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春山合宿・剱岳
その3 私の「赤タンから本峰」
別所 進三郎

山行日 1993年5月1日~5月5日
メンバー (L)植村、野田、勝部、服部、飯塚、別所

 昨秋からか、山に行きたい気持が自分の内からフツフツと沸き上って来てて、それが静かに続いている状態の中、4月の大集会で野田さんから5月の合宿は赤谷山から剱のコースに入ると聞かされたとき、私も行きたいと答えた。自分がこの冬、5回の雪山に入った総決算はこれだという思いがよぎり、参加の意志を強く持った。その時は、メンバーがこの6月マッキンリー遠征に行く人や、ベテランの現役で構成されていて、その中に自分の様な10数年雪山から遠のいていて、又始めた中高年登山者が加わることで、どんな山行になるか思い浮ばなかった。久々に手応のある雪稜縦走をするんだということで、気持は舞い上っていた。
 さて準備である。個人装備の面では、今冬の八ヶ岳氷瀑山行の際に自分の装備が古く、機能性が悪く、重く、嵩張ってて、要するに前時代的であると実感したので、買替中であった。羽毛が700gも入っている寝袋と、65リットル容量のザックは既に購入済、今回新たに、20年来の山靴を退かしブラブーツに切換える。それに合わせてチタンのアイゼンも買った。ラクダの下着やドメゾンの羽毛服はやめて、軽い新素材のアンダーとゴアテックス製品に替え、毛手やゴーグル等小物も新規購入した。なんだかんだで装備はピッケルを除いて、はとんど新品で揃えたことになった。軽くて良い物をと選んでいったので、大投資となってしまったが、「体力を装備で補う」気持と「これからも山を続けたいのなら今が替え時である」という判断があったので、良しとした。又、装備の改良を試み、針と糸やハサミ等を使って、深夜まで工夫をこらす、充実した時を幾度か過した。
 ルートの状況については、剱に詳しい富山大山岳部のOBに聞いたり、岩つばめの記録を読んだり、雑誌や、山の本から記事をピックアップしコピーに取ったりした。
 天気が必ず一度は崩れると覚悟することと、その対策として防寒衣と停滞食を追加することにした。
 技術的にどのくらい難しい場面が出てくるのか、悪天侯が続いた場合どうするかは、リーダー始め皆んなで対処すればなんとかなるだろうから良いとして、一番の問題は、自分の勤務疲労残度と体力・気力になりそうだなあと見極めたところで、出発を迎えた。

 5月1日 馬場島-赤谷山頂 13時過ぎ、1800米地点で雲海を抜けでると素晴しい光景があった。剱の春山に来て良かった。自分がそこに居る幸福感を味わった。そこからは強い日差の中、腕まくりをしての登高となった。赤谷山頂直下の急斜面は、踏跡が深く掘れていたので滑る心配はなかったが、夜行と馬場島からの1500米の登りの疲れが一挙に出て、しんどかった。
 2日 赤谷-大窓(停滞) 6時、曇天下、赤谷山頂幕営地を出発した。白萩山への稜線上で待っててくれた、北方稜線隊と合流する。雨中行動を続けて来たのに皆さん元気そう。情報交換後、彼らは早いピッチで先行していった。白萩山からの赤ハゲ、白ハゲの雪稜線は急登降とナイフエッヂの連続だった。大窓へのルートは右側の浅いルンゼを下るが、下り口が急なので懸垂下降する。8時半大窓に着く。霙が強くなって来たので、テントを張る。午後全員で白荻川側からの風雪対策のため外に出る。ビショビショになりながら雪ブロックを積んでいる時「これが春山なんだ」と楽しんでいる自分を見つける。せっかく積んだブロックも、幾度目かの強い風に倒されてしまった。テントの中では濡れ物を乾かす作業が数時間続いた。
 3日 停滞 ラジオは低気圧の通過と那須・月山の遭難を告げる。リーダーは積極的に出発のタイミングを探るが、天気は好転せず、アンニン豆腐を3度も作ったりして過ごす。
 4日 大窓-伝蔵のコル 青天 5時出発、いきなりの大登りで汗をかき、大窓の頭で大休止、360度の大展望を満喫する。本山行の核心部をドピーカンの下で行けることに幸せを感じる。急斜面をアップザイレンしたり、後向きキックステップで慎重に下ったり、垂直の壁をピッケルたよりに登ったりで、緊張の中、春山の良さを充分堪能しながら、池平山、小窓、小窓の頭へと踏破していく。途中ヘリが本峰越しに飛んでいったのと、早月尾根の池ノ谷側斜面に3名が行動しているのを見る。小窓の王手前から章子さんが加わっ て、新しい情報が入り賑やかになる。三ノ窓への下りは、懸垂下降後ザイルを固定しビナ通しで抜ける。池ノ谷ガリーの急な雪面の登りでは足首が痛くなる。池ノ谷乗越に15時着、困難な箇所は一応越えたなあと思ったら足が動かなくなった。長次郎の頭から本峰まではとても長く感じた。少し風の出て来た剱岳山頂でココアを飲み、すぐ下山にかかる。平蔵のコル17時着、幕営となる。バテちゃったので有難かった。
 5日 コル-真砂沢-黒部ダム 早朝のクラストした平蔵谷をアイゼンを利かして下る。6時半合宿参加者全員の出迎えを受け真砂沢キャンプ地に着く。我々の為に残してくれたビールを戴く。日焼した皆さんの笑顔がいい。
 ハシゴ谷乗越から内蔵助平を経て黒部ダムに昼に着いたが、緊張感が解けたのと、体の調子が落ちて吐いたりしてピッチが上がらずメンバーに荷を軽くしてもらったが、ゆっくり歩きになってしまい皆さんをずいぶん待たせてしまった。申し訳なかった。
 ということで、終りがだらしなかったが、5日の午後5時にはあずさの車中に居た。

 帰宅後の状況はというと、体重が4Kg増えていた(バテまいとして、山に入ると食うのである)。足首がハレて皮がむけた(ブラブーツによるものである)体調が戻るのに10日間ぐらいかかった(心地よい筋肉痛や、居眠りなどで、不快感はなかった)。

 今回は、自分の体力、気力に問題はあったが、計画に予備日が組んであり悪天候では無理しなくても良いという余裕のあったこと。他隊とのシーバーによる連絡がきちんと取られ、全体状況が把握できてたこ と。進んだ装備の使用による快適さを味わえたこと。リーダーが要所要所でザイルを出してくれて、安心感があったこと、又疲労とスケジュールを考慮し平蔵のコルでの幕営を決断してくれたこと。章子さんも加わって、チームが和気あいあいでやれたこと。肝心な時に青空にめぐまれたこと。総して、皆んなの努力と幸運が相乗して、非常に良い山行ができたと思う。三峰に居るからこそ、この廻り合せを楽しめたと感謝してます。


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