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近くて怖い山
安齋 英明

山行日 1995年9月10日
メンバー (L)湯谷、安齋、小堀、小幡

 フリークライミングに熱中するようになってから1年10ヶ月ほどになる。その間、一人寂しく(?)クライミングを続けてきたが、最近は大分顔が広くなり、あちこちの山岳会の人たちから山に誘われるようになった。しかし、その山というのが、マッターホルン北壁やドリュー西壁、ドロミテ、エル・キャピタンといった山ばかりである。ありがたい話だが、私は本来フリークライマーで、アルパインの経験は無いに等しい。しかし、幸か不幸か(不幸に決まっているが)2ヶ月ほど前に右手の薬指をパキッてしまい、目下のところハードなフリーは無理なので、この機会にアルパインをかじってみることにした。
 9月9日、リーダーの湯谷さんを除く4人が上野駅で待ち合わせた。しかし、箭内さんは都合により不参加となり、小幡さんは集合場所を間違えて現れなかったため、私と小堀さんの2人で土合へ向かった。高崎で小幡さんと合流することができ、3人揃って土合の登山指導センターに着いたのは6時5分だった。既に相当に飲んでいたが、むろん酒宴はそれからが本番である。9時30分頃になって、ようやくシュラフにもぐり込むことができた。
 翌朝、湯谷さんが到着したが、予想していたとおり雨である。とても登れるような状態ではないと思われたが、雨を承知で土合まで行って、そのまま帰るわけにはいかない。ルートを幽ノ沢から一ノ倉沢に変更し、取り敢えず南稜テラスまで行ってみることになった。
 午前8時、一ノ倉沢出合を出発し、本谷右岸の捲道を進んだ。途中で本谷の雪渓に下り、左岸のテールリッヂ末端に取り付いたが、やはり濡れた岩は滑る。天気がよければさぞかし壮快だろうと思われたが、やはり雨は不快である。ガスに包まれて周囲の岩場など何も見えないまま登り続け、9時頃に中央稜の取付に着いた。中央稜には登攀中のクライマーがいたため、休憩がてらしばらく見物してから南稜テラスまで進んだが、そこで困ってしまった。その後の行動予定がなかなか決まらないのである。おまけに後続パーティーのお喋りクライマーの話を延々と聞くことになってしまい、南稜テラスを出発したのは10時40分だった。ルートは2ルンゼ(ザッテル越え)と決まった。
 南稜テラスから本谷バンドをトラバースして2ルンゼに向かう。眼下に広がる本谷を見ると凄まじい迫力である。私は些か高所恐怖症の気があるらしく(?)、こういう所は苦手である。しかし、すぐに2ルンゼの取付に着いた。まずは一安心である。
 2ルンゼは、ルンゼというよりは巨大なチムニーのようにも見える。水流があり、つまりは沢である(後で聞いた話によると、水流は雨のせいで、普段は流れていないらしい)。3級下というグレードがついているが、とてもそれほど簡単ではない。軽登山靴のまま登ろうとしたが、靴が緩い上に、岩が濡れているためフリクションが全くきかず、思うように登れない。些か過剰装備のようにも思えたが、クライミングシューズに履き替えたところ、やっと快適に登れるようになった。
 2ルンゼでは、多少てこずる場面もあり、決してスピーディではなかったが、それなりに(?)高度をかせいでいくことができた。しかし、ミスがなかったわけではない。小幡さんと私はノーザイルで登っていたのだが、残置ハーケンとシュリンゲに誘われるままにルートを選んだところ、小幡さんが行き詰まってしまった。小幡さんはシュリンゲに掴まっていられたが、小幡さんの邪魔にならないように左下によけた私は、チムニー状のところにはまってしまっていた。アンダーホールドを掴み、ステミングで耐えていたのだが、徐々に疲れてきた。安定したところまで下りようと思ったが下りられそうにない。上に登ろうにもルートは小幡さんが塞いでいる。墜ちるのは時間の問題になってきた。丹沢の滝で、登も下るもできないまま力尽きて墜落し、ヘリで運ばれた友人のことを思い出し、
「まずい! 墜ちる!」
と、ついに泣きが入ってしまった。
 しかし、そのまま何もしないで墜ちるのもマヌケである(既に十分マヌケだったが)。一か八か、チムニー状の岩の外に右足のスタンスを探し、エッヂがきいたところでパワー全開、頭上のホールドへ思いきり跳び付いた。幸いにも掴んだホールドがガバだったので、あとは夢中で登りまくったのだが、文字どおり九死に一生を得たような心境だった。アンザイレンしてランニングビレイを取りながら登ればこんな憂目を見ることもなかったのだが、とにかく無事だったのだから、良い教訓だったとしておこう。
 それにしても3級下にしては厳しいルートだと思う。以前、北岳バットレスに登った当時、私はフリーで5.8しか登れなかったのだが、3級上のルートも特に難しいとは感じなかった。それが今や5.11dをリードするまでになったというのに、これは何としたことだろうか。いかに指を故障中とはいえ、素直に納得できないところがあるのだが、この点については後日談がある。今回の体験を、往年の名クライマー吉尾弘氏を始めとする先輩諸氏に話したところ、
「2ルンゼは難しい。3級下というグレードはおかしい」
「甘く見て敗退するパーティーもある。事実、僕は敗退した」
「雨の日などは入るべきではない。ましてノーザイルなど、とんでもない無謀登山だ」
などと、お叱りを受けてしまったのである。私のグレード感覚は間違っていなかったようである(余談だが、私は船橋ロッキーで、数十に及ぶボルダリングたリードルートの設定をしている。もちろん人工壁と自然の岩場を同列に考えることはできないのだが)。
 さて、2ルンゼを登りつめてザッテルに至ったときは午後1時頃になっていた。晴れていれば滝沢上部などの絶景が見えるはずなのだが、残念ながらガスで何も見えなかった。時間に追われていたため、ゆっくり休む余裕は無く、国境稜線を目指して更にBルンゼを登っていった(実はCルンゼだったらしい)。
 実は、ここからが核心だった。しばらくは快適な沢登りだったが、やがて草付へと変わっていった。徐々に岩が少なくなり、濡れた草と泥の斜面が続くのである。谷川岳の草付の悪さは聞いていたが、実際に登ってみると想像以上に悪絶で、「近くて良い山」と称されてきた谷川岳は、実は「近くて怖い山」だった。しかし、ついに登り詰めた稜線の空は快晴で、雲海上に見はるかす山並と岸壁の美しさは、それまでの苦労を補って、なお余りあるものだった(なお、結果としてA0だった。悔しい。次はオールフリーで登るゾ!)


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