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マチガ沢東南稜・鳥帽子沢奥壁南稜
吉江 信也

山行日 1992年6月27日~28日
メンバー (L)別当、別所、吉江、金子氏も参加予定であったが自宅にて敗退

 山本信雄氏に、越沢バットレスにて、初めて垂直の壁に撃じ登るというこれまた奇妙な遊びを教えていただいたのが、確か、去年の4月のことだったと思う。そしてそれから1年と2ヶ月がたち、この奇妙な遊び(岩登りというらしい)の発祥の地に来ることができた。特に、マチガ沢東南稜は1931年に初登されており、この大クラシックルートは岩登りの原点であるようだ。
 金曜日の夜、上野発22時40分の列草で待ち合わせをしていたが、その日の午後の実験が終わったのが真夜中の12時で、列車はあきらめてバイクで行くことにする。午前1時ごろ家を出て、高速を飛ばすと、3時30分には土合駅に着いていた。土合駅には人がいっぱいで、こんなに人が多い土合は初めてだった。
 土曜日、他のどのパーティーよりも遅く起き、出発したのは6時ごろだったか。指導センターに不用な道具をデポし、登山届を提出。さすがは谷川岳の岩場である、他の登山届をペラペラめくってみると、その日、あの藤原雅一も入山していた。
 国道を歩いて、マチガ沢の出合に着いたころは7時ごろだったと思う。それから厳剛新道を1時間ぐらい登り、適当な場所で雪渓に下り、雪渓伝いにずっと登っていく。運動靴よりも山靴の方がずっと有効的で、雪渓は傾斜がかなりあるので、キックステップで登っていかなければならなかった。雪渓が終わるとII~III級の岩場で、ノーザイルでばらばらに各自が選んだラインで沢を詰めて行く。草付などでの少し危険な場所も慎重に行動して、10時ごろに東南稜の取付点に到着。
 支点に不安のある部分には持参のハーケンを打ったりと、ゲレンデでは味わえない岩登りの醍醐味を楽しみながら、ピッチ数もわずか3ピッチなので楽々と登攀を終えた。IV級のフリーで、ホールドもガバが多く、1ピッチ目の濡れている筒所が一ヵ所危険な程度で、全く快適であった。
 終了点からオキの耳に抜ける草付場で、乗っかった石が浮いてて落石を落としてしまい、本場のルートにおいての落石の多さと、絶対に石は落としてはいけないことを再確認した。もし下に人がいたら、大怪我をしている所だ。無事に稜線に着いて、トマの耳で休憩しながら今日登って来たマチガ沢を眺めている時、沢の下の方で大きな石が轟音を上げて雪渓上を滑落しているのが見えた。雪渓上にスキーヤーらしき人物がいたが、無事だったようでホット安心はするが、恐ろしい落石シーンであった。
 下山路は、西黒尾根を間違えて天神尾根を下りてしまい、かなり時間を食ってしまい、指導センターに着いたのは4時か5時ごろだったと思う。
 ビールを買って、人の少ないロープウェー下の静かな場所にテントを張って、この日は終わるのであった。

 6月28日、別所さんは東南稜を登りもう大満足なので下山することにする。別当さんと僕と二人で今日は烏帽子の南稜に行くことに決まり、5時ごろテントを徹収して出発。今日は初めての一ノ倉沢だ。一ノ倉の出合から眺める一ノ倉の岩壁は壮絶であった。見るだけでも十分価値のある美しい景観である。緑の木木の全くない、右も左も真白の岩、岩、岩で、とってもおもしろそうだ。
 雪渓を横切り、II~III級の岩場のテールリッジを登り詰めると、衝立岩の中央稜のテラスがあり、そこから烏帽子スラブを横切り南稜テラスへ。あっちやこっちの各ルートに数組のパーティーが取り付いており、岩に奇生する虫けらのように見えた。南稜にも数組のパーティーが取り付いていた。
 わずか6ピッチのルートだが、この日はとても暑く、体が緊張せず力の抜けたような感じだったので、とても疲れた。9時すぎから取り付いて、正午ごろには終了した。暑くて、ずっとボーッとしていた。岩登りは暑い日にはやるべきではないようだ。全く力が入らないので危険である。
 同ルート横の6ルンゼ右俣を懸垂下降し、テールリッジを下降、一ノ倉沢出合に着いたのは3時ごろだったと思う。出合はキャンプ客でにぎわっていた。
 今回は初めての谷川岳の登攀であったが、谷川岳のスケールの大きさはウワサ通りであり、実際に体験できて実によかった。


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