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三峰山岳会マッキンリー峰登山隊員への
高所順応トレーニングの経緯と成果をめぐって
筑波大学教授(運動生理学)
浅 野 勝 己

Ⅰ は じ め に

 標高6,000m以上の高峰登山を目指す登山者に対し、低圧シミュレータによる4,000m~7,000m相当高度での高所順応トレーニングを実施することにより有気的作業能の向上および高山病の軽減に資することが指摘されている。しかしこの高所順応トレーニングによる有気的作業能の改善は、全身レベルでの最大酸素摂取量および無酸素性作業閾値などの指標について検討したものであって抹消レベルでの改善の機序については、十分に解明されていない。
 そこで本研究は、アラスカマッキンリー峰(海抜 6,194m)登頂を期する登山隊員を対象に、有気的作業能向上と高所経験獲得のため登山前およそ3ヶ月間にわたり、週1回の頻度で低圧シミュレータによる高所順応トレーニングを実施し、その影響および登山後の変化について検討することを目的とした。すなわちトレーニング前後および登山後に最大運動負荷試験と、安静時および運動時のエネルギー代謝についてin vivoで測定できる核磁気共鳴分光法(NMR spectrometer)を用い大腿四頭筋のエネルギー代謝を測定した。この成果から高所順応トレーニングおよび登山活動が全身レベル(最大作業能・心血行動態)と末梢レベル(大腿四頭筋のエネルギー代謝)の有気的作業能におよぼす影響について検討した。さらに当登山者の登山時における生理的応答との関連について検討を試みた。

Ⅱ 研 究 方 法

1.被検者
 被検者は、三峰山岳会マッキンリー峰登山隊員(年齢27~37歳)で健常な男子5人である。6~15年の登山歴を有するが、この中で海外登山経験を持つ者はいない。
2.高所順応トレーニング方法
 高所順応とトレーニングは、室温20℃、相対湿度60%に保持した筑波大学体育科学系環境制御装置(島津製作所製、61m3容量)内において週1回、10週間にわたって行った。環境制御装置の減圧及び復圧速度は20Torr/min[註1]であり、トレーニングに用いた相当高度は、1回目4,000m(462 Torr)、2回目5,000m(405 Torr)、3~9回目は6,000m(354 Torr)、10回目6,200m(342 Torr)とした。

[註1] torr(トール)は圧力単位。0℃で水銀柱1ミリを保つのに必要な圧力。

トレーニングは自転車エルゴメーター(モナーク社製)による30分間のペダリング運動とした。トレーニング強度は、事前に行った最大運動負荷テストにおける最大仕事量の60%(50~100watt、心拍数:120~160bpm)としたが、運動開始から5分毎に測定した心拍数(HR)、主観的運動強度(RPE)、動脈血酸素飽和度(SaO2;Ohmeda Biox Ⅲにより測定)、および被検者の動作や健康状態などから負荷の調節を行った。
3.測定項目
 トレーニング前後および17日間にわたるマッキンリー峰登山後(下山後17~20日目)に、常圧下において以下の測定を行った。
1)実験1
 自転車エルゴメーター(モナーク社製)を用い60rpmにて最大運動負荷試験を行った。測定開始3時間前から被検者に運動を禁じ、自転車エルゴメーター上で3分間安静をとらせた後に運動を開始した。運動は、3分間のウォーミングアップの後に、0kpから毎分0.25kpずつ負荷を漸増させ疲労困憊(exhaustion)まで行わせた。
 測定項目は、HRおよび血圧(日本コーリン社製STBP-780により測定)と胸部インピーダンス法による心血行動態(IMF社製により測定)および総末梢血管抵抗(TPR)であり、運動開始から3、7、11、15分目、疲労困憊時、運動終了後5分目までの毎分および10分目に測定した。
2)実験2
 当大学附属病院の超伝導MR装置(Signa Advantage、GE社製、1.5Tesla)を用いて筋内31PNMRの測定を行った。運動負荷装置(ロープの一端を被検者の右足首に接続し、ベッドの下を通ったロープの他端を、ガントリー外に設置された負荷装置に接続し、おもりの数を増加させることによって漸増負荷を可能としている)は、すべて非磁性体により構成されている。運動形態は、被検者が仰臥位になり、膝関節角度約120度の状態から膝伸展運動を行うものである。この装置を用い、被検者に負荷4kg・頻度40回/分にて、最初の3分間はウォーミングアップさせ、以後1分毎に2kgの割合で負荷を漸増させ、疲労困憊に至らしめた。31PNMRの測定は3.5インチのサーフェイスコイルを大腿四頭筋上に装着し、繰り返し時間2sec、積算回数4回の条件で安静時、運動中および回復(10分間)中に連続して行った。同時にHRを測定した。得られたスペクトルよりPCr(クレアチンリンサン)、Pi(無機リンサン)、およびATP(アデノシン3リンサン)を同定し、面積強度よりPCr/(PCr+Pi)を算出し、PCrに対するPiのケミカルシフト値(δ)より細胞内pHを以下の式より算出した;
pH = 6.75 + log{(δ - 3.27)/(5.69 - δ)}。
また運動開始から1分毎に脈拍の触診によるHRの測定を行った。[註2]

