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明氏の山の歳時記(春夏の採餌記の巻)
佐藤 明

 この採餌記シリーズも今回で3回目をかぞえ、その季節ごとにとても食えない話と、少しばかりの食えそうな話をつづってきた。今回が山に最もおいしそうなものが連なる『春、夏』がテーマなのだが、魚釣りについて書いてみよう。
 大雨が何日か降り続き川が増水した後で、小金沢に入渓した事があった。場所は小金沢渓流釣り場のすぐ下流のゴルジュ帯。ダム建設のための測量用の高捲き道が両岸高くに取り付けられてはいるが、傾斜がきつく川床近くへ下りられる場所はそう多くあるわけではなかった。やっとの思いではいずり下り、釣り針にイクラを2粒さして、水流のタルミへそっと投げ込む。程なくググッと竿がしなる。少し泳がしてから取り込むと食べごろサイズの虹ますだ。再度同じポイントにエサを送り込むと、またすぐに次のが釣り上がる。
 そんな訳で次々に釣れて、目印をにらんでいる時間より、魚を針からはずしている時間の方がよっぽど長い。大雨の後はエサも多く流れ込むためか、食いが立っている。そして管理(有料)釣り場の下流は、そこから流出した魚も住み着き、また余ったエサも流れて来るため、なかなか魚影が濃いのだ。
 昨年の初夏に青森県の白神山地を訪れた時も、さすがによく釣れた。頂上小屋のうらからウズラ石沢を30分も下降すると水流が現われ、程なくイワナがチョロチョロ走るのが見える。3時間下った右岸台地に天幕を張り、さらに1時間半下った追良瀬川本流で竿を出したところ、まさに入れ食いだ。私はエサさえも現地調達に徹したのだが、川虫一匹採れればイワナ一匹はまず確実という程の快調さ。よく過去の記録を読むと、イワナなどいくらでも釣れた、といった記述があるが、やはり昔は本当にそうだったのだろうなと信じさせるような山行だった。ちなみに尺イワナを釣り上げた時の餌は体長10センチ程のサンショウウオだった。
 そこで食べたのが川田さん特性のマタギ料理、イワナのタタキである。作にはナタとぶなの幹が必要だ。まず直径15センチ程のぶなの新しい流木を見つけてくる。そして一面を平らに削りとってまな板にする。ここまでが一苦労なのだ。そこで頭と尾と内臓を取ったイワナをみそとミズナと少々の酢とともに20分程よーくナタでたたいて出来上り。ミズナのねばりとぶなの香りとが、神秘的な味わいをかもし出し、ますますアルコールが進むこと請け合いだ。
 とは言っても、イワナ料理で一番うまいのはやはりオーソドックスな塩焼き、と私は思う。両端をとがらせた長めの木の枝を口から差込み、S字型に肉にからめたおどり串にし、尾の付け根の所まで差入れる。そしてヒレにかざり塩を多めにまぶし、焦げないようにタキ火のそばに突き刺しておくこと30分。タキ火の煙やもえかすがあまり付着しないよう気を配ることも大事だが、よく失敗するのは魚が火の中に倒れてしまったり、酔って食べ頃のタイミングをのがして黒こげにしてしまう事。釣れた話ばかりだと何となく簡単そうに思えるが、そんなに釣れるハズがないという事はよくご存知ですよね。山でいちばん食べる魚はと聞かれたら、悲しいかな、私はサンマのみりん干しと答えており、この傾向は昔から全く変わってはいないのだ。


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