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八幡平・大深沢&和賀・堀内沢
-源頭の岩魚-
田代 昭夫

山行日 1996年8月10日~15日
メンバー (L)田代、金子、高木(敦)、鈴木(章)、渋谷

「今年の夏はどこに行こうか?」
「去年は八久和川で1週間思う存分堪能したし、どうせならスケールが大きく岩魚が群れてる所がいいなあ」
「奥利根本谷がいいのでは・・・・。
 ・・・・と、いう事で奥利根の資料を集めてそれなりに気合だけは十分だったのだが、今年は例年になく雪が多い。沢のシーズンに入っても聞こえてくるのは、どこも沢は雪渓で埋っており四苦八苦した話ばかりである。
 お盆の時期の奥利根本谷は、例年雪渓の処理に苦労させられるらしく、9月初旬が比較的楽のようだ。おそらく今年の雪の量では、完全遡行どころかエスケープも難しいだろう。では何処にしようか?・・・・。毛猛、三面等々、色々案は出たけど、結局リーダーの一存で八幡平の大深沢に決まった。ここなら雪渓も大した事なさそうだし、それなりに岩魚の顔も拝めるだろう。おまけに、日程に余裕があったら6月の例会の雪辱戦も兼ね、和賀堀内沢も行こうという事になった。
 メンバーは、沢登りと言えば最近必ず釣り竿を持参する金子氏、以前より大深沢に行きたいと言っていた鈴木(章)さん、釣りより山菜なら任してと言う高木(敦)さん、最近沢登りから遠ざかっていた渋谷さん、それに田代の5名である。何と女性陣の方が多いではないか?これで飯の心配は無さそうである。
 大深沢は、八幡平から大深岳、曲崎山の各支流を集め、玉川温泉からの渋黒沢と合流して玉川となって南下している。言わば、玉川の本流である。

8月9日(金)
 東所沢駅22時30分出発、R16にて久喜インターより東北道に入る。まだ帰省ラッシュは始まっていないようだ。何とか渋滞に巻き込まれずに済みそうである。

8月10日(土)晴れ
 盛岡ICより仙岩トンネルを抜け、田沢湖町を通り玉川温泉手前の五十曲まで車で入る。今年になって仙岩トンネルを通るのは3度目だが、あまり良い記憶はない。今度こそはと思うが・・・・。
 装備を分担して9時に渋黒沢の橋を渡り、大深沢右岸の軌道跡を歩きだすが、20分位で踏跡も消え薮になる。河原へ降り、しばらくは薮より快適だと思っていたが、風もなく下からの照り返しと上からの直射で暑い暑い!皆口数も少なくボーッとしながらひたすら歩いている。
 水も生温かく単調な河原歩きを3時間以上してやっと湯の沢出合いに着く頃には、河原のいたる所に湯の花が出ており川底が熱い、水温も更に上がり暑さが倍増してしまった。もうみんな暑さでのぼせそうだ。
 湯の沢出合い先に、林道が横切っており予定外の林道出現に嫌な予感がしたが、幸い今回は外れたようだ。東北電力の監視用道路らしく一般車は通していないようだ。この林道に沿って左岸を行くとまもなく無人の監視小屋が建っており、小屋の裏手に脱衣所付きの立派な露天風呂があり一同大騒ぎとなる。地形図には温泉マークがあるが、まさか立派な湯船になっているとは思わなかった。残念ながら今回は諦め、帰りに入ることにして先を急ぐ。
 13時過ぎ大深沢取水堰に着き、遡行の準備を兼ね一本取る。やっと生温い水から開放され沢らしくなってきた。それにしても取水堰上部の河原は広く、倒木や厚く堆積した土砂の量からこの沢の出水の規模が窺える。
 今日の予定は、八瀬沢の出合いだったが夜行の疲れと3時間以上の炎天下の河原歩きで、皆だいぶ疲れており適当なテン場を探しながら行く。ソヤノ沢を過ぎる辺りから岩魚も走りだし期待が高まる。14時20分ソヤノ沢と八瀬沢の中間部が、一張り張れそうな河原になっておりここに決める。対岸は柱状節理の壁だが、後ろはブナ林の段丘になっており万一の時は逃げれる。早速幕を張り、焚き火の準備をして夕方まで時間を潰す。金子氏は釣り竿片手に下流へ、私は上流に竿を出す。すぐに反応があり、放り込んだ毛鉤に岩魚が飛びついてくる。
 いつも思うのだが、毛鉤をポイントに入れ岩魚が飛びつくまでの緊張感が何とも言えない。今までの疲れとか仕事の事とか、つまらん事を一瞬にして忘れさせてくれる。私にとって至福の時間かもしれない。決して釣れなくても構わない。沢の中に身を投じて、全神経を川面の毛鉤に集中するだけで満足である。
 二人ともまずまずの釣果で、人数分以上の岩魚を確保できたので今宵の宴となる。