[註2] PCr、Piともに筋肉内の蛋白質。PCrは言わばエネルギーの元で運動に伴い減少し、逆にPiが漸増する。ATPは細胞内でエネルギーの転換に働く物質。アデニンとリボースという物質が結合したアデノシンに3個のリン酸が結びついたもので、2番目と3番目のリン酸結合が切れた時に多くのエネルギーが放出され、それが運動に使われる。pHはペーハーで、この値が下がると酸性となり、即ち疲労を示す。

3)マッキンリー峰登山中における基礎代謝時生理応答
 登山期間中(17日間; 高度2,200m~6,194m)には被検者全員に以下の項目について毎朝起床時の測定を依頼した。測定項目は、HR、呼吸数(RR)、SaO2、血圧(BP)および高山病の自覚症状とした。

Ⅲ 結 果

1.実験1
1)最大運動時間(Exhaustion time)
 Exhaustion timeはトレーニング前後および登山後において、それぞれ18.9分、19.2分、および19.6分を示しほぼ同等であった。
2)心拍数(HR)・血圧・ダブルプロダクト(PRP)
(1)HR
 トレーニング前後および登山後のHRの変化を図1に示した。運動中のHRは、トレーニング前後ではほぼ同等であるが、登山後には運動7分目から約10拍/分の減少傾向を示した。運動終了後には、2分目以内で、トレーニング前に対するトレーニング後および登山後のHRが約10拍/分の有意な減少(P<0.05)が認められた。最高心拍数は、トレーニング前後および登山後でそれぞれ191、189および192拍でほぼ同等であった。
(2)血圧
 トレーニング前後および登山後の運動時収縮期血圧の変化を図2に示した。運動中の収縮期血圧は、トレーニング前からトレーニング後、さらに登山後と減少する傾向を示した。この傾向は、特に運動3、7、及び11分目に顕著であった。3分目にトレーニング前と登山後に有意差(P<0.05)が認められた。回復期の収縮期血圧においてもトレーニング前からトレーニング後、さらに登山後と減少する傾向を示した。この傾向は、特に運動終了2分目から顕著であり、2分目にトレーニング後と登山後に3、4、5分目にトレーニング前と登山後に有意差(P<0.05)が認められた。
 運動中の拡張期血圧は、トレーニング前からトレーニング後、さらに登山後と減少する傾向を示した。15分目にトレーニング後および登山後に有意差(P<0.05)が認められた。回復期の拡張期血圧は、トレーニング前からトレーニング後、さらに登山後と減少する傾向を示した。4分目において、トレーニング前と登山後、トレーニング後と登山後、5分目にトレーニング後と登山後に有意差(P<0.05)が認められた。
(3)PRP(心拍数 × 収縮期血圧 ; HR × BPS)
 トレーニング前後および登山後のPRPの変化を図3に示した。運動中のPRPは、トレーニング前からトレーニング後、さらに登山後と減少する傾向を示した。この傾向はトレーニング後においてわずかであるが、登山後におうて顕著であった。7分目にトレーニング前と登山後に、3分目および4分目にトレーニング前と登山後に有意差(P<0.05)が認められた。回復期のPRPは、トレーニング前に比べトレーニング後登山後ともに減少傾向を示し、3分および4分目にトレーニング後と登山後に有意差(P<0.05)が認められた。
3)心血行動態(一回拍出量 ; SV ・ 心拍出量 ; Q)
(1)SV
 運動中および回復期のSVは、3回の測定ともほぼ同等であった。
(2)Q(心拍数 × 一回拍出量 ; HR × SV)
 運動中および回復期のQは、トレーニング前後および登山後ともほぼ同等であった。
4)総末梢血管抵抗(TPR)
 トレーニング前後および登山後のTPRの変化を図4に示した。安静時および特に運動開始から7分目までのTPRは、トレーニング前に比べトレーニング後および登山後とも減少傾向が示唆された。安静時にトレーニング前後およびトレーニング前と登山後において有意差(P<0.05)が認められた。回復期のTPRはトレーニング前に比べトレーニング後さらに登山後と減少傾向を示した。

