トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ291号目次

四万川本谷~セバト沢左俣下降
金子 隆雄

山行日 1996年6月1日~2日
メンバー (L)金子、藤井

 前夜に高崎駅でステーションビバークし、土曜の朝一番の吾妻線に乗る。中之条駅で下車しバスで四万温泉まで入る。バスは1時間に1本あり、割と便はよいほうだ。
 温泉街の橋を渡り左岸の道を日向見温泉方向へ向かう。藤の花が満開で緑の中に藤色の花がぽつぽつと浮かんでおり心和ませるものがある。日向見温泉への道を分けて赤沢林道方面へ向かうと目の前に巨大なダムが出現する。建設工事中の四万川ダムで平成10年に完成と書いてある。工事現場の検問所で名前を記入し、付替道を進む。四万川に架かる橋から本谷へ向かう道は採石工事のため立入禁止となっており、ブノウ沢側を大きく迂回しなくてはならない。しばらくブノウ沢に沿って歩き仙渡橋が現われたらこれを渡らず、一段山側に付けられた道を戻る方向に進むと本谷に架かる橋に出会う。ここら辺はダム工事と共に上越新道の工事が進んでいるので地図に載っていない道が入り乱れて解かりづらくなっている。
 四万川へは橋を渡らずに左岸の踏跡を利用してマスミ沢から本谷に降りる。マスミ沢はうっかりすると見過ごしてしまいそうな細い流れだ。下流域はナメが美しく新緑に映えて楽しく遡行できる。大魔ヶ沢出合いを過ぎるとしばらくはゴーロとなり、右岸より細い枝沢が2本流入するとゴルジュとなる。ゴルジュといっても困難なものではなく、膝くらいまで水に漬かれば捲かずに通過できる。板橋沢を過ぎると幅の広い5mの滝が現われる。左岸を乗越すが岩が脆いので要注意。板橋沢は2万5千分の1地形図では板椿沢と記載されている。
 左岸より出合う三坂沢は今は廃道となっているが、浅貝へ通じる三坂峠へと詰め上げている。左右から数本の枝沢を入れるとやがてツガオネノ滝2段10mと出合う。直登は困難なので左岸より小さく捲く。その先で右岸より出合うコシキ沢は本流と同程度の水量で二俣と勘違いしそうだ。二俣は更に上流へ10分ほど行った所になる。
 本流の左俣に進むと小滝が多くなるがいずれも問題なく登れる。スルス沢を過ぎたあたりで今日の行動を終了する。時間はまだ早く今日中に尾根まで上がれそうな時間だが、尾根に上がってしまうと水が無いし薮がひどそうなので沢の中で泊まることにする。
 この川には魚がいないので山の幸には恵まれなかったが焚火を囲んで沢音を聞きながら酒でも飲めばそれだけで幸せな気分になれる。朝方は冷え込みが厳しく、シュラフカバー1枚では寒くてよく眠れなかった。