8月11日(日)晴れ
 8時過ぎ、テン場を出て1時間足らずで八瀬沢出合いに着く。出合いは広河原になっていてテン場にはもってこいだ。
 最初の2段の滝15mは、水際をシャワーを浴びて登るとある。水流の左側は取り付けそうだが、水量が多く簡単に渡れそうもない。左岸に立派な巻道がついており無理をする事もない。滝上はきれいな滑床になっていて記念撮影をする。ちょっと行くと手頃なプールになっていて、これを逃す手はない。早速飛込み、大休止となってしまった。
 右岸が所々崩壊しており荒れた感じの河原歩きが暫く続くと、出合いからゴルジュになっている障子倉沢が入り、やがて関東沢出合いに着く。今日の行動予定は稜線までつき上げるつもりだったが、足元を走り廻る魚影が益々濃くなるではないか。結局今日の予定を切り上げ、午後から釣りに専念する事になった。例によって天幕と焚き火の準備をして、各自思い思いに時間をつぶす。と言ってもやることは決まっている。釣りか昼寝か酒ぐらいしかないのである。
 結局、竿を出した者でボーズはいなかった。アッコさんは初めてのテンカラで数匹釣り上げ、えらくご満悦だった。毛鉤に魚がスーッと寄ってくるのが気に入ったみたいだ。金子氏にいたっては、釣れ過ぎておもしろくねやぁ!と大口を叩いていた。
 当然この夜は、岩魚三昧となった。ちなみにメニューは、岩魚天丼・刺し身・塩焼き・味噌焼き・味噌汁と大深沢の恵をあり難く戴き、この夜は更けていったのである。

8月12日(月)晴れ
 今日も朝からドッピーカン!沢日和だ!
 8時にテン場を出て20分位で大滝30mに着いた。記録によると倒木を利用してよじ登るとあるが、倒木なんか何処にも掛かっていない。それらしいのが河原に1本転がっていた。取り敢えず水流の左側を中間まで登り、傾斜が緩くなったところでトラバースするが、ヌメッテいて滑りやすく慎重になる。
 大滝上部はナメが続き、すぐ三俣になった。大深沢はここで終わりである。これより仮戸沢、北ノ又沢、東ノ又沢と名を変える。我々は、直接大深岳につき上げる北ノ又沢を行くことにする。
 北ノ又沢に入ると、水量もだいぶ減り小滝とナメが続く。驚いたことにまだ岩魚が走り廻る。ナメの上を、背びれを出しながら逃げ廻る。
 傾斜も強くなりだいぶ高度を稼ぐ。10m位の滝を最後に傾斜も緩くなり草原状の源頭になった。二俣になったところで水も枯れそうになり、一本取って現在地の確認をする。
 ここでハプニングが起きた。水を汲もうとしたアッコさんが、小さな水溜まりで何やら騒いでいる。
「お尻を触られた~! 大きな岩魚におしりを触られた~!!」
 ん~なアホな、こんな所に岩魚がいるわけねえよなぁ~。と思いながらも水溜まりに行ってみると、石の下から大きな尾びれが出ているではないか。さっそく捕まえようと大騒ぎになった。捕まえてからまた大騒ぎ、今山行最大の体長45cm位の大岩魚だった。誰からともなく「刺し身だ~! 刺し身だ~!」と声が掛かったが、さすがに源頭の水溜まりにいた大岩魚の殺生には気が咎めたので、記念撮影だけしてリリースすることにした。ちょっとだけ良いことをしたような気持ちになる。
 岩魚の水溜まりを跨いで、左の沢にルートを取る。すぐ薮になりコンパスと勘を頼りにつめる。稜線まで1時間ぐらいの薮こぎ予定だったが、豪雪に鍛えられた根曲りを避けながら稜線に沿ってだいぶ上に出た為、2時間近くかかった。
 13時40分、大深岳山頂。ピークからは岩手山を始め360度の展望が広がる。あとは八瀬森山荘目指して縦走路を急ぐ。
 コバギボウシの咲き乱れる湿原を抜けると小屋についた。先客は単独行のニーチャン一人、ドヤドヤと小屋に入りニーチャンを押し退け一角を確保してしまった。今宵は焚き火が出来ないので、やる事もなく例のごとく呑みだす。
 今夜はペルセウス流星群が見えるらしく暗くなってから外で呑みなおす。そのうちにチラホラ蛍が飛び始め、千鳥足で湿原まで行き満天の星空と蛍の明滅を楽しんだ。残念ながら時間がまだ早かったのか流星群は見えなかったが、皆童心に帰って喜んでいた。

