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八久和川・出谷川
金子 隆雄

山行日 1995年8月12日~18日
メンバー (L)田代、藤井、鈴木(章)、金子

 八久和川は朝日連峰の狐穴付近を源とし、数多くの枝沢を集めて北へ流下し赤川に流入している長大な渓谷である。八久和ダムから源頭の狐穴まで水平距離で23キロと長く、下流・中流部は延々とゴルジュが続く。ダムからカクネ沢付近までの下流部は激流が迸り水流通しの通過は絶望的に思える。
 今回の八久和行きは1年ほど前に計画がもちあがりだんだんと具体化してきたが、直前になって江村(皦)さんが小屋番として山に入ってしまい、藤井さんは白神で足を怪我してしまい計画の実行が危ぶまれたが新たに鈴木(章)さんがメンバーに加わり、藤井さんも足を引きずりながらの参加となった。
 アプローチとしては電車で行く場合は、羽越本線鶴岡駅からバスかタクシーを利用して八久和ダムまで入る。バスを利用した場合は降りてから半日近く歩くことになるだろう。車で行く場合は関越道を使うか東北道から山形自動車道を使って寒河江まで行くルートが考えられる。また夜行長距離バスを使うという手段もある。渋谷駅から出る東急バスと赤羽駅から出る国際興業があるがシーズン中は席の確保が難しいだろう。
 今回我々は車を利用して入山した。関越道から北陸道に入り終点で降りて国道7号線を北上する。村上から朝日スーパー林道を利用できればかなり時間の短縮がはかれるが通行できるかどうか事前に確認しておく必要があるだろう。今回は通行可否の確認ができず安全策を取って鶴岡回りとした。鶴岡から国道112号線を寒河江方面に向かい荒沢ダムまで入りそこから鱒淵林道を通って八久和ダムまで入った。国道112号線の大網トンネル付近から直接八久和ダムへ通じる道が地図には載っているがこの道は土砂崩れの修復がされていないため通行不能である。土砂崩れの修復は当分行なわないそうである。

8月12日
 夜通し車を走らせて八久和ダムに着いたころには夜が明けきっていた。途中見てきた赤川は濁流となっており八久和ダムも満々と水を湛え溢れそうなくらいだ。かなりの豪雨があったことが想像できる。
 車は高安沢の少し先まで入れる。そこから先は橋が壊れていて進めない。我々の他に釣り人と思われる車が数台止まっている。関東ナンバーの車が多い。
 ダムの水量を見て弱気になってしまい水が引くまで待とうかという話もでたが、天気もしばらくは安定するようだしとりあえず行ける所まで行こうということになった。この「とりあえず行く」というのは大抵の場合「絶対に行く」というのとたいして変わりない。ムカゲ沢の少し手前で林道は終りとなるがその先も踏み跡が続いている。踏み跡はかなりしっかりとしており迷うようなことはない。
 対岸への徒渉点はフタマツ沢の徒渉点を過ぎて5分くらいの所に目印があるのでそこを下降して本流に降り立つ。ここで対岸に渉れなかったら水が引くまで停滞するか、あるいは諦めて帰るしかない。念のためにとザイルを結んで徒渉を開始したがあっという間に流されてしまい、さっそく八久和の洗礼を受ける。全員無事に右岸に渉り終えてこれでなんとかなりそうだという気持になってくる。
 右岸は台地状になっており、途切れがちな踏み跡を拾って先に進む。踏み跡を見失うとかなり辛いアルバイトを強いられる。この道は今はない八久和部落の人達が山菜採りのためにつけた道だそうだ。時折見える八久和の流れは白泡を立てて怒濤のように流れている。平常時の水量が解からないので増水しているのかどうかも定かではないがいつもこうだとしたらとんでもない所に来てしまったのではないかと思ってしまう。
 カクネ沢が近くなってくると踏み跡も明瞭になって楽になってくる。カクネ沢を越えてすぐの所に広くなった場所があり幕場に適している。この先進んでも良い幕場がない。カクネ小屋跡もテントを設営できるような所ではないのでここがいい。蚊が多いのを我慢すれば絶好の場所だ。テントを設営しタキ火をして食事の仕度をする。
 寝不足と薮漕ぎでかなり疲労が激しく酒も程々にしてテントに入る。文明から隔絶された大自然の真只中にこうしている喜びを噛みしめながら眠りにつく。

8月13日
 昨日かなり疲れたので午前中は釣りなどしてのんびりし昼ごろ幕場を後にする。カクネ小屋跡まで踏み跡を辿り杉の木が数本生えている所から川床へ降りる。ここからしばらくは河原となっている。河原といっても水量が多いのでルンルン気分で歩くというわけにはいかない。徒渉は流されないように慎重に慎重に行なわなければならない。左岸から幸三郎沢、右岸から長沢がいずれも細い流れで出合うのを見送って先に進むとやがて左岸より芝倉沢が流入してくる。ここまで通過困難なところは比較的少ない。
 今日は出発が遅かったので短い距離しか稼げなかったが芝倉沢の出合いに幕営することにする。出合いの河原のわずかなスペースにテントを張る。蚊もいなくて快適だが増水には耐えられないのが気にかかるところだ。夕方芝倉沢の水が急に濁りだして心配したが、上部に残っている雪渓が崩壊したものらしい。

