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四匹の岩魚
安田 章

 去年の秋に渓流釣りへ行った。初めての釣りだった。以前から行ってみたいと話していたのを川田さんが覚えていて下さって、奥只見のメルガ股沢に誘ってくれたのだ。メンバーは他に伊藤チャンと佐藤明氏。大物をジャンジャン釣って、酒をガンガン飲もうという計画だ。
 奥只見のダムサイトからヤブっぽい尾根をひとつ越えてメルガ股沢に入る。だいたい6、7時間の行程だ。初日はテント場に着いたところで日が暮れたので、沢に入るのは2日目ということになった。
 次の日、朝日が尾根筋を明るくする頃テントを出た。水もそれほど冷たくなく気分のいい朝だ。川田さんについてもらって上流右岸の枝沢に入って行った。
 とにかく、この時までエサにするブドウ虫さえ見たこともなかったのだ。竿の仕掛けはもちろん、竿の持ち方、針を落とすポイントまで手取り足取り教えてもらって、ようやくそれらしい感じになった。
 ゆっくりしたペースで枝沢をさかのぼった。一つの淵に、岩陰に、流木の下にと注意を払いながら岩魚を求めて流れの中を行く。今回は沢ではなくて、魚が相手だ。ポイントをねらい針を落とすと、すぐさま水の中で影が動いた。最初の岩魚がかかった。慎重に岸に引き上げ、わしづかみにした。針を外しながら生きている岩魚の量感と力強さを、手のひらに感じた。
 もちろん全てこんな調子で釣れ続けたわけではない。釣り逃がしたり、ここだと思ったポイントで当てがはずれたりもした。でも、ビギナーズラックとやらの恩恵にもあずかり、しめて四匹の岩魚を釣ることができたのだった。
 この日まで沢は登るだけの対象だった。けれど、岩魚を手にしたその瞬間から、沢は今までとは違った表情を見せ始めた。
 らだ登りつめてゆくだけではなく、ひとところに腰を落ち着け、じっくりと沢と相対してみる。釣れる釣れないにかかわらず、竿を手にして沢の水を見つめてみる。
 テントを撤収して帰ろうとする前に、もう一度沢の真中に立ってみた。沢はいいなあと、あらためて思った。四匹の岩魚はザックの雨ブタにおさまった。


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