2.実験2
1)Exhaustion Time
 トレーニング前後および登山後において、それぞれ11.8分、11.6分、11.8分でほぼ同等であった。
2)HR
 運動中のHRは、トレーニング前からトレーニング後さらに登山後と減少する傾向を示した。トレーニング前に比べトレーニング後の11分目および登山後の7・10・11分目に有意差が認められた。回復期のHRはトレーニング前に比べトレーニング後登山後ともに約10拍減少した。最高心拍数は、トレーニング前後および登山後においてそれぞれ124拍/分、124拍/分および119拍/分を示しほぼ同等であった。
3)PCr/(Pi+PCr)の動態
 トレーニング前後および登山後のPCr/(Pi+PCr)比の変化を図5に示した。安静時のPCr/(Pi+PCr)比は、3つの時期の測定においてほぼ同等であった。運動中のこの比は、トレーニング前に比べトレーニング後登山後ともに、同じ運動負荷に対する低下率が抑制された。運動8分目においてトレーニング前後で有意差が認められた。
 トレーニング前後および登山後の回復期におけるPCr/(Pi+PCr)比の回復の時定数を図6に示した。この時定数は、トレーニング前に比べトレーニング後および登山後に約12%短縮された。運動終了時のPCr/(Pi+PCr)比は、トレーニング前後および登山後においてそれぞれ0.162、0.16、0.138を示しほぼ同等であった。
4)細胞内pHの動態
 トレーニング前後および登山後における細胞内pHの動態を図7に示した。運動中の細胞内pHの動態は、同じ運動負荷に対してトレーニング前に比べ、トレーニング後登山後ともに低下率が抑制される傾向を示し、トレーニング後登山後においては、ほぼ同等であった。回復期においては、トレーニング前後および登山後ともに安静時の値(6.9)近くまで回復する速度は変わらなかった。運動終了時の値は、トレーニング前後および登山後においてそれぞれ6.47、6.51、6.53を示しほぼ同等であった。

3.マッキンリー峰登山期間中における基礎代謝時生理応答
 17日間にわたる登山の全過程において、早朝覚醒時の仰臥位基礎代謝中の生理的応答を4人の隊員について継日的に示したのが図8図9図10図11である。また登頂者と非登頂者のHR、SaO2、BPを比較したものが図12である。
 登山中の各測定項目のうち、2,400m地点までに顕著な反応を示したのはHRであった。一方、SaO2およびBPsはわずかな低下を示したが、大きな変動はみられなかった。さらに高度を増すにしたがって、HRおよびBPsが徐々に増加したが、SaO2は低下した。標高4,300m(6日目~7日目)において、HRおよびBPsの増加、SaO2の減少が顕著であり、高山病がこの高度付近から主に認められだした。しかしその後、この高度の6日間滞在中HRの低下SaO2の増加が認められた。標高5,300m以上においては、HRの増加が顕著であった。その後登山とともにHRの低下、およびSaO2の増加が認められた。HRとSaO2は、対照的な変動パターンを示した。血圧において一定の傾向は認められなかった。