8月14日
 芝倉沢から先は再びゴルジュとなり徒渉、へつり、飛び込み、高捲きとあらゆるテクニックを使って突破していく。おもに右岸側を行く。入渓してから天候はずっと安定しており、どっぷりと水に漬かっていても震えることもないのでありがたい。
 ちょっとした泳ぎをためらって高捲いたため降りられなくなり、やむなく懸垂で降りる。積極的に泳いだほうがいいことは分かってはいるがなかなか踏ん切りがつかないのである。懸垂で降りるとすぐに小国沢が右岸より出合う。小国沢出合いの高台に増水しても大丈夫な幕場があり、時間的には早いが今日の泊り場とする。予定より丸1日遅れでここに着いた。
 小国沢の幕場には直前まで人がいたようでタキ火がまだ燃えていて火を起こす手間が省けた。
 夜になるとどこから来たのか羽蟻の大群がローソクの周りに集まってきた。小さい虫がうじゃうじゃいるのって気持が悪い。

8月15日
 小国沢から先もゴルジュが続く。左岸は垂直な壁となっているが右岸はわりと尾根が低く穏やかだ。松ノ木沢出合いを過ぎたあたりで後からやってきた女性を含むパーティ(たぶん大阪わらじの会)に追い越される。彼らは芝倉沢を下降してきて平七沢を詰めるとのことだ。彼らは我々と違い積極的に水に飛び込んで泳いで突破していくので速い。
 小赤沢出合い先の淵を3~4メートルの泳ぎで突破すると左岸から大きな釜の滝を出合いに架けている茶畑沢に出合う。茶畑沢は先で戸立沢を分けている大きな支流である。茶畑沢を過ぎると大ハグラ石滝が待ち構えている。滝の少ない八久和川で最初に出合う滝だ。高さはないが右側がハングして滝に覆い被さっている。へつっての突破も可能らしいが我々は右岸より高捲く。
 枯松沢と平七沢の間にある自然プールと呼ばれる50メートルほどの大瀞はとても泳ぐ気にはなれず左岸より高捲く。
 平七沢出合いより八久和川は名前を変えて出谷川となる。それに伴って渓相も穏やかになってくるが、それに比例するように人が多くなってくる。今日の幕場に予定していた岩屋沢の出合いは既にかなりテントが張られておりもうスペースがないかもしれないという話を聞いたので手前の大赤沢出合いを今日の幕場とする。幕場としてはあまりいい場所ではないが大赤沢に少し入って右岸を切り開いて幕営する。

8月16日
 朝飯の前に田代が尺物のイワナを釣り上げてきた。八久和まで来てこのまま釣れなかったら釣りを止めると言っていたが止めずに済んでよかったですね。
 この先はしばらく河原が続くようになる。岩屋沢を過ぎたところで登山道が横切っているはずだが確認できなかった。
 オツボ沢出合い付近は本流通しの通過が困難で、左岸を高捲いてオツボ沢の滝の上に出て更に対岸へ登り本流に降り立つ。
 小鱒滝を右岸から高捲いて小鱒沢を過ぎたあたりで雲行きが怪しくなってきてやがてスコールのような雨となった。藤井さんが車に雨具を忘れてきてしまい雨の中先に進むのは無理と判断。少し戻った所に養生シートが張ってある場所があったのでそこまで戻って様子を見ることにする。降り始めて10分もしないうちにあちこちのルンゼが滝になりどんどん増水してくる。とりあえず濡れずに済んでいるが寒いのでタキ火をして雨が止むのを待つ。雨は一向に止む様子もないので諦めて停滞することにしてテントを張り終えてしばらくすると雨が止んだ。水も引いて元の水位まで戻ったがもう行動するには遅すぎる時間なのでこのまま今日はここに幕営することにする。考えてみれば入渓して今日で5日目なのだから1度くらい雨に降られてもしかたがない。

8月17日
 予定より遅れての行動で今日から予備日に入っており、明日中に連絡ができる所まで降りないと遭難扱いされてしまう。昨日の雨の影響もなく快晴の空の下、気合いを入れて出発する。
 すぐに大きな釜を面前に従えた呂滝が行く手を塞ぐ。右岸を捲けるそうだがルートを見出せずうろうろする。へつりの可能性も探ってみるが途中ツルツルで無理のようだ。結局その上の滝と一緒に左岸から強引に捲いて懸垂で降りる。湯ノ沢出合いの上の滝(たぶん弁天岩滝)は湯ノ沢を少し上がって右岸より高捲く。
 やがて左岸よりほぼ同水量で西俣沢が出合う。西俣沢から東俣沢出合いまではゴルジュだが通過に困難な所はない。本流の中俣沢は右曲し東俣沢は細い流れで直進している。本流の中俣沢にルートをとるとすぐに滝が現れるが、これは水流沿いに簡単に登れる。中俣沢に入ると今までと違い滝の連続となる。ほとんどの滝は大きな釜をもっており直登できないものも多い。捲く場合は大抵左岸から行なう。
 二俣が近くなってくると雪渓が現れるようになり、巨大なスノーブリッジが行く手を塞ぐ。スノーブリッジの下は崩壊した雪塊が埋めておりくぐることもできず高捲くが草付きのスラブで悪い。灌木はかなり上まで行かないと生えていない。スノーブリッジを二つ越したがその先二俣付近から手前数百メートルに渡って雪渓がびっしりと埋め尽くしている。遠くから見ただけだが状態はひどく悪くくぐることも上を歩くことも自殺行為に等しい。ここの通過には大変な時間と労力が必要と思われる。我々に残された時間は少ない。検討の結果エスケープすることにする。右岸のルンゼを詰めて登山道に出る。このルンゼはかなり上まで水が流れており30分ほどの薮コギで高松峰の少し下の登山道に出ることができた。三方境を目指して登り狐穴小屋に入る。

