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1993年の夏と秋の山行
別所 進三郎

登山を教えてもらい
仲間に引き合わせてもらい
行きたい時に行きたい山に行かせてもらい
久々ぶりの参加も暖かく迎えてもらえる
それが三峰です
その人なりに山域と山行内容を伸ばしていくことに
援助をよくする会です
派手さはないが原生林を抱き
爽やかな風とおいしい水
美しい四季と静寂な夜
山の花の香りを与えてくれる
奥秩父のような会です

 お世話になっている三峰、その60周年記念号に変わりばえのしないパターン。「何月何日、何山へ行ったら、こうで、ああなって、何々でした」調、即ち山行報告もどきで良いのかなあととまどいながらも、そのくらいしか書けないこともあって、今年の春山以降の山行を綴らさせて頂くことにしました。

6月6日 妻と長男(高2)と次男(中2)と友人S氏と5人で、ユーシンロッヂに前日泊り同角山稜を通って桧洞丸に登った。丁度シロヤシオツツジの開花時期で、山頂は上野の山のような人出(確か昔は秘峰と言われていたんだけど)。又下りに選んだツツジコースは中高年登山者がカメラを手に列をなしていた。妻は18年前の革の登山靴を引張り出し使用したが、合わぬ木靴を履いた状態となり、その痛さに音を上げていた。下山後すぐさまそれを捨てて、替りにゴアテックス仕様の"尾瀬"という軽登山靴を買った。

6月27日 次男と2人で葛葉川本谷へ行く、次男としては、家族と三浦半島の沢歩きにはよく行ったことがあるが、滝のある本格的沢登りはこれが初めてである。小滝を幾つか越えると沢に慣れた様子なので、こちらも楽しみながら登る。横向ノ滝ではザイルを付けて瀑心を濡れながら登る。1m65cm50kgの次男が登っているのを見ていると、今、自分にその軽さがあったら一ノ倉の雲稜ルートを華麗に・・・・とつい邪念が涌く。

7月10日 今夏の家族登山の成功は妻の体力と、新品シューズの履き心地という事になって、平塚から東海道線一本で行ける浜石岳に夫婦で行く。傘を出したり引込めたりの天気だったが、山頂から雲間に見下ろした駿河湾の展望が新鮮だった。下山後の由井駅前通りの海産物店内で、取りたての生ジャコを生姜醤油で食べたのが良かった。

7月29日~8月1日 昨年表銀座から槍ヶ岳を目指したが、雨で西岳どまりだった。その雪辱戦ということで、今夏は西鎌尾根からの槍を目指す。来年は息子2人とも受験になるので、今回が家族で登る最後の山になるとの思いがある。
 初日の新穂高から双六への道が一番花があり、キヌガサ草、クロユリなどが見られた。妻はサルナシの木を見つけ我々にその特徴を説明してくれた。
2日目 西鎌稜線、千丈沢乗越を過ぎてから天気が崩れ、いきなり暴風雨になった。槍ヶ岳山荘に飛び込み予定外の小屋泊りとした。
3日目 朝、霧が濃いのでためらったが、息子2人と3人で槍の穂先に登る。その日は東鎌尾根を東行し、喜作新道を経て大天井山頂のキャンプ地にテントを張った。夜風が強かったからか、次の日の朝、別テントで一人寝た長男が昨夜は一睡もできなかったと言った。(実は結構眠っているものである。)
4日目 今日は時間的に余裕もあるのでのんびり行く。しかし表銀座コースを逆に歩くので、コンチワの挨拶がやたら多い。燕山荘で500円のコーヒーを飲み、合戦小屋で600円のスイカを食べ、中房温泉に下った。今回もファミリー登山のパーティーによく会ったが、小学生以下の子づれがほとんどで、我々の様な高校、中学生づれは居なかった。今回も息子達に、これがアルプスだという晴天下の大パノラマを見せる機会がなかったのが心残りである。

8月12日~16日 黒部、上ノ廊下。7月の初めに行くと言いだしたが、グレードの高い沢遡行となるので決意するのに逡巡する。野田さんが同行して下さることと、あこがれの上ノ廊下への熱い思いがみなぎってきているのに、ここでビビッて止めたら二度と行けないとの判断から腹を決めた。今回はガイドブックの外に、つり人社制作のビデオで"完全遡行黒部川上ノ廊下"岳人8月号の黒部特集を山行にした。又装備の少量化を図り、1人15kgに抑えた。
 つゆ明け宣言撤回の今夏は案じたように黒部川の水量は多く、流れは重く強かった。泳いで突破しようとした渕ではことごとく押し戻され、岩登りあり、飛び込みあり、胸以上の徒渉、高捲き、降雨による増水での緊急避難と沈殿等々たくさんのことがあった。行動中は真剣そのもの、相棒とスクラムを組み、知恵を出し、道具を使い遡行を進めた。B沢出合に着いてからは当初からの憂いと緊張感が解けて、ジワーと喜びが湧いて来た。黒部の上ノ廊下は北アの核心部である。そこに行くことができ、その価値を楽しめたことが嬉しい。