Ⅳ 考 察

1.実験1
1)間欠的高所順応トレーニング前後の比較
 トレーニング前後で、Exhaustion time および最高心拍数には明らかな差は認められなかった。このことから、本実験のトレーニングプログラムでは、常圧下の最大有気的作業能に有意な改善を与えることができなかったものと考えられる。この原因としてトレーニング頻度が週一回と低かったことや、測定を常圧下で行なったことなどが考えられる。また、本トレーニング後の運動中のHR、SVおよびQの有意な変化が認められなかったため、トレーニングによって心臓の拍出能には明らかな改善が認められなかったと考えられる。
 一方、トレーニング後の最大下運動時には、TPR、BPsおよびBPd(拡張期血圧)が減少傾向を示したが、これはトレーニングにより運動中の交感神経系活動が抑制され、カテコラミン分泌の減弱がもたらされたことにより引き起こされたものと考えられる。さらにトレーニング前後でHRに差が認められないが、トレーニング後にBPsの減少が見られたために、心臓の仕事量と高い相関にあり心臓酸素消費量の指標として用いられているPRPは、トレーニング後に減少傾向を示した。このことから同一負荷の運動時における心臓の仕事量の低下、すなわち心臓酸素消費量の減少が考えられる。本トレーニング後のPRPおよびBPdの低下傾向は、以前の報告と同様であり、本実験によってこれらの低下傾向の原因の一つとしてTPRの減少も関与していることが明らかとなった。以上、トレーニング後には最大下運動時における心血管系機能の改善傾向が交感神経系の抑制から引き起こされる可能性が示唆された。
2)間欠的高所順応トレーニング後と登山後の比較
 トレーニング後および登山後の Exhaustion time および最高心拍数は、ほぼ同等であった。またSVおよびQにも有意な変化が認められなかった。これらのことから、登山活動後の常圧下における最大有気的作業能および心臓の血液拍出能は、トレーニング前後および登山後と同等であったことが考えられる。
 一方、登山後のHRが低下傾向を示したことについては、登山活動により交感神経系の抑制がより亢進したことに起因するものと考えられる。またトレーニング後に比べ、登山後の運動時TPRには変化は認められなかったが、運動時のPRPはBPsの減少およびHRの減少により約10%の減少傾向が認められた。このことからトレーニング後のBPdの低下はTPR減少の影響を受けていたが、登山後のBPdの減少はトレーニング後よりもさらに交感神経系の抑制が顕著になったことからもたらされたものと考えられる。これらのことからトレーニング後よりも登山後のPRPはより減少を示した。これらの原因の一つとして、登山活動による順応獲得の結果、交感神経支配の緊張抑制がトレーニング後に比べ登山後により亢進したことが考えられる。

2.実験2
1)間欠的順応トレーニング前後の比較
 トレーニング前後で、Exhaustion time にはほとんど差が見られなかった。本研究で用いたトレーニングプログラムは、主に全身持久力向上と高所順応の促進を目的としたものである。すなわち、筋力を増加させるための負荷を与えていないので、本研究で用いられた高所順応トレーニングにより筋力が増加した可能性は低いと考えられる。したがって、トレーニング前後で筋への相対的な負荷強度が変化しなかったため、運動継続時間に差が生じなかったと考えられる。さらに漸増する負荷の割合が2kg/分と比較的大きかったために変化が現われなかったとも考えられる。
 同一負荷時の運動中のHRは、トレーニング後に約10拍減少傾向を示したが最高心拍数はほぼ同等であった。このような最大下運動時HRの減少傾向は、本高所順応トレーニングによる心臓への交感神経活動の抑制および、副交感神経の亢進に起因するものと考えられる。
 運動中のPCr/(PCr+Pi)比は、トレーニング後に、同一負荷に対してより高値を示した。さらに運動中の同一負荷に対するpHの低下も抑制される傾向が認められた。細胞内pHの低下は筋中の乳酸の蓄積と比例関係にあることから、運動中の解糖系の動員が抑制されたものと考えられる。以上のことは、同じ仕事を遂行するための酸化的エネルギー供給系の割合が相対的に増加したことを示すものと考えられる。また疲労困憊時のPCr/(PCr+Pi)比に差が認められなかったにもかかわらず、運動後のPCr/(PCr+Pi)比の回復速度は約12%の上昇傾向が認められた。以前の研究によるとpHの低下が認められないような最大下運動後のPCrの回復速度は、ミトコンドリアにおける酸化的なATP再合成速度を反映することが報告されている。したがって、本研究で用いられた運動は最大運動であるために、この考え方をそのまま応用することには限界があると思われるが、本研究で認められたPCrの回復速度の上昇も筋の酸化的能力の向上を反映しているものと考えられる。
2)間欠的高所順応トレーニング後と登山後の比較
 Exhaustion time は、トレーニング前後で変化は認められなかったが、登山後も顕著な変化を示さなかった。筋力測定がなされていないため明らかではないが、3回の測定間で最大筋力の変化はなく、同一負荷強度であったことが推察される。
 運動中のHRは減少傾向を示したが、最高心拍数はほぼ同等であった。このことは、高地トレーニングおよび低圧シミュレーターによる高所順応中に交感神経亢進の減弱する傾向を明らかにしている報告や本実験の登山後の最大下自転車運動中のHRの減少などから、登山による順応の残存が示唆される。
 運動中のPCr/(PCr+Pi)比は、同一運動負荷に対してほぼ同等であり、疲労困憊時のこの比もほぼ同等で回復速度もトレーニング後と変わらなかった。また運動中の筋内pHもほぼ同等であった。これらのことから、登山活動後の運動中における骨格筋酸化系および解糖系のATP再合成能を含む筋のエネルギー代謝能力はトレーニング後の機能が維持されていたものと考えられる。