8月18日
 狐穴小屋を後にして以東岳を経由して大鳥池に降りる。私は朝日連峰に足を運んだのは今回が初めてだが、たおやかな稜線漫歩もなかなかいいものだ。真夏にもかかわらずかなり寒かったが下るにしたがって下界の暑さが襲ってくる。大鳥小屋の管理人に聞いた話だが9日の豪雨はすごいもので大鳥池は水が溢れ、池の周囲の登山道は水没してしまったそうだ。泡滝ダムと大鳥集落の間を季節運行のバスが走っているがこれも通行不能になり歩くしかない状態がしばらく続いたそうだ。
 泡滝ダムまで沢沿いの道を下り、稜線上から携帯電話で呼んでおいたタクシーで車の回収のために八久和ダムまで戻る。約1時間、15000円ほど料金がかかったが歩いたら丸1日はかかってしまうだろう。
 帰りは山形自動車道、東北道をまた夜通し車を走らせて翌日の朝の帰宅となった。

 長いようであっという間に過ぎてしまった1週間であった。中俣沢は途中でエスケープしてしまい完全な溯行はできなかったがそれでも大満足である。鬱蒼としたブナの原生林を縫って時に激しく、時に穏やかに流れる八久和の流れに自然との一体感を感じることができる。機会があったら再び訪れてみたい。
 沢好きな人ならぜひ一度訪れてみることをお薦めする。きっと満足すること請け合いである。

装備について
テント(エスパース・マキシム4~5人用)1張、ザイル(9mm×40m)2本、ハーケン、ボルト、ジャンピング、アイスハンマー、EPIガス1本、無線機1台を持って行った。
 テントは持たずフライシートだけにしようとも考えたが、場所によっては蚊が多いのでテントはあったほうがいい。炊事は基本的に全てタキ火で賄い予備としてガスを持参した。ハーケン、ボルトは使用しなかった。アイスハンマーは中俣沢に入ってからの雪渓処理や高捲き時にあると心強い。ザイルはあまり高捲かず積極的に泳いで突破して行けば1本で足りると思われる。我々は高捲いてからの懸垂下降に多用した。短めのザイルが1本あれば便利であろう。

 最後に八久和川のもう一つの楽しみである釣りについて少し触れておきましょう。時期が盆休みのころだったからか、かなりの釣り人が入渓しており釣果はいまいちだった。特に平七沢から岩屋沢の間は登山道から下降して来る釣り人が多い。釣りを目的とするならこの時期は外したほうがいい。
 カクネ沢、芝倉沢、小国沢、大赤沢の各支流で釣ってみたが支流で釣れるのは型が小さい。大物を狙うならやはり本流がよいだろう。大きな釜を持つ呂滝には大物が潜んでいる可能性が大きい。実際に40~50cmはあろうかという大物を目撃しているので間違いないだろう。大物釣るならやっぱり八久和だと以東小屋のオヤジも言っていた。
 今回は餌釣り、毛鉤、ルアーと色々やったが全てに当たりはあったがルアーはダムのバックウォーターなどで大物を狙うにはいいだろうが沢ではあまり釣果は期待できなさそうだ。餌は主にミミズを使用した。トンボでも釣果はあった。アブやバッタなどもいいらしいが試していない。

〈コースタイム〉
8月12日 八久和ダム(7:45)→フタマツ沢(11:30)→カクネ沢(17:30)
8月13日 カクネ沢(12:00) → 芝倉沢(14:00)
8月14日 芝倉沢(7:40) → 小国沢(11:00)
8月15日 小国沢(8:00) → 茶畑沢(11:20) → 平七沢(14:40) → 大赤沢(15:30)
8月16日 大赤沢(8:30) → 小鱒滝(11:00) → 小鱒沢の少し先(11:50)
8月17日 幕営地点(8:00) → 呂滝(8:30) → 西俣沢出合(11:20) → 中俣沢(11:40) → 登山道(16:50) → 狐穴小屋(17:50)
8月18日 狐穴小屋(7:00) → 以東岳(8:30) → 大鳥小屋(11:00) → 泡滝ダム(14:00)

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