1991年5月1日~3日
メンバー (L)山本(信)、服部、荒川、阿部、大久保、吉江、佐藤明

 烈風と降雪、そして雪崩の恐怖とに明け暮れた春山合宿自馬隊であった。
 91年4月30日。ゴールデンウィークの谷間に当たるためか、急行アルプスは所々に空席も目立つ。それとも天気下り坂との予報を忠実に守る人が多いためだろうか。
 翌5月1日、タクシーで猿倉まで入る。連日の晴天で雪解けが進み、食べころのフキノトウが目自押し。酒のつまみを確保して8時出発。
 消えかかったトレースに導かれ、白馬尻まで1時間20分。ここで30分ばかり休んでいよいよ白馬大雪溪にふみ入れる。当初はそう感じなかった傾斜も30分も歩くと結構きつくなり、両岸の尾根も切り立ってくると何となく落石にも気を使うようになる。
 しかし、谷の中央部には所々雪崩のデブリも現れるが、頭著な落石溝が発生していないところをみると、まだまだ残雪豊富でブロック雪崩や大落石の心配はそうない、と読み取れる。
 昼ごろから視界が50mと悪くなり、また重荷につらくなったため、全体的に調子が出なくなってきた。山本ゲンさんリーダーの一言でねぶか平上部(2400m)の大岩の陰で本日終了とする。午後1時。
 これが全く甘かった。何とこの時期に例を見ない、零下30度Cという厳冬期なみの寒気が日本海に入って来たのだ。夜になって風雪激しくなり、吹きだまりを切って張った我々エスパースライトは元の吹きだまりに飲み込まれそうである。ちなみにもう一張りのエスパースミニはわずかな風の流れの違いでそう影響はない。真冬と同じ乾燥粉雪。3時間おきに除雪でどうにか夜を持ちこたえた。しかし、この際のスコップのせいかフライが少し破けてしまった。
 5月2日 停滞。視界10~20mで相変わらずの風雪だ。稜線の小屋から下山してきた人の話では、上ではとても立って歩けない程との事。我々は予備の日数もあるし、まあ何とかなるだろうとのことで天幕を張り直し、もう一泊を決める。しかし天気はさっぱり快方に向かわない。
 停滞で何もやること無しといっても、アルコールのほうはあまり入っていかない。酒好きのゲンさんは、一滴も飲まず(飲めず)、ずっと苦虫をつぶしたような顔をしている。まさにリーダーとしてのつらさ。かわいそうに・・・。
 夜になり風雪の激しさはさらに増し、エスパースライトのフライはほとんど破れ散ってしまった。とはいってもわずかにひっついている生地のはためく音のすさまじいこと。天幕内でも大声をはり上げなければ全く会話が出来ない。そして内張りなく生地の薄いライト本体の中を風が透り抜け、バーナー全開でも寒くてたまらない。降雪も激しさを増し、今日になり60~70センチメートルは積もっただろうか。もうこうなると、いつ表層雪崩になってもおかしくない程である。どこかで少しでも落ちれば、その爆風は谷の中央に集中するため、こちらも天幕ごと吹き飛ばされるのではないだろうか。隣の天幕は楽しそうに歌なぞ歌っているが、経験豊富なゲンさんリーダーはもう顔がひきつり加減で、話さえも満足に出来ない状態だ。
 除雪のため外に出る回数はますます多くなる。最初は一人で作業していたのに、夜半頃からは2人で出ても間に合わない。逆に雪をかいても、片っ端から吹きだまり、さっぱりはかどらない。午前2時頃になり皆もうへとへとで、吹きだまるに任せる事にする。積もるのは早く、あっと言う間に天幕の二面がほぼ頂上まで埋設してしまった。雪に押されて内部も狭くなり、4人で足をかかえたまま、ただ、ただ、フレームよ折れないでくれ、と念じているだけである。
 とりあえずもメンバーは、靴、スパッツをつけたままシュラフに入ったが、リーダーはそのスペースと精神的余裕さえもなく、シュラフなしで体をねじりながら朝を迎えなければならなかった。
 5月3日。明るくなり風雪少し弱まる。しかし、視界はほとんどない。リーダー判断で下山決行とするが、全く何も見えず、まさにホワイトアウトだ。7名パーティの最後尾の私からは3~4人しか見えず、先頭の動きは全く分からない。パーティを出来るだけ分散して雪面へのストレスを緩和しようと思っても、すぐ前を行く先行者のトレースを見失いそうで、つい前の人との間隔が狭まる。歩くと、フワフワと腰のあたりまで新雪をもぐった後、ガツンと旧雪にぶつかるのが驚くほど明瞭だ。まさに雪崩の巣まっただなか。現在の置かれた状況にヒザが震えてくるが、もう行くしかない。雪崩で埋もれても、これ程何も見えなくては、他の者に救助してもらう事はまず絶望的である。万一に備え少しでも自由になりやすいようにと、ザックのウエストベルトとピッケルバンドをはずす。
 ネブカ平下部の谷が広くなったあたりで、私が先頭となる。目標に出来るものが一切何も見えず平衡感覚がなくなるため、船酔のような不快感が出るが、足を出すと傾斜方向に体が傾くため、そのまま全速で進む。とは言っても腰ほどのラッセルではいくらも速い訳ではないだろうが。
 1時間強でガスの切れ目から白馬主稜が見えた。あの尾根の落ちた所が安全地帯の白馬尻だ。目標が見えたら急に疲れが出てしまい、若手にトップをお願いする。あそこまで休まず、全速で逃げきってくれ。
 白馬尻は春スキーヤーの天幕であふれ、我々にとってまさにパラダイスであった。
 なお、この夜白馬の民宿に一泊し解散となった。


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