3.マッキンリー峰登山期間中における基礎代謝時生理応答
 起床時のHRは高度に伴って増加し、急激な登高がないかぎり次第に低下した。また、6日間の標高4,300m滞在中には徐々に低下する傾向を示した。SaO2はHRと対照的に高度上昇とともに減少し、高所滞在中に徐々に回復した。以前の報告では、高所順応過程において交感神経の減弱が極めて重要であることを示唆しているが、本実験でも高所滞在期間の延長に伴いHRが低下したことから、高所順応が引き起こされていたことが考えられる。
 次に各個人別にみると、高山病の発現が著しく登頂できなかったY.S.は、標高4,300m付近においてSaO2の低下度が他の隊員よりも顕著であった。一方、高山病がほとんど認められず登頂に成功したT.K.は、同じく登頂に成功したS.Y.やH.H.とSaO2の順応は変わらないが特にHRの順応に優れていた。以前の報告においても、高所耐性を表す指標としてSaO2の有効性を示唆しているが、本実験の被検者においても高所でのパフォーマンスとSaO2との間に相関が認められた。

Ⅴ ま と め

1) 3ヶ月にわたる間欠的高所順応トレーニングによって、心血管系機能の改善傾向が認められ、BPd低下の原因の一つとしてTPRの低下が示唆された。またトレーニング後および登山後の最大下同一負荷に対するHR、BP、およびPRPの減少傾向から、トレーニング後には低圧低酸素耐性において重要な要因である交感神経の抑制が引き起こされている可能性が示唆された。以上のことから、常圧下における運動負荷試験により高所耐性を予測し得る可能性が示唆された。
2) 高所順応トレーニング後、同一負荷に対し運動中のPCr/(PCr+Pi)比はより高値を示し、さらにpHの低下も抑制される傾向が認められたことから、運動中の解糖系の動員が抑制されたものと考えられる。また、回復期のPCr回復速度の上昇から筋の酸化的能力向上が示唆された。登山後において、同一負荷に対するPCr/(PCr+Pi)比、pHおよびPCr/(PCr+Pi)の回復がほぼ同等なことから、登山活動後における運動中の骨格筋酸化系および解糖系のATP再合成能を含む筋のエネルギー代謝能力は、トレーニング後とほぼ同様の状態が維持されたものと考えられた。
3) 高所順応によりSaO2の増加およびHRの低下が認められた。またSaO2の減少率が高いY.S.は、著しい高山病症状のために登頂できなかった。それに対しSaO2の低下率が低く、HRの順応に優れていたT.K.は高山病症状が軽微であり、高地でのパフォーマンスが優れていた。これらのことから、SaO2の増加および交感神経系の抑制が高所耐性の亢進に資する可能性が示唆された。

Copyright © 1994 浅野勝己. All Rights Reserved.


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