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平成六年度春山合宿
その3 後発越後駒隊(B隊)
服部 寛之

山行日 1994年5月3日~5日
メンバー (L)服部、高木、小林(勝)、井上(雅)、石塚、森本、笠原、菅原、小林(健)

 後発越後駒隊の当初の予定は、十字峡から日向山を経て中の岳の避難小屋で先発の大久保隊と合流、大宴会ののち翌日駒ヶ岳の頂上を踏み小倉山で幕営、翌朝駒ノ湯へ下山、風呂入って小出へ出て帰京、という筋書きであった。
 しかし、実際は、日向山山頂で幕営、翌朝中の岳へピストンし十字峡へUターン下山、大宴会ののち越後湯沢で風呂入って帰京、という結果に終わりました。その最大かつ根本的な原因は、リーダーであるところのわたくし服部の体調の不良でありました。合宿の数日前から腹の調子をくずし、当日のっけからの急登の連続にリーダーのくせして身体も心もついて行けず、日向山止まりになってしまったのでした。心優しい隊員の面々はその軟弱決定を喜んでくれましたが、わたくしとしては非常に申し訳なく、面目なく思っている次第です。

 後発越後駒隊のメンバーは、当初服部以下高木氏、小林(勝)氏、井上(雅)氏、石塚氏、森本氏に紅一点の笠原さんの7名だったが、急遽菅原氏と、直前になってもみぢの小林(健)氏が加わることになり、総計9名となった。
 5月2日の夜、上野駅で田原会長や播磨さん、急に参加を取り止めた安さんの見送りをうけながら勝部隊とともに22時51分発の普通/新前橋・越後湯沢行きで越後湯沢2時36分着、仮眠ののち6時27分発の始発で六日町に6時47分に着いた。駅には、店を閉めてからバイクを飛ばしてきたもみぢさんが先に来ていた。
 勝部隊の4名はタクシーで一足先に行き、その後我々はマイクロバスのタクシーで十字峡の三国川ダムの右岸の道を中の岳の取付きまで入る。
 仕度をして晴天下取付きを出発したのは8時、その後2時間ぐらいは順調に登ったが、千本松原を過ぎて日向山の急斜面に取り付いたあたりから服部が遅れ出した。じきにバテがでて、歩き出しては50メートルと登らないうちに荷物を降ろすのを繰り返す始末となり、日向山の頂上まであと100メートルというところで迎えに来てくれた菅原氏に荷物を持ってもらう。ああなさけなや、しかしありがたや。結局、日向山に最後のわたくしが辿り着いたのは13時になってしまった。そこからは中の岳の避難小屋までよく見えたが、もはやわたくしにそこまで登る気力は残っておりませんでした。
 日向山の頂上、2.5万図の三角点のところにはアメダスの測候小屋があったが、その周辺はけっこう平らな雪原となっていたので、そこを整地して早々と幕を張った。南寄りの風が少々吹いていたが、風上側に隣接して小さなブッシュ帯があって、風はそこに当たってテントの上を通りすぎて行くので快適であった。
 大久保隊は避難小屋から我々の設営作業を見ながら、当てにしていた酒類が上がってこないのでだいぶ地団太を踏んだらしい。わたくしが日向山での幕営を決めたとき皆が喜んだのには、どうやらそのあたりの計算が働いていたようだ。とにかく我が隊は宴会の酒量に不足はなく、だいぶ盛り上がったのであった。夕方、我々の隣にもう一張りテントが増えたが、そちらは山のナツメロ大会で盛り上がっていたようであった。
 翌朝起きると南寄りの風はだいぶ強くなっており、南方の稜線はみるみる雲に包まれて行くので、こりゃあこちらも悪くなるのはもう数時間の問題だと判断し、縦走は取り止めて中の岳ピストンののち雨がひどくならないうちに十字峡へ下山することにした。縦走を取り止めた判断の背景には、以前このコースを歩いたとき中の岳と駒ヶ岳の中間の天狗平で吹き抜ける強風になぎ倒されて容易に進めなかった記憶があったのが大きい。
 空荷でピストンに出発したのは6時30分、体調の悪い隊長以外は全員行った。テントのなかでゆっくりしていると、突然「モトォ」と声がしたので外をのぞくと、駒ヶ岳の方へ行ったとばかり思っていた金子氏と田代氏がいたのでびっくりした。そのあとから少しして大久保氏と明氏も下りてきた。4人はピストン隊を待たずして十字峡へ下りて行ったが、大久保氏によると、こっちに下って来たのは、リーダーのきびしい姿勢も隊員たちのもっときびしい酒重力への傾倒を前にしてはまったく為す術がなかったことに原因があったとのことらしい。
 頂上を踏んだピストン隊がテントに戻ってきたのが10時15分、それから撤収して11時30分に日向山を出発してちょうど1時間で十字峡の登山口に下り立った。暫し休憩ののち、暑いほどの陽射しの中をダム湖の右岸道をダムサイトまで歩き、大久保隊と合流した。雪渓に埋めて冷やしておいてくれたビールを飲むと、ノドがうれしがってぐびぐび鳴った。結局、天気予報は大きく外れてしまい、雲が広がり雨が降りだしたのは、夕方遅くなってからだった。
 十字峡は、数年前来たときはまだダムの工事中だったが、現在ではきれいなロックフィル式ダムに変貌していた。ダムの堰堤(と言うのかな)の上は公園風の歩行者専用道となっていて、堰堤の下側はロックフィル式ダム特有の緩やかな傾斜面を客席に利用した野外ステージが作られていた。その横では、シーズンには露天風呂が湯煙を上げているそうだ。だが何と言っても、ダムの上から見た夕暮れの六日町の眺めがしみじみと良かった。日本人の正しいふるさとの風景、とでも言ったらよいだろうか、小さな集落に灯がポツリポツリ点いてゆくに伴い背後の田圃がしだいに夕闇に包まれてゆく風景は非常に心懐かしいかんじがした。
 ダムの左岸側はトンネルで(そこからダム湖左岸沿いに道が伸び、湖の反対側で右岸沿いの道とつながっている、つまり細長い湖を周遊できるようになっているが、その日左岸の道はまだ雪が詰まっていてトンネル内にはくるま止めがあった)、その夜はそのトンネルの中にテントを張り宴会となった。
 翌5日は雨で、タクシーで六日町駅へ行き、もみぢさんはそこからバイクで帰った。残りの大半は越後湯沢駅前の銭湯で汗を流し、新幹線で帰京した。

〈コースタイム〉
3日 十字峡登山口(8:00) → 日向山(13:00)
4日 日向山(11:30) → 十字峡登山口(12:30)

JR乗車券 東京~六日町 3,500円
タクシー代 六日町~十字峡登山口 7,350円
タクシー代 三国川ダム~六日町 5,700円
越後湯沢駅前銭湯 200円(7時~21時)


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