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山の歳時記(秋の採餌記の巻)
佐藤 明

 山登りにはさまざまな楽しみがある。三峰諸氏については、当然その楽しみがために山行を続けている訳である。ところで、あなたにとって一番の楽しみはと聞くと、単にピークを踏むこと、または壁に貼ったハイキングマップに自分の歩いたルートを赤マーカでたどり自分の踏破履歴を自慢するのが最大の楽しみという「ドングリ背高比較型自己満足トレッカー」(これは主に中高年ハイキングクラブの人かな)の人がいるのかも知れない。また、より困難な山岳やルートに挑戦し苦しみながらも達成することに満足を覚える「悲願達成型アルピニスティックマゾヒスト」もいるのかもしれない。いや、そのいずれでもないけれど、山での生活や、雰囲気を適当に楽しみたいやという「場あたり的熱中つまみ食い派アルピニスト」が案外多いのかも知れない。そしてその楽しみを倍増するには、やはり山でのいい酒、いいメシ、いい温泉という三点セットが最重要と言う人も多いことだろう。さて今回は、山でのメシ、特に現地調達について触れてみよう。
 山での収穫といえば、春は山菜、秋はキノコを思い浮かべる。キノコには毒を持つものもあるため不勉強だとちょっと手を出しにくい。専門書によると毒キノコの種類はそう多くはないため普通は大丈夫と言っているが、私はそう安心出来るとは思わない。何年か前、尾瀬でキノコ採りをしたことがあった。その場所は比較的道路から近かったため、既に入山者があった気配がある。しかし林に入ってみると、うまそうな感じのキノコだけが付近一面にはえていたのだった。かさの表面は程よくそり返り、適当なヌメリもある。もちろんツボやツバはおろか、清里のみやげ物屋のようなケバケバ模様などの毒キノコありありの兆候など全くない。地味ながらも何ともうまそうないでたちなのだ。そして同行の荻窪の某氏の大丈夫だとの言葉を信じ、袋一杯持って掃ったのだった。その夜、湯がいて試食かたがた図鑑を見ながら、さて何という名前だろうと捜していた。味はちょっと穀粉臭があるが、歯ざわり、味、そしてのどごしもなかなか良い。図鑑の食べられるキノコのぺージが終わり、そのまま毒キノコのぺージにまで進むと「ゲェ、猛毒クサウラベニタケだぁ」大急ぎで胃の中の物を吐き出し一命をとりとめたが、ここで教訓。「誰かが入山した後に残っているキノコは採り残しではなく、あえて採らなかった毒キノコの可能性が高い」。つまり、ちょっと目につくのは毒キノコの可能牲が高いのだ。
 さて今度は山形在住のキノコ採りの名人の話。深山幽谷でのキノコ鍋に舌づつみを打っていたら、下痢、おう吐で全員総倒れになってしまった。何人かで何種類かのキノコを採ったらしいが、どうもムキタケと間違って猛毒のツキヨダケも採ってしまったらしいとのこと。自分はベテランで失敗しなくても、未熟な仲間と一緒では間違って混在しても気が付かないから要注意である。それにしても、ツキヨダケの味も、歯切れも、そして鍋へのだしも最高によく絶品だったとの事。ちょっと勇気がいるけど一口賞味する価値はあるとの本人の弁。あなたはいかがです?
 私の例といい、毒キノコには案外うまいものが多いのではないだろうか?山でうまい、うまいと思って食べるキノコにはご用心。
 恐ろしい話はこの位にして、次は木の実の話にしよう。我々が山を歩いていて木の実にありつく事はまれである。というのは、栗やクルミは目の高さよりずっと上のほうになり、また落ちれば虫や他の動物がすぐに持っていってしまう。なかなか生存競争が激しいのだ。11月の初め、越後の八海山へ行った時の事、ブナ林で休んだ際に同行の野田さんが何かを口に入れている。オヤッと思って聞くと、落葉の間で見つけたブナの実だと言う。巨木にしては小さな実で、高さ5ミリ程の三角スイの頂点から鬼皮をむくとクリーム色の松の実のようなものが出て来る。ほのかな渋みが口に残るが、まさに原生林の味である。何より、猿より先に食べれたことに妙な優越感を覚えたのだった。
 今回の服部編集長から指示のあったテーマは「山の採餌記」であるが、気軽に楽しむためにそのフィールドを都会にも広げてみよう。気軽に採餌を楽しめるものとして東京都の木がある。ところでご存知かな、「東京都の木」って。そうです。ゴミ収集車を後ろから見るとその葉っぱが大きく描いてあるあの木、イチョウなのです。イチョウの実、ギンナンはメスのイチョウの木にしかならず、またメスの木は技が横に広がりズングリした枝振りなので区別がつけられる。都では街路樹としてかなりの数のイチョウを植えているが、ギンナンが道に落ちると臭いという苦情が来ることから、オスの木を努めて植えているとのこと。しかし幼木のころは雌雄の区別がつきにくいためどうしてもメスの木が混じってしまうようである。さて時期は9月中旬から十月上旬頃の台風の大風の翌朝、神社や公園の目を付けておいた木の下に行ってみよう。手には軍手とスーパーの袋。早起きオバサンに先を越されなければ袋一杯のギンナンなんてすぐに蒐まるのだ。そしてその袋を二重、三重にして口を固くしばり、一ヶ月位ベランダに置いて果肉を腐らせる。その後頃合をみてゴム手袋着用のうえ、バケツの中でタネをグチュグチュしながら取り出し、洗って乾燥させれば酒のつまみが出来上り。食べるときはフライパンで軽くいってから、粗塩の上に盛りつけるのがなかなかよろしい。飲み屋だとギンナン1個50円相当だが、自己調達品だと2千円分位ならアチアチ言いながらすぐに食べてしまう。ぜひこの秋にお試しあれ。やはり神社の大イチョウのギンナンがうまく、得したような気分になったらついおさい銭も少し多めに。また来年もたくさん採れるかも知れないぞ。


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