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―宮沢賢治がこよなく愛した山岳信仰の霊山―
城甲 紀夫

山行日 1994年6月25日~26日
メンバー (L)福間、山本(信)、山沢、飯塚、高木、松永、城甲

 1日目。北上高地の最高峰で静かな山、濃緑の木々に囲まれた重厚な山、多少早いがハヤチネウスユキソウに代表される高山植物の宝庫の山、山岳信仰の山等、静かな山行をイメージしていました。確かに登り始めても早池峰の登山道は思い込みの通り静かで、登山者には頂上まで一人も会わず、ひっそりした、静かな山でした。但し、そんな静かな山もお客さん次第で変わるものです。今回のお客様は、"喋力" "笑力" "飲力" "体力"それにプラス食欲共に絶倫で、いやはや賑やかなこと、賑やかなこと。林道を歩き始めて先ず、御山川の山女の魚影の濃さに一騒ぎ。O先生とF氏の婚約の話、蛙の産卵、産卵を邪魔する松ちゃん、S嬢の話す時の仕種、山菜談義、キャンデーに書いてあるクイズの当てっこ、いつも静かな松ちゃんがミヤマクワガタの牡を勲章よろしく停まらせて得意がるクワガタ松ちゃん等々。特にO先生の婚約を無責任に悔やむ話は延々と。そこへ山本元さん迄が「俺はアグネスチャンが大好きで、今でもファンだよ!最高なのだ!」と言い出すから、盛り上がること、盛り上がること。挙げ句に「女将! 女将!、云々」と当方にも御鉢が回る始末。このパーティにS嬢が加わったときを想像すると、逃げ出したくなるような脅威を感じました。唯一静かで、いつもニコニコしているのは高木君のみでした。最近、世俗ではサボテン女なるものが多発している時代に、当会の女性のように元気なのは最良の現象なのでしょう。それにしても歯切れの良いO先生の隠れファンとしては少々寂しい所です。
 登山口より握沢沿いに1時間、支沢に整備された鉄製の橋を渡ること十ヵ所強で石の鳥居のある五合目に到着。ここに小生と同じ生まれ年の鰐口を発見。皇紀2600年(西暦1940年)生まれです。全員で鰐口を打ち鳴らして安全登山を祈願し、記念撮影。ここでも元さんが最新のカメラを取り出して撮影に取り掛かるが、カメラの操作がうまく行かず絶好の話題を提供。カメラと本人の年代の違いによる相性の所為なのだろう。ここ五合目からブナ、アスナロ、アオモリトドマツなどの林の急坂を登り、一汗流すと八合目へ。雨を覚悟して来たが、我がパーティの賑やかさにガスが懸かったのみで雨も遠慮勝ち。晴れていれば岩手山初めの雄大な山々が展望できる所だが、梅雨の真っ最中で贅沢は言えないところ。急坂の岩の道をしばらく登ると九合目の水場に到着。1800mあたりより残雪があちこちにあり、東北の山を再確認。全員、水を補給して避難小屋へ。小屋に着くと早々に大宴会。元さん持参の"鰻"を肴に痛飲。最後の食事はウドン鋤き。大いに喋り、笑い、大いに飲み、食い、元気印パーティの健康そのものの夕食風景で、夜行バスの寝不足など吹き飛ばす勢いでした。
 2日目。天気は曇り空で涼しくはあるが、展望は今一つ。頂上の祠の前でハィポーズと記念に2枚。頂上よりほぼ真西に重畳する岩石帯をぬってどんどん下るとハイマツ帯に入る。気分の良い稜線漫歩の調子。山沢講師の花解説を聞きながらの贅沢な縦走でした。昨日のミーハー的な登りと違い、高山植物を観察しながらのロマンチックな散策でした。ミヤマオダマキ、ハクサンフウロ、ハクサンチドリ、ドウダンツツジ、ナンブイヌナズナ、ハンショウズル等々。お目当てのハヤチネウスユキソウは期待に応えずほんの2~3輪。一番の話題は妻取り草。福間君曰く『一輪咲けば次に二輪目が必ず咲く花で、元さんのように二輪目が咲かない花は妻不取り草だろう』との珍説を披露。山沢講師の好評を得て、福間君は得意満面。ただ、今回の山行が2週間ほど早かった為、盛夏のお花畑の豪華さを予想しながらの稜線でした。途中一服しながら小さな岩峰を過ぎると中岳へ。この先より開山祭の日に遭難した年配登山者の捜索隊としばしば出会う。コースも樹林帯の中が大半で道も泥濘、あまり気分の良くない2時間でした。鶏頭山の30分程手前より高山植物の豊富な傾斜が多くなり、全員の口も再び滑らか以上に回復。鶏頭山で一服後、今までとは一転した痩せ尾根を一気に下る。高山植物の花の事を"ハナコ"と言う年配の捜索隊に会うが、今日は3時間ほどで40人以上に出会ったのではないかな。全員地元の様子で、のんびりした捜索隊の印象でした。避難小屋のあたりで雨が降りだし、ナラ林の中を清めの雨を浴びながら下山。静かな山に不釣り合いな賑やかな7人組への、最後は早池峰の優しい清めの雨のプレゼントでした。麓の大迫町の岳で一風呂浴びて、新花巻駅へ。新幹線の新花巻駅は早池峰に相応しい??原っぱの真ん中の静かな駅でした。

参考に
 [鰐口] 広辞苑によると『神社仏閣の堂前につるす金属製の具。扁円・中空で下方に横長い口がある。その前に布であんだ綱をつるし下げ、参詣者綱を振り動かして打ち鳴らす』と記載されていますが、仏教では鰐口、神社では鈴が本来の形式との事です。山岳信仰においては、神仏混合が普通で五合目の鳥居の鰐口のような実例が多にも多いようです。
 [サボテン女] 『家事をしない、風呂に入らない、コンビニ食で生きるなど、サボテンのように手間も水も要らない女性の事。お忙しく、疲れた女性総合職に多発しています。軽いうつ状態で「身だしなみ症候群」に陥りかねない女性』と言われています。当三峰の会員は山は足だけで登るのではなく、足と口で登るのだとの現実を見るとサボテン症候群の方が逃げ出しそうです。そのうえ、我々男性への気配りには頭が下がります。


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