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八海山
笠原 祐子

山行日 1993年11月6日~7日
メンバー (L)大久保、高木、田代、谷川、小林(偉)、澁谷、笠原

 八海山は越後三山の一山で信仰の山として知られているそうである。しかし不信心者の私にとっては銘酒の山。八海山が手に入るかも?の一言に参加を決めた。
 11月5日(金)
 上の22時34分発、普通電車で高崎へ。駅で仮眠をとる。ステーションホテルは初体験だったが、皆で寝れば恐くない。あまり抵抗感もなく、想像していたよりは快適に就寝。
 11月6日(土)
 高崎7時7分発の新幹線で越後湯沢まで行き、普通電車に乗換えて六日町へ。駅からタクシーで二合目登山口まで入り、新開道を登りはじめる。天気は薄曇りで思っていたよりも暑い。あたりは紅葉は終わり、山道は落葉に埋めつくされている。味わいのある晩秋の山歩き・・・といいたいところだが、足が滑り、落葉にさえ毒づきたくなってしまう。そして急登に次ぐ急登にベテてしまい、時計を見ては先の長さに悲しくなりながら、ひたすら重たい足を運ぶ。
 1550m地点休憩後、雪が現われ、膝までズッポズッポ埋まってしまう。やがて、岩場に梯子、鎖場となる。鎖場の地図を見てビビっていたが、いざ鎖場に来ると、不安は吹っ飛びワクワクして足取りもやや軽くなりようやく捲道合流点へ。ここでザックを置き、大日岳山頂へ向う。山頂の大日如来に合掌し、360度見わたせる越後の山々の美しさに感激した。
 今日の幕場の千本檜小屋に15時15分着、テントをはらずに小屋泊りとなった。貸切りと思い宴もたけなわとなった夕暮、二人の登山者が到着。彼らはいたって軽装で、一人はなぜか救命胴衣を着用。ここでは溺れるのはお酒ぐらいしかないのに・・・。やや酒気を帯びたリーダーは登山者の心得を説き、さらに三峰十日町支部設立と盛り上がっていたが、その後どうなったのでしょうか?
 11月7日(日)
 今日は朝から生憎の霧雨で、下山路を大崎口にとる。さすがに信仰の山だけあり、至る所に鐘があり、全てを鳴らしながら下る。途中女人堂、展望台近くの道場の様な所、霊泉小屋を通ったが、全てここ一、二年に建てられたもので、女人堂はログハウスそのものである。今度は最初から小屋泊りで来るのが良いだろうという話になった。
 八海山神社に11時40分着。タクシーに乗り意気込んで酒屋へ直行。やはり現地でも品薄の様で、他の銘柄と抱合せ、もしくは四合瓶のみである。一升瓶命、妥協を許さぬ面々は結局入手できずに帰宅の途についたのだった。
 今回は会員になり初めての山行で、終わってみれば楽しい初体験ばかり。しかし、たいした荷も持たずにバテてしまう私に比べ、皆さんのなんと体力のあること!私は今後、この様な強靭な肉体と精神力を持った方々についていけるのだろうか?という不安が残った。

〈コースタイム〉
6日 二合目登山口(9:15) → 四合目(10:33) → 七合目(11:30) → 捲道合流点(13:25) → 大日岳(13:50) → 千本檜小屋(15:15)
7日 千本檜小屋(8:20) → 女人堂(8:50) → 四合目(9:40) → 霊泉小屋(10:40) → 八海山神社里宮(11:40)

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