トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ282号目次

鹿岳
小林 偉城

山行日 1993年6月5日~6日
メンバー (L)佐藤(明)、今村、荒川、小林(偉)

 西上州と云えば妙義山に代表される凝灰角礫岩の山体が長きにわたって侵食され、大絶壁と岩峰林立する奇景が展開する所と一般に云われている。しかも、関東平野の中央に位置し、標高もあまり高くない為、簡単に二つ返事で参加することになった。
 JR中央線、豊田駅9時集合。藤井さんが不参加になった為、佐藤(明)さんのワンボックス・カーで、ゆったりとしたドライブから始まった。川越から関越道に入り、パーキングエリアで月食を観測し、下仁田温泉に向かった。今村さんの事前調査はパーフェクトで大久保と下高原の中間にテントを張った。佐藤さんとの山行は、食糧難は無いとの噂は聞いていたが、正しくその通りであった。
6月5日
 8時出発。大久保に入る手前の大塩沢川にはヤマメが手掴みできるほどウヨウヨしていた。谷が開けた所から右の大天狗ルートに入る。道標はしっかりしている。大天狗のコル手前に山椒が点々と群生し、夕食、お土産にと摘まむ。四ッ又山のピークは展望が悪く、一息入れて鹿岳とのコルへ向かう。コルは南斜面の草地になっており、わりと気持ちは良い。食糧難ではないが今晩のワラビ採りに一汗を流す。ここから急登となり杉林の中を一ノ岳、二ノ岳のコルへ。コル直下は斜面が急でルートも取りにくい。岩登り初心者としては、オッカナビックリしながら精一杯汗をかき、一ノ岳のピークに達した。標高は然程でもないが展望は良い。コルに戻り二ノ岳に向かう。今以上に岩肌がそそり立つ箇所があると驚かされ、不安ながら前進したがハシゴが懸けられており難無くピークに達した。対峙する一ノ岳の岩峰にどのようにして登ったのか不思議に思えるほど素晴らしい山であった。確かにカシューナッツのような岩峰であった。二ノ岳より木木岩峠を目指すが、どう間違えたのか下高原の方に下りてしまい標高650メートルあたりで旧峠道にぶつかった。登り返すのも面倒になり(全員賛成)そのまま下山した。14時頃であった。今村さんが運転者になり南牧村羽沢より、やや北上した線ヶ滝の林道終点にテントを張った。--ここも今村さんの事前調査ズミの所で、荒船山の裏登山口でもあった。--
 家庭料理以上に具が豊富なブタ汁をはじめ、新鮮なワラビ、冷ヤッコその他飲み放題夜が更けるまでタキ火を楽しんだ。リーダーの心憎い程の配慮の賜物と感じながら深い眠りに入った。
6月6日
 4時起床。羽沢に戻り熊倉に向かう。そこに車を置き、6時出発。途中で朝のお勤めを済ます人2名いたが難無く三段ノ滝上に到達。すぐ碧岩沢にアタック。二俣より左側に入るが、間もなく道は尾根を急登するようになる。道標は皆無であったが、テープ等目印があったし、それなりに判明できたので特に迷うことはなかった。わりとあっさりとジャンクション・ピークとのコルに到着。左にルートを取り碧岩ピークに向かう。ホールドがあったものの部分的であったが垂直な岩場があり私だけがロープの助けを借り山頂に立った。鹿岳よりの満足感を噛み締めながら山景にひたり、記念写真に収まった。碧岩ピークには何の標識もなく、山頂からは駐車した車が見える高さであった。下山は右側のルートを取り急斜面ながら灌木などの手掛かりもあり下山しやすかった。三段ノ滝で休息を取り10時頃には車に戻った。気持を切り替え、観光旅行気分。南牧村自然公園施設見学、大上峠での岩峰を背にした記念写真、古谷ダム近傍にある臼石荘の入浴(セッケン、シャンプー付きで300円、結構椅麗)、日航機墜落事故を起こした小倉山を見ながら上野村のウッディセンターヘ、500万年前浅瀬であった海中岩の恐竜の足跡が地盤の隆起で今は垂直岩盤になったさざ波の化石の見学、セメント原料になる石灰岩・叶山を遠望等楽しみながら18時頃八王子に着く。


トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ282号目次