 翌日も天気はよく6時に出発する。スルス尾根の1703mピークへ突き上げている枝沢を過ぎるとスダレ状20mの美しい滝が現われる。その上の滝と共に左岸を高捲くとしばらくはナメと小滝が続く。トイ状の小滝を左側の大岩から捲き、左岸にガレ場が見えてくると流れは伏流となる。左岸に見えるローソク岩(金子が勝手に付けた名前)を過ぎたあたりから沢筋はびっしりと雪渓に覆われるようになる。渓流タビでのキックステップは少々辛いものがあるが最後の二俣を右に進み稜線上の笹平に出る。
 稜線上には踏跡ぐらいはあるだろうと思っていたが期待に反した密薮である。行きはよいよい帰りは辛いで、どうやって下山するかが問題だ。稜線上に登山道はないので尾根の反対側の湯之沢を下降し湯之沢林道へ出て浅貝へ至るのが一番時間的には速いので、このルートをとることにする。下降路を求めて地図と地形との照合を繰り返すがどうも判然としない。適当に当たりをつけて笹薮の中を下降開始するとすぐに雪渓に埋まった沢に降りることができた。こちらは北面になるためか、かなり下まで雪渓が続いている。1500mぐらいまで高度を下げてやっと雪渓もとぎれとぎれになる。
 ゴルジュ帯に突入する。たいして悪いゴルジュではないが雪解水で水量が多くやっかいだ。
 下降を開始してかなり時間が経過したが林道がなかなか現われない。4、5時間もあれば浅貝へ着くはずなのに、その時間はとうに過ぎている。ルートを再確認するが間違えているとは思えない。そうするうちに再びゴルジュ帯に入る。側壁は高く、赤茶けた岩は崩落が激しいらしく、尖った岩の堆積が随所に見られる。こんな所は速く通過してしまいたいと気持ちは焦る。
 左岸より大きい沢が流入してくる。ルートが正しければこの枝沢の50mほど上流で林道に出れるはずなのでこの沢に入る。しかし支流のほうが本流より水量が多いとはどうなっているのだろうか。一人では渡れない急流を二人で肩を組んで対岸に渡り、300mほど遡ったが林道は見当たらない。ここでルートを確認するため地図を広げる。今まで湯之沢が載っている「三国峠」の地図だけを見ていたので気づかなかったが、隣の「佐武流山」をつなげてみて初めてルートが違っていることに気がついた。距離は少し離れているが同じ方角へ流下している沢がある。清津川の支流のセバト沢だ。支流だと思って入り込んだ沢は実は清津川の本流だったのである。本流より支流が水量が多いなんて自然の摂理に反した現象が起きることはないと改めて実感した。
 さて、自分達の現在位置は解かったが、ここから帰るにはこのまま本流を下降して赤湯に出るしかない。セバト沢出合いから下流はしばらくゴルジュが続いているが、出合いに戻ったときは既に五時を過ぎていた。暗くなる前になんとかゴルジュ帯だけでも抜けておきたいと焦る。清津川本流は水量多く流れも急で徒渉などとてもできそうにない。地図を見ると左岸側が通過できそうなので戻って先程徒渉した所を再度渡って左岸に出る。悪い高捲きなども交えてなんとかゴルジュ帯を抜ける。思ったほど長いゴルジュではなかった。広い河原になると流れが分散されて徒渉できる所もでてくるが、流れがまとまると厳しくなってくる。どうにもならなくなったら泳ぐしかないかなと覚悟を決めかけたころ橋が見えてきた。入渓してから始めて見る人工物だ。そこからすぐに小屋が現われた。赤湯の一軒宿の山口館だ。ここから電話連絡できると思ったが、ここには電話がないということなのでどうしても浅貝までは降りなくてはならないようだ。行動食も底をつき空腹だったのでカップラーメンを買って食べ、これから先の行動に備える。
 時間があれば露天風呂にでも入ってのんびりしたいところだが今回はそんな余裕などなく、先を急がなければならない。今日中に帰れないのはしかたないとしても下山連絡だけはしておかないと遭難扱いされてしまう。浅貝までは山道を1時間余り、更に林道を2時間以上歩かなくてはならない。赤湯を出て30分くらい、峠を越えたあたりでヘッドランプのお世話になる。曲がりくねった林道を重い足を引きずるようにトボトボと月明かりの中を歩く。
 ようやく苗場スキー場の下に着いたが、シーズンオフのため開いている店もなく人気がまるっきりない。浅貝へ歩いていく途中目についた公衆電話で下山報告し、タクシーを呼んでとりあえず越後湯沢まで出る。今日の行動時間は16時間半ですいぶんとこたえた。越後湯沢駅は深夜の0時になるとシャッターを閉めてしまうので外で寝て翌日の一番の新幹線での帰宅となった。
 私は、春山合宿のときも下山が遅れたので連続2回の下山遅延となってしまった。どうも上信越国境山域は鬼門のようだ。2度あることは3度あるというがほんとにそうか確かめてみたいような気もする。

〈コースタイム〉
6月1日 四万温泉(8:30) → マスミ沢出合(9:50) → 二俣(14:10) → B・P(14:30)
6月2日 B・P(6:05) → 稜線(8:30) → 赤湯(18:15) → 浅貝(22:30)


トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ291号目次