8月13日(火)晴れ
 今日は下山して堀内沢に移動する予定である。
 水場より湿原の中を歩き関東沢を下る。大した悪場もなく2時間足らずで関東沢出合いに着いた。この沢も源頭近くまで魚影が確認できた。ここからは見覚えのある河原を下るだけだ。
 先頭を歩いていると、いつの間にか身体中にアブがまとわりついてくる。たまらず立ち止まって追い払うが大した効果はない。「バシッ!」「ビシッ!」「ウッ!」「イテー!」「ギャー!」あちこちから怪音を発しながら、やっと取水堰に着いた。河原から離れるといつの間にかアブもいなくなる。行きにあった露天風呂に皆入りたいのだが、ここからまだ3時間は河原を歩かなければならない。風呂に入ってもすぐ汗だくになるし、明るいうちに車に着きたいので先を急ぐことにする。
 湯の沢出合いより、例の生温い水につかりアブと格闘しながらバテバテ状態で五十曲に着いた。高木さんは途中、林の中でしっかりときのこ(ヒラタケ)を見つけ採ってきた。おかげでまた一つ楽しみが出来た。
 生保内のスーパーで、買い出ししてから夏瀬林道より堀内沢へ向かう。林道終点手前の二俣で幕を張り、大深沢の下山祝いと明日からの仕切りなおしの一杯をやり、シュラフにもぐり込む。時折雨がぱらつくが長くは続かなかった。

8月14日(水)晴れ
 堀内沢は、和賀山塊(朝日岳・和賀岳・白岩岳)の主峰和賀岳に端を発し、各支流を集めて夏瀬ダムの下流で玉川に注いでいる。
 堀内沢には6月末に例会で来ているのだが、前日まで降り続いた雨による増水の為徒渉もできず高捲きを繰り返し、やっとの思いで白岩岳にエスケープした苦い記憶がある。その時の雪辱戦をと思っていたのだが、明後日から仕事の人が大半なのでマンダノ沢出合いまで行って遊んで帰ることになった。
 8時20分、林道を取水堰まで歩き右岸沿いの踏み跡をひろいながら行く。適当なところから河原に降りるが、6月と比べると水量が全然違う。1m位は明らかに少ないのである。
 朝日沢出合いを過ぎワニ岩で記念写真を撮る。ワニ岩は河原をふさいでいる巨岩が横から見るとワニに、前からみると熊の顔に見える奇岩である。前回は轟音を立てて流れ落ちる滝になっており、近づくことすら出来ず大高捲きをさせられたところだ。
 ワニ岩を難なく過ぎると、前回大高捲きの末やっと見つけたテン場が右岸にあった。7時間掛かったのに2時間で来てしまった。
 三角錐岩塔にへばりついて写真を撮り、暫くしてマタギ小屋のあるオイノ沢を過ぎるとマンダノ沢出合いに着いた。3時間足らずでここまで来れた。あらためて増水時の沢登りの難しさと怖さを感じさせられた。ここから本流は八龍沢と名を変え和賀岳につき上げている。
 さっそく幕を張り焚き火の準備をして、各自思い思いの