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谷川岳・幕岩尾根
金子 隆雄

山行日 1993年3月13日~14日
メンバー (L)金子、別当、吉江、朝岡

 当初の計画では幕岩尾根を登り、爼嵓の尾根で中ゴー尾根から登ってくるパーティと合流し、阿能川岳を経由し谷川温泉へ下山するというものであった。が結果はどうであったかというと、幕岩尾根だけは曲りなりにも登ったが、中ゴー尾根隊との合流はできず爼嵓尾根に上ることもできず、おまけに交信もできずに遭難しかかって逃げ帰ってきたというのが妥当だろう。
 3月13日、中ゴー尾根隊と一緒に車で谷川温泉まで入り二俣へと歩を進める。天気はあまり良くない。二俣に着くころにはかなり雪が降っていた。二俣にて無線の周波数を確認して中ゴー尾根隊と別れてオジカ沢へと入る。通常はDルンゼの左稜から取付いて尾根上に出るらしいが、どこがDルンゼやらCルンゼやらよく分らないので適当なところから取付く。この辺はあまり来ないので地形がよく分っていないのだ。急登をラッセルしてようやく尾根に上ってやれやれと思う間もなく、不注意で片方の手袋とオーバーミトンを突風にさらわれてしまった。手袋は予備を持っていたがミトンがない。幸い吉江が予備のオーバーミトンを持っていたので借りることができ難を免れた。尾根上も雪が深くラッセルで苦労する。かなり手前で尾根に上ってしまったらしく、Cルンゼのコルまでかなりの距離があるように感じられた。Cルンゼのコル手前のナイフリッヂはかなり細いがザイルを出すほどでもない。しかし時々突風が吹くので足場が悪いところでは緊張する。Cルンゼのコルで1回目の無線交信を行う。交信できたのは後にも先にもこれ1回きりで以後交信が途絶えてしまった。Cルンゼのコルから急な雪壁となるが登るにつれて雪が不安定となり、アンザイレンすればよかったなと後悔するがどうにもならない。灌木帯の急雪壁を腕力に頼って強引に登り、細いナイフリッヂを馬乗りになって越すと複雑な断層地帯となる。雪に隠れたクレバスに注意して通過するとやがて幕岩の頭へと続く広い雪壁となる。かなり疲労しているメンバーもいるので行動を早めに切り上げて幕岩の頭直下の雪壁に雪洞を掘る。当初メンバーは3人だったのでテントは持たずツェルト使用での行動を考えていたが、当日の朝になって1人増えたのでツェルトでは狭くて寝れない。4人が入れる雪洞を掘るとなるとかなりの時間がかかる。全員が一度に作業できないので交代でツェルトを被って待つことになる。この間にも何度か中ゴー尾根隊との無線交信を試みるが入感するのは関係のないものばかりだ。中ゴー尾根は目と鼻の先にあり、見えているのに交信できない。
 3月14日、雪で埋まってしまった雪洞の入口を掘り崩して外に這い出ると、天気は昨日よりも悪そうだ。中ゴー尾根隊との連絡も取れず天気も悪いので、計画を変更して爼嵓からオジカ沢の頭経由中ゴー尾根を下降して谷川温泉へ戻るということにしてとにかく出発する。幕岩の頭までは風下になっているせいか風はない。そのかわり雪が深くなっている。幕岩の頭に出た途端もの凄い風、おまけにホワイトアウトで何も見えなくなる。だが尾根さえ外さなければなんとか爼嵓までは行ける、そこまで行けば後は地形が分かっているのでなんとかなると思い前進する。しかし、爼嵓の直下まで来ているだろうと思われる所で尾根が不明瞭になり、地図上で進むべき方向に行くとどんどん下降して行き正しい方向に進んでいるのかどうか不安になる。ルートを探してウロウロしていると、朝岡君の姿がフッと視界から消えた。クレバスの中に落ちたのだ。幸い浅いクレバスだったので事無きを得た。丁度風を避けるのに都合がいいので全員そのクレバスの中に入り善後策を検討するがなかなか結論が出ない。登ってきたルートを忠実に辿って引き返す手もあるが、この風で我々の踏跡は既に跡形もなく消えていることだろう。そんな状態での下降は危険極まりない。今日中の下山は諦めてここでビバークし天候の回復を待つという手もあるが、天気予報によれば明日回復する見込はなさそうだ。結論がでないまま時間だけが経過していく。我々は既に遭難への第一歩を踏み出してしまったようだ。正午近くまで天候の回復を待ったが、もはやこれまでと意を決して引き返すことにする。自分の囲りの数メートルが見えるだけの状態だが、朝登って来た踏跡が所々かすかに残っていたのでそれを頼りに下降する。幕岩の頭を下り始めたころわずかに視界が間けて下る尾根が見えてきた。登りはほとんどザイルを使わなかったが下降は積極的にザイルを使用し慎重に下る。速く下りるために登りに苦労した雪壁の手前から懸垂下降2ピッチでオジカ沢に下り立つ。あとは敗北感と重い足を引きずるように谷川温泉をめざす。すっかり暗くなってから谷川温泉の車を停めてあった場所に着いたが車が無い。先に帰ってしまったようだ。車の中に財布を置いてあったので電車に乗る金が無く困ってしまった。とりあえずタクシーで水上駅まで行くと章子さんと飯塚さんが駅で待っていてくれた。捜索隊を組織する話が着々と進んでいたそうで、そうなる前に下山できて一安心する。


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