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秋の黒部下ノ廊下を行く
澁谷 聡子

山行日 1994年10月8日~10日
メンバー (L)飯塚、城甲、藤井、鈴木(章)、福間、大久保、井上(雅)、澁谷

 10月7日 新宿駅のホームは、3連休前ということもあってかなり混雑していた。合宿らしいワンゲルの集団等もいて「夜行で山に行く」気分が盛り上がる。23時54分発の急行アルプスは5時16分に信濃大町に到着する。ろくに眠れないので、若くないから夜行は辛い。タクシーで扇沢、トロリーバスで黒部ダム駅へ。荷物のトラックが、山盛りでトロリーバスの後ろから続く。どこも人で溢れている。
 翌朝7時30分頃出発。トンネルを進んで外に出て、ジグザグの道を河原まで下り、対岸の道を行く。リーダーの陽子ちゃんは、内蔵助谷出合あたりで一本とろうと思っていたらしいのだが、トップをガンガン行きすぎた為か通り過ぎてしまった。後続のメンバーが口々に「ナイゾースケベー」と標識を読む声は、陽子ちゃんまで届かなかったらしい。結局最初の一本は2時間近く歩いた後になったので、大陸帰りのアッコさんに「オニ!」と言われてしまうのだった。
 対岸には鳴沢小沢からのナメ滝や新越の滝の見事な景観が見られる。さらに黒部別山沢の出合を過ぎて、白竜峡の核心部に入る。岩壁を削って造られた道を注意して通過する。岩に頭突きをすると・・・痛い。帽子を被っていて良かった。
 十字峡の吊橋の手前でザックを降ろす。十字峡を眼下に見るには、右手の平地から本流まで下り、大きな岩の上に出る。十字峡は、黒部本流に剱沢と棒小屋沢が左右から流れ込んで、十文字になっている。迫力があり、とても見事だ。特に剱沢は水量も豊富で水の色がとにかくきれい。やっぱり来て良かった。
 半月峡、S字峡と過ぎ、対岸に黒四地下発電所の二つの大きな送電線引き出し口を見て、仙人ダムへ。仙人ダムから阿曽原の間には、吉村昭の『高熱隧道』の舞台なったトンネルが通じている。話は知っていたが読んだことはなかったので、帰ってから読んでみた。行く直前に読んでいたら、やっぱり怖かっただろうなあ。時間は短いが、上りらしい登りや下りの道もでてきて、14時半にやっと阿曽原温泉小屋に到着。早めに到着したのでテントを張る場所を選べた。その後続々と登山者が到着し、テントサイトは満杯になった。(40~50張位あっただろうか。)ここは水も豊富にあり、なんとトイレは水洗であった。テントサイトから更に下った露天風呂で疲れをとり、それぞれの我儘な夜は更けていった。
 10月9日 今日は祖母谷温泉までなので、回りが発った後から余裕の出発。阿曽原からは、少しきつい登り下りの後、水平歩道になる。水平歩道では、くずれ落ちそうな所がところどころ鉄板や丸太で補強されている。安心なのかもしれないが、歩く時の音がちょっと嫌だ。道は、志合谷の所で大きく曲がったトンネルに入る。ヘッドライトを点けて前の人に続く。まっ昼間とはいえ、一人だったら絶対入りたくない。トンネルを抜けたところでどのパーティーもみんな休憩。休憩したくなるんだな、これが。少し進むと右手に大岩壁が見え、けっこう人が取り付いている。奥鐘山らしい。ジグザグな道を下りると欅平へ到着。お疲れさま。ここから祖母谷温泉まではちんたら行くだけだ。今日もまた14時半に着いた。
 祖母谷温泉のお風呂がまた良かった。明日こそ本当に帰るだけなので、身体中ふやけたって構わない。露天風呂は上と下の二ヶ所にある。上の方は、テントサイトから小屋への階段がお風呂の真横で、入浴中の殿方が手を振ってくれる絶好(?)のロケーション。ここには私達は入れない。まずは内風呂に入り、さらに川底から熱湯が湧き出している"地獄"にも入って調子を整え、夜を待つ。夜中に下の方の露天風呂に入る。かなり広く、底は浅いが結構泳げる。翌朝にも内風呂に入ったので、結局4回入ったことになる。大満足である。(男性陣の中には6回入ったという強者もいた。)
 10月10日 朝一番で念願のトロッコ電車で宇奈月へ。なんか遊園地の列車のようで、今一つスリルに欠ける。下ノ廊下の景色に慣れてしまったからだろうか。宇奈月でお姉さん宅へ行くアッコさんと別れ、魚津で文字通り旨い魚の「鮨」を食べて一応解散となった。
 私たちの行った秋の黒部下ノ廊下は、期待を裏切って見事にちっとも紅葉していなかった。五段染めと呼ばれる美しい紅葉で覆われている時に、一度ぜひまた来てみたいと思った。

 鮨屋で男性陣と別れた女3人組は、せっかく来たのだからと魚津港まで行くことにした。久々に海の香りを楽しんだ。さらにせっかく来たのだからと埋没林博物館にも入ってみた。魚津駅へ戻る途中にあるギャラリーで足を止め、石に描かれた絵を見ていたら、中からご主人が出てきた。ご主人は魚津の山岳会でたくさんの山をやってこられたとのこと。そして山から色々なものを与えてもらったので、山へのお返しをしようと制作に励んでいるのだと言う。本当に山が、自然が大好きなのだろう。すごく嬉しそうに作品の説明や山の話をしてくださった。遥かな山並をバックに、そよ風に揺れるカタクリの花を描いた漆の額がとても素晴らしかった。かなり長い間お邪魔をして、穏やかな気持ちで画廊を辞した。山にお返しをしたいという気持ちとその才能に素敵だなと思った。さて私にできるお返しは?長期的な宿題としておこう。


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