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瑞牆山十一面岩正面壁
荒川 洋児

山行日 1992年4月19日
メンバー (L)飯島、井上(博)、荒川

 18日夕方八王子駅に集合して、井上さんの会社の車で一路瑞牆を目指す。さすがにこの時間の中央高速はすいている。
 須玉インターで降りて川上・増富温泉方面の標識がある角を曲がる。途中増富温泉への分岐付近でば、ダム工事のために道が頻繁に付け替えられているようで迷いそうになる。さらに川上方面に向かって信州峠への道をゆくと、黒森民宿村・瑞牆ヘルシーランドの看板があるので、ここを右折。
 天使園をすぎて少しゆくと道が二つに別れている。ここを左に入ったが、これが間違い。こちらは不動沢方面への道だった。このあたりは、昨年11月に来た飯島さんも、学生時代に一度来た私も記憶があやふやで当てにならないが、こんなに舗装されたいい道ではなかったという飯島さんの言葉で間違いに気付いて引き返すと、分岐の道端にちいさな指導標があった。ただしこの指導標、なぜか上から下りてきた人にしか見えないように立てられている。
 改めて右の道をゆくと、やがてグリーンロッジがあった。そうだ、これを目印にすればいいんだと思い出しても時すでに遅しである。さらにゆくと、左に細い未舗装路が別れている。今度こそこれを左に曲がる。右の道は富士見平に通じている。しばらく行って左側が広くなっているところに車を止めて、テントを張った。八王子からここまで3時間くらい。
 各自夕食を取り軽く酒を飲んでいると、22時半頃にもう1台車がやって来た。

 翌朝は4時起き。テントから顔を出すと、星が見えている。ラッキーと思ったが、よくみると星が見えるのは真上だけで周囲は雲が出ているようだ。これまた各自用意の朝食を食べ、テントを撤収して出発するころには高いところはガスがかかり何やら怪しげな雲行きになってきた。
 アプローチは昨年2日連続で迷ったという飯島氏の好ルートファインディングのおかげで迷わずに着くことができた。
 幕場から林道を進むと橋を渡る。これが天鳥川南沢。橋をわたってすぐに右に山道が別れている。これが多分カンマンボロン、大面岩への道とのこと。
 さらにゆくとちょろちょろと小さな流れが道を横切るがこれを無視して進むと、沢が道の上を横切っている。これが天鳥川北沢。瑞牆へルシーランドへ500mの看板がある。
 ここから沢沿いに登るのが普通らしいが、さらに林道を進みつづける。林道の終点左側に瑞牆へルシーランドとやらの小屋があって、道は畑の中に消えている。しかしここでめげずに畑の中を直進すると突き辺りの林の中に踏み跡らしきものがあり、これをたどって林の中を進んでゆく。天気はさらに怪しくなり上の方はガスに隠れ、ときおり雨がぱらついてはすぐにやむような状態。
 適当なところで右の北沢に下りて、沢沿いに進んでゆく。左(右岸)の尾根上にも踏み跡が続いているが、本流と間違えて枝沢に入りやすいので早めに沢に下りた方が良いというのは、前回の経験から導きだされた飯島リーダーのありがたい生活の知恵である。
 忠実に沢を登ってゆくとやがて滑滝になる。湿った滑をスリップに気を付けて登り、さらに沢をつめてゆくと、左から赤茶けたガレ沢が入ってくる。ルート図ではこのもう一つ上の二俣を左に入るようになっているが、飯島さんが前回はこの沢を下ってきたというので、左のガレ沢に入る。この沢は十一面末端壁の側面に突き上げている。
 つめ付近で右の斜面のガレを登って尾根に出ると、そこからは末端壁、そして十一面正面壁へと踏み跡が続いている。この踏み跡をゆくとすぐに岩小屋があって、横に展望台のようなものが作られていた。
 そして噂の十一面末端壁。おぉ、確かに前傾している。規模も意外に大きく、こんなところ登れるんかいなと感心するやらあきれるやら。岩を挑めながら基部をトラバースするようにガレ沢を少し登り、沢から離れて樹林の中を登る(樹林に入るところにはテープかケルンがあったと思う)。
 樹林を抜けると、目の前に岩壁が現れた。岩が両脇から少し窪んだところに出たらしいが、何か様子が変だ。ふと見上げると・・・。? 屋根がある。
 そう、目の前にあるのが、かの有名な張り出し10数メートルに及ぶという圧倒的な大ハング、燕返しの大洞穴だった。こりゃぁ凄いわと、驚くやら感心するやら。ハング下に入り込み、ザックを下ろす。張り出しは大きいけれど地面がかなり傾斜しているので天場には向いていないが、それでも1、2人ならツェルトを張れるかもしれない。
 奥の方には氷が散乱し、見上げればそこここからつららが垂れ下がっていた。よっく見れば春一番ルートの腐りかけたようなピンがハング出口へと続いている。よくこんなところ登る気になったもんだ。とにかくこれは一見の価値有り。

 あたりはガスの中、いつ本格的に降り出してもおかしくないような天気。雪解け水がハングから流れ落ち、これは天気のせいか全体に岩が湿っている。おまけにとっても寒い。どうしましようかと、迷うことしばし。それでも行けるところまで行ってみようということで、飯島氏がトップで予定通りに翼ルートを登りだす。
 このルートの取り付きは燕返しの大洞穴のすぐ左側のクラック。湿った岩に注意しながら取り付きすぐに人工になる。飯島氏が登っているうちに、気がつくと雨が降り出した。取り付きの近くにハングからの雪解け水が細い水流となって落ちてきており、これが風に吹かれて霧状になっているので、なかなか雨に気付かなかった。寒い寒いと震えながら待ちつづける。それでも、セカンドの井上さんが登っているうちに雨がやみ晴れ間ものぞいてきた。上の方で飯島さんが
「やった~。ざまあみろ」とわめいているのが聞こえる。
 やがてわたしの番になり登り始めるが、久しぶりのアブミと湿った岩のせいだろうか、IV級A1にしてはなかなか厳しい。苦労しながらやっとのことでビレイポイントにたどり着いた。気がつけば再びあたりはガスの中に包まれている。
 2ピッチ目がこのルートの名所であるらしい、大チムニー。ほんとにでかい。入口付近は足をいっぱいに伸ばしても届かないのではないだろうか。ここも飯島さんがトップで登りだすが、濡れた岩に随分苦労している。バックアンドフットで登ろうにもずりずりと滑り落ちてしまうらしい。さらにまたもや雨が降り出してきた。
 ここで急遽隊員会議を持った結果、ついに今回は涙を飲んで敗退することに決定した。飯島さんはまた今度も登れなかったとぼやくことしきり。どうやらこのルートは飯島氏のライフワークになってしまうのではないだろうか(つまりいつまでも登れないということである)。

 ここで賢明な読者ならすでに見当がついただろうが、延々とアプローチの話しを書いてきたのは、三峰ではあまり登った人がいないだろうということからの説明もあるが、それ以上にほかに書くことが無いがために、懸命に水増しをしていたわけだ。

 懸垂の準備をしながら大洞穴のあたりを眺めていると、ハングの上にボルトが打ってあるのが目に入る。ルート図には何もかかれていないので、懸垂用の支点だろうか。
 下山するときにも大洞穴の右側にボルトの列を発見。ルート図を引っ張りだして、どのルートだろうと確認する。岩壁が大きいうえに取り付きまで樹林帯になっているので、どこにどのルートがあるのかよく判らない。
 再び沢を下ってゆく途中で、とうとう本降りになってきた。大滑滝はスリップが恐いので、右岸のブッシユの中を下る。その後は、登りの時とは少し気分を変えて林道までずっと沢通しに下った。
 やっと車にたどり着いて雨の中で飯島さんが得意のコーヒーを入れている間に、この天気だというのに何人かのハイカーが通り過ぎていった。隣にいた車はいつの間にやら消えている。あたりまえだわ。
 こうして十一面岩正面壁登攀隊は帰路に就いたのであった。


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