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後立山と白馬北方稜線縦走
別所 進三郎

山行日 1993年9月11日~15日

 栂海新道を独りで歩いてみたい思いがあった。それに白馬三山、五竜、鹿島槍もと欲ばっていったら、扇沢から親不知までを4泊5日で縦走するという、歳を省みない計画になってしまった。

 93年9月11日 爺ヶ岳-八峰キレット小屋
 前夜10時新宿発の松電バスに乗る。この夜行バスは先月利用したところ、列車に比べ、駅ごとの人の乗降や車内アナウンスの煩わしさがないのと、扇沢まで直行する便利さを実感したので再利用した。6時に扇沢を出発でき、種池小屋に9時半頃着く。身近に鹿島槍を仰ぎ見つつテルモスの熱いお茶を飲む。「北アは山小屋が整備されているので、年を取ってから小屋泊りで縦走できるな」と若い頃思っていたから、行ってない山が多い。今回のこの地域は過去に、春山で五竜、冬山で白馬と目指したが、いずれも山頂を踏めずに撤退している。ということで今回登ろうとしている有名な峰々は私にとってすべて初登頂となり、連続して踏破していくことに少しワクワクしているんである。
 さて、みかんとお稲荷さんを食べて爺ヶ岳に向かう。中峰、北峰を踏んで冷池山荘を通過する。ほぼ計画通りの時刻だったので、予定通りキレット小屋まで頑張ることにする。しかしそれからの布引山へのザレ場では体が重く感じバテる。霧の布引山頂で岩にはめこまれた遭難碑を読む。
 「---はダイレクト尾根にて疲労凍死、享年19才---」
 これは親父が設置したんだなあと思ったら、「ウッ」ときた、しばらく涙が止まらなかった。何がそうさせたのか、同じ年頃の息子を持つ我が身に引き比べたからか・・・。
 鹿島槍は北峰も寄って、キレット小屋に16時に着く。木材を豊富に使った、スッキリした屋内である。1泊朝夕食付で7800円であった。

 9月12日 五竜-唐松-天狗山荘
 テルモスにお湯をもらい小屋を出て剱を見ながら朝食を摂る。今年の春山で2泊した大窓を雲が流れ下る様子や、複雑なスカイラインを画く剱の北方稜線を親しみをもって眺める。晴天のもと、岩稜歩きを満喫しながら北尾根の頭を越えて行く。五竜の頂上では360度の展望を楽しむ。初めての方角からなので、南アや八ヶ岳のピークが定まらなかった。明日行こうとしている白馬がずーっと北に見える。
 風が出て来たので唐松小屋に入り昼食にする。一昨日作ってもらった稲荷がまだ6個もあり、それを全部食べて、今日の大仕事に備える。
 唐松岳山頂からはガスに包まれ、不帰のキレットは視界わずかの中を下る。天狗の大下りの登りはひたすら登り、天狗の頭近くでは足のそこらじゅうが痛くなった。指先や足裏やヒザがもう歩きたくないと訴えてるんである。小雨に打たれながらも雨衣を出すのが億劫で、寒い思いをしながら天狗山荘に16時30分飛込む。本縦走一番のポイントをクリアーできたのが嬉しい。ビールが旨く数本飲む。寝入りばなにだいぶ鼾をかいたらしい。

 9月13日 白馬-雪倉-朝日岳
 夜中に強い雨音を聞く、雨仕度をして杓子に向かう、今日の行程はガイドブックの推奨区間より天狗-白馬缶が余計、それとこの雨で気が重い。白馬山荘に着いたところで、約束の電話を家に入れる。低気圧の通過で天気は益々悪くなるから途中で下山するようにと妻にいわれ、蓮華温泉に下りると応えた。
 白馬山荘では鹿島槍から前後して歩いていた単独行の人に写真を撮ってもらう。自分のカメラは今朝の雨の中をケースに入れてたものの、外に出しっぱなしにしていたからか濡れて動かなくなってしまった。
 下山するにどの道を取るか考えながら、霧雨の山稜を北進する。三国境に着く頃はとりあえず朝日小屋まで行ってみようという気持ちになっていた。長池が見えるところからは白馬以南と異なり、地形も丸みを帯び、お花畑では花の種類と数が多い。
 雪倉避難小屋で、地学論文作成の為半月もこの小屋に滞在するという大学院生と話をする。この辺りは誕生して間もない山とのこと、こちらはどこが若いのかさっぱり判らないが。小屋に居ると雨音や風の唸りが拡張されて聞こえ、出発しようとする気持ちが挫けそうになる。小屋には雨を避けてもう一人の登山者がおり、彼も朝日小屋に行くとのことで同行となる。彼はM大学のハイキングクラブ員で、二人で唐松から親不知まで縦走中、あと一人との行動は別々(いっしょに歩かない)で、幕場を決めておいて夕方落合い、食事とテントを共用するパターンの山行をしているとのこと。単独行動の気軽さと共同分担の合理性が新鮮に思えた。しかし約束の場所で逢えなかったらパニックだろうなと思った。
 赤男山を迂回し、白馬水平道を経て朝日小屋に着く頃は雨も小降りになっていた。小屋に入り、番人に親不知までのルート状況を聞き縦走続行の決心をした。妻にその旨電話を入れる。ヘッドランプ用のスペアのリチウム電池が型番違いで使用不可が判り、ガッカリ、明日の無人小屋では残りの電池とローソクで乗り切るとして眠りに就いた。

 9月14日 朝日岳-黒岩平-サワガニ山-栂海山荘
 ドシャ降りの雨の中、沢筋になったような登山道を朝日岳に向かう。山頂では北方稜線と八兵衛平方面との分岐がある筈と20分以上さがし回る。地図で再確認したところ分岐は北へ30分行った所からであった。頂上から栂海新道が始まると思い込んでいたのと、この雨で冷静さが失われて、焦って無闇に動いてしまったのである。
 黒岩平周辺はどんな庭園をもってしてもかなわないと言えるほど美しく、素晴らしい景色が展開する処だった。この様な風景を一人だけで味わうのがもったいない気がした。カメラの故障が惜しい。天気の良い日に再訪もんだなと思った。黒岩岳からは狭い稜線上をひたすら上下行して距離を伸ばす。道は薮っぽい箇所もあったが刈り取りが行われた直後の所もあって鮮明であった。
 16時15分雨上がりの犬ヶ岳に到着。栂海山荘はすぐそこだ。
 夜中、山荘から出て満天の星を仰ぐ、天の川を身近に見るのは何年ぶりか、見上げていた数分間に幾つもの流れ星を見る。明日は晴れるだろう。

 9月15日 白鳥山-親不知
 晴天下、汗をかきかき高度を落としていく。10時新築の白鳥避難小屋に着く。階上のベランダから南を振り返ると、越してきた山々が山並となって高く立上っている。
 16時親不知の自動車道に出る。あとは山行を終えたことを味わいながら、上越新幹線で帰途に着くだけである。

 後日、栂海山荘利用のお礼のはがきを出したところ、返事を頂いた。さわかに山岳会が行っている新道整備と維持には頭が下がる。


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