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長い尾根、遠い頂
荒川 洋児

山行日 1993年3月20日~21日
メンバー (L)荒川、別所、森本

 この時期、八ヶ岳の赤岳に真教寺尾根から登るなどという酔狂な計画を立てたのは、たいした理由が有ったわけではない。真教寺尾根にはまだ行ったことがないし、かといって夏に登る気にはなれないという程度の事だった。ついでに少しラッセルというものをやってみたいという気持ちも有ったのだろう。(例会計画を立てたときにはまだ天神雪訓でのラッセルを味わっていなかったのだと思う。)しかし、真教寺尾根は地図で見る以上に長かった・・・。

 3月19日の夜、例によって0:02発松本行きに乗り込む。小淵沢で下車し、待合室で時問をつぶしてから小海線に乗り換えて清里ヘ。今回は青春18切符を買っているので小淵沢で堂々と改札を通過できる。ここの改札の外の待合室にはストーブがあるのだ。(しかし我々が行ったときにはストーブの不調で消えてしまっていたが)

 清里駅で朝食を食べうだうだとしているうちに、はや他のパーティーは姿を消していた。腰の重い我がパーティーもやっとこさ腰を上げて出発する。この時まで駅からタクシーを使うか否かで迷っていたのだが、登山口まで歩いても1時間くらいだしたいした登りでもないので、歩いて行くことにした。何故かリーダーは異様に燃えていたのだ。久し振りで山らしい山の計画を立てたせいだろうか。
 が、この時点ではこの決断が善し悪しは別として山行全体にあれほど大きな影響を及ぼすとは誰に想像できたであろうか、いやできはしない。

 曇り空の下てくてくと舗装道路を歩いて、やがて登山口。石段を登って美ノ森山(?)の頂上に着くと、どこからともなく妙なる調べが聞こえてくる。よく見れば少し先の右手の斜面にスキー場がある。あらら、あそこでリフトに乗れば多少時間の節約になるだろうなとは思ったが、まあ大した事無いやと考え直して、無視して歩きつづける。悲しいかなわたしの地形図は古くてスキー場が載っていないので、リフトがどこまで伸びているのかわからなかったのである。
 道は羽衣池から樹林帯に入る。樹林の中のかすかなトレースをたどって登ってゆくと、一度は静かになったスキー場の音が再び大きくなってきた。登るにつれてさらに音は大きくなる。そのうちに何やら機械音らしきものまで聞こえ始めた。やがて、樹林の向こうにリフトが動いているのが見えだした。いつかトレースはリフトのすぐ横を登るようになっている。華やかなスキーヤー達がリフトで追い抜いてゆくのを横目に黙々と足を運びつづける我々3人。悪いことには4人乗りリフトだから滅法早いのである。ビューンとやって来てはあっとゆう間に我々を置き去りにしてゆくリフト達。何が悲しゅうてこんな事せなならんのやと、天を仰ぎたくなるのも決して無理はないことであろう。

 やっとの思いでリフト終点に着いたときには、すでに出発から2時間半ほども経っていた。もし、タクシーに乗っていれば親切な運ちゃんならばリフトの存在を教えてくれたかもしれぬ、そこに有るとわかっていれば使いたくなるのが人情というもの、それを責めるのは人情の機微がわからぬやつと言われてもあながち問違ってはいまい。

 付近のスキーヤーからの好奇の視線を一身に集めながら、やっと本格的な登りに入る。何本かのシュプールが残っており、どうやら山スキーの人が入っているらしい。
 そのシュプールに導かれながら先ずは牛首山へと向かう。なかなかに急な登りをえっちらおっちら登ってゆくと、やっとこさ牛首山の標識があるピークに着いた。しかしよくみると、標識の標高と地図の牛首山の標高が一致しない。ここは地図の牛首山の一つ手前のピークなのだった。このあたりから権現岳方面が樹林のあいだから時折姿をあらわしだして、しばらく前に苦労した旭岳東稜が美しいリッジを見せていた。ここからなだらかな尾根を少し行くと今度は扇山の標識がある。ここが地図上の牛首山。この先しばらくは大きなアップダウンはない。
 のんびりと尾根を歩いてゆく。時々樹林のきれたところで後ろを振り返れば、ここまで登ってきた長い尾根が目に入る。が、しかし、先を見れば尾根はやがて急な登りになってガスの中へと消えてゆき、まだまだ長い道のりが残っていることを思い知らされるのであった。

 やがて急登になり、左には谷をはさんで天狗尾根の岩峰がすぐそばに見えてきた。時間も時間であることだし、そろそろ幕場を探しながら登る。結局森林限界の少し下、天狗岩と同じ位の高度に平らなところを見つけて幕場にした。左の天狗尾根側が開けた、樹林の縁のところだ。
 テントを張っているうちに雪が降りはじめたが、隣の天狗尾根ではまだ天狗岩を登っている人影が見え、ときおりコールも聞こえてきた。こちらは心の中で「ご苦労様」と言いながらとっととテントにもぐりこむ。テント内でぬくぬくしながら飯だ酒だといっている内に、いつか雪はやんで星空に変わっていた(と思う)。
 この夜は無風で非常に静かな夜だった。

 翌朝。昨日の天気が嘘のようなどっピーカンである。よかったよかった。やはり山頂は快晴の日に踏むに限る。日頃の行いが良いとこのように天気に恵まれるわけだ。

 いきなりの急登を昨夜の雪が積もって半ば消えたトレースを拾いながら登りはじめた。トレースをはずすと脛から膝ぐらいまでもぐるので、結構歩きにくい。
 しばらく登ると森林限界を越えて、さらに傾斜が増して雪壁状になってくる。こういう所って下からみると一見たいした事なさそうにみえて、実は結構急だったりする。トレースの跡を探ったり歩きやすそうなところを探したりしながら登ってゆくと、気が付いた時には結構な急斜面をアイゼンの出っ歯を効かせながら登っていて、ふくらはぎが痛くなってきたりする。上の方には岩峰が見えていて、あれがうわさの鎖場か、なかなか厳しそうだと考えていたらば、目の前の雪にあいた穴の中に鎖がちらりと見えていた。あら、ここが鎖場だったのね。

 ザイルを出した方がよかったかと思ったが既に後の祭り。もっともろくな支点も取れそうになかったが。それでも森本さんも問題もなく登ってくれたので一安心。
 先程見えていた岩峰はその左側を捲いて、さらにふくらはぎが痛くなるような雪面を登るとついに主稜線に到着。赤岳から文三郎道までは長蛇の列が見えていたが、分岐からこちら側には人の姿は見えなかった。
 下ってくる人達を避けながらもうひと登りで赤岳頂上に到着。風は強いがせっかくの快晴、行動食を食べながらのんびりと360度の展望を十分に楽しんだ。
 森本さんは三峰に入ってから初めて計画通りの山行ができたと言っていた。

 下山は文三郎道にするつもりだったが、少し前に旭岳東稜の帰りに下っているのでおもしろくない。地蔵尾根方面から来た人に様子を聞くと、雪が多いので岩場が埋まっているので易しいとのこと。あっさりと地蔵尾根を下降することにした。
 頂上から下りながら見回せば、いることいること、バリエーションにも随分と人が取り付いている。いやいやご苦労様です。
 地蔵尾根は聞いた通りに雪がべっとりと付いていたので、全く問題なくかけ下りることができた。
 行者小屋まで下りてしまえば、あとはもう歩きなれた美濃戸への道だ。


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