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秘湯の危機的状況を嘆く編集後記

 吾妻の秘湯といわれている出湯三ヶ所を最近たて続けに訪ねた。姥湯、大平温泉、それに新高湯である。風呂自体はそれぞれ素晴らしかったが、その環境の荒廃ぶりは実に嘆かわしいものであった。
 まず、宿の建物の立派さに驚いたのは前二湯である。姥湯は私の積年の憧憬の湯で、秘湯中の大関クラスとの想いがあったので、建物は当然古びており幾分傾いでいたりしたら正に理想的であった。だが、建物はきれいでサッシなどはめ込んであり、傾いでもいなかった。大平温泉は、山道を下りて行くと湯殿に突き当たりその窓から入館すると美坂哲男氏の記録(昭和35年11月のものだけど)にあったので年季の入った宿を想像していたのだが、山道を下りて行って最後に鉄梯子を下り立つと(ここまでは良い)、予想外に立派な建物に全面ガラス張りのサッシ扉の玄関がデンとあって落胆させられた。
 それだけならばまだ良かった。その後判明したショッキングな事実には危うく落命するところであった。大平温泉は山峡の溪谷傍に建っているのだが、何と北側の正面道を百数十m上がったところまで自動車で簡単に入って来れるのだという! 我々の来た道は殆ど使われなくなった裏道であったのだ。やがて宿には普通の格好をしたお客がぞろぞろやって来たが、山の服装をした者など誰もいない。しかも、せっかく混浴の露天風呂を見下ろせる部屋に入れたというのに、後からやって来た女性客はオバンばかりでギャルがひとりもいなかったことも非常に腹立たしいことであった。
 道路事情は姥湯も似たようなもので、我々と入れ違いにハイヒールのオバハン部隊がやって来ていた。ここはかつては長い山道を歩いて来なければならず、歩くのが難儀な湯治のばっちゃんなどにのみ宿のジープで揺られて来るのが許されていた場所であった(筈な)のだ。
 新高湯の場合はさらに悪く、宿の前まで自動車道がついていた。ここは天元台に上がるロープウェイ駅から沢沿いの急な道をまっすぐ登った所にあるのだが、森を太く削ってつけられた道が景観を台無しにしていた。下から宿へ続いていたであろう森のアプローチを楽しむことは、もはや出来なくなっていた。
 豊かな自然と素朴な出湯の宿を楽しみにこういう所に来るたびに、落胆させられることが多い。宿にしてみれば、便利さと快適さを備えれば今はそれだけ多く客を呼べるのだろうが、我々の求める自然の豊かさや年季の浸み込んだ宿の素朴さや静けさはそれだけ失われてしまっているのだ。林道と引き替えに失って行く生態系の価値や環境の悪化を、宿の経営者や地元関係者はどう考えているのだろうか? 自動車で行ける温泉はもはや秘湯ではない。単なる遠くの温泉である。そういう温泉宿に『秘湯を守る会』の看板が掛かっていても、何やら滑稽なだけである。ボクなどはそれ以上に情けなく悲しい気分になってしまう。秘湯という字義のごとく、秘められた地にひっそりとたたずむ湯宿が日本から完全に姿を消す日も、そう遠いことではないのかも知れない。

【服部】

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