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現在のキリマンジャロ登山について
吉江 信也

 大学を1年休学中の私は、強い円を背景にして、十分時間があることを有効にと、1993年11月17日から約1ヶ月間、単身アフリカにいってきましたので報告します。
 日本で準備したことは、黄熱病とこれらの予防接種、ケニアのビザ、往復航空券の購入で、モスクワ経由のアエロフロートは乗り継ぎが悪いが、成田-ナイロビ(ケニア)往復チケットが60日オープンで、11万6千円であった。
 ケニアの物価は、ちゃんとした仕事をしている人でも月収$100前後で、日本の約20分の1ぐらいであると思われる。ナイロビで利用した安宿は1泊約200円、地元のアフリカ人が利用してるレストランで食事をすると、朝、昼100円、夜150円で十分食べれる。しかし、とても不味い。超高級レストランでステーキとビール、中華料理とビールを腹いっぱい食べても500円程度なので、よく利用した。
 ナイロビの治安は非常に悪く、昼間から中心街で、ひったくりやスリが横行しており、多くの白人、日本人旅行者が狙われている。夜は集団で襲ってくるので、一人ではもちろんのこと、2~3人でいても危険だ。必ず被害に遇うわけではないが、遇う確率はかなり高いと思う。
 ナイロビでタンザニアのビザをとり($10)、アルーシャ市に入ったのが11月25日、その町でキリマンジャロ登山の手配を申し込む。ガイド(雇用義務がある)一人、ポーター(雇用義務はない)二人、四人の5日分の食料、登山口入り口までの輸送、入山料($159)、すべて込みで$350であった。登山に必要な道具はすべて借りれる。
 11月27日、マラングゲートより入山。荷物は全部ポーターが持ってくれるので、自分は貴重品と水だけでよい。ほぼ平坦な森林の中の道を約3時間で2700mにあるハットに着き、今日はこれでおしまい。これでは小学生の遠足以下だ。雨も降ってきてハットの中で休む。5時から食事。スープにパンがでてきて、これがすべてだと思い腹いっぱい食べたところに、じゃがいもと人参の料理、そしてスパゲッティがでてきて、最後はデザート攻撃だ。毎日、朝、夕とこのような豪華な料理が続いた。
 28日、草原の中、これまた平坦な道を4時間ほど歩いて、3800mにあるハットに着いて、おしまい。
 29日、草原帯を1時間、砂漠帯を3時間20分で、4800mにあるハットに着く。少し息苦しくなってきた。ここまでは全く雪もなく、セーター1枚で十分暖かい。
 30日、夜中の1時、カッパに手袋、そしてスパッツをつけて出発。満月がでており、懐電が要らないほどよく見える。かなり息苦しくなり、ペースも落ちる。所々雪もでてきて、3時間ほどで雪の上になる。ここの登りは富士山のようなジグザグの急登で、高山病で歩けなくなった人々があちこちで休んでいる。
 5時にギルマンズポイントに着き、ここからクレーターの縁に沿って歩き、6時に最高峰ウルフピーク(5895m)に着く。この1時間は、クレーターから冷たい風を受け、水筒の水も凍るほど寒く、普通の靴、手袋1枚、頭しか被れない借り物の目出帽では厳しかった。
 写真をとり、すぐ下山。砂走りのような砂道をまっすぐに下って、8時に4800mのハットに戻る。少し休み、飯を食い、9時に出発して、11時に3800mのハットに着く。
 12月1日、一気に下山。ポーターに$5ずつ、ガイドに$8、チップを払う。
 この後、私は、1週間ほどタンザニアとケニアの海岸沿いの町を観光して、ナイロビに戻り、それからサファリツアーに1週間参加した。サファリツアーは$210かかり、マサイ・マラ、ナクル湖、サンブルの三ヶ所の国立公園に行き、数多くの動物、鳥、植物を見ることができた。費用には、食事、宿泊、入園料、すべて含まれている。


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