8月30日 四国、石鎚山。愛媛に転勤した友人夫婦を誘って霊峰に登る。30年前に登ったのだが、印象的な鎖場に来ても昔のことが浮かんでこない。結局何も思い出せなかった。自分の記憶システムに欠陥があるのではと疑ってしまう。(岩つばめに投稿し活字で残すことが良い手だ。)さて山頂に直接つき上げている一ノ鎖・二ノ鎖・三ノ鎖は合わせて140mあり、鎖の一輪は50cmの長さで径3cmの鉄筋の両端に直径10cmの輪を曲げて作ったもので、その輪の中に靴の前半分を入れて登るのが面白かった。弥山頂上では白い山伏衣装の修験者を多く見る。下りでは人の多い尾根道をはずして一人沢筋のルートを取る。途中出逢ったのは外国人登山者一人、彼は人通りの無さそうなコースを野宿で行くと言ってた。つかの間であったが、四国の大きな森の中を自然と向き合い"自分の時"を持てたのが良かった。

9月11日~15日 扇沢から親不知まで、後立山と栂海新道をつなげて縦走した。単独行でやりたかったことができ、満足である。

9月27日 勘七の沢。次男とザイル1本持って四十八瀬川に入る。彼はF1でちょっと手こずったがソロで登ったので、そのあとの滝は問題なかろうということで自由に登らす。しかし大滝ではザイルをつけた。セカンドで登り終えた次男に感想を聞いたら、高度感にビビッたとのこと。下りは小草平の沢を取る予定が下降点を間違い、勘七を下るはめになってしまった。F3の上から尾根に逃げ登山道を下った。

10月9日~10日 奥秩父、井戸沢。60周年記念行事に合わせて、奥秩父の一番深い所、大洞川最上流の沢遡行を計画した。予定の倍の時間がかかってしまったが、沢は美しく変化に富み、シャワー、ヘズリ、高捲き、懸垂下降と次から次へとこちらのカードを切らされてしまう。手ごたえのある深山の沢であった。パーティーは50代から20代までの各年代から一人づつ(野田・別所・福間・飯塚)というスキのないメンバー構成で、皆、元気にそれぞれの持ち味を発揮し、明るく深まりゆく秋の2日間を堪能した。
 しかしながら市の沢を下降予定が川又登山道コースを取らざるを得なくなったり、夕方6時帰還予定で夜の10時となってしまったことは、計画に甘さがあったと反省します。

10月24日 鈴鹿、鎌ヶ岳~御座所山(単独)。前夜は宮妻峡ロッヂで毛布3枚を450円で借りて泊った。カズラ谷コースから、鎌ヶ岳、御座所山と行く。多くの登山者とすれ違う。登山道にゴミはなく、大切に登られている山という印象を受けた。前線の通過で天気が目まぐるしく変わった1日だった。

 というわけで、この5ヶ月に行った10回の山行を記させてもらいました。1980年から10年間はイラク勤務やなにやらで山にそう行けず、又それからも年に4回ぐらい四季の山を味わえればと思っていたのが、どういう風の吹き廻しか、昨年の秋に阿弥陀~編笠の1泊単独行をキッカケに山行が増え、元三峰の会員の妻から冗談まじりに"狂ったんじゃないの"と言われたぐらいに山登り中心に生活が廻り始めた感じの1993年でした。
 山行を重ねると行きたい山が増えるのが山登りのマーフィーの法則で、今行ってみたい山をザーと挙げていったら、前項の表になった。皆様、タイミングその他条件が良ろしいときは御同行させて頂きたいので、よろしくお願い致します。

実現したい 条件整えば 大願望

白馬主稜
越後三山縦走
岳沢定着
一ノ沢~東尾根
北鎌尾根
上越国境稜線
赤石岳
唐沢~餓鬼~燕
小窓尾根
後立山縦走

大雪山縦走
焼岳~西穂~北穂
小太郎沢~白根三山
産女川~栗駒山
恋ノ岐川
高天原温泉定着(赤牛沢・赤木沢)
中田切川本谷
双六川打込谷~笠ヶ岳~錫杖岳
湯檜曽川大倉沢
大井川赤石沢
マッターホルン
Mt.レーニア
Mt.クック
北海道の山と谷
利根川本流
飯豊川本流
朝日八久和川
屋久島滞在

鳥甲山
西ゼン
地獄谷~白山
北山崎~気仙沼(海岸)
小同心クラック
四国 初芽成谷
剱沢定着
裾花川本谷
鳥海山
サゴイ沢~苗場山

鳳凰三山(家族)
釜ノ沢~甲武信岳
阿弥陀南稜~権現~西岳
畦ヶ丸~菰釣山
甲斐駒~仙丈
上州武尊
宝剣~空木~越百
鳥海山
伯耆大山
黄蓮谷右俣
南ア全山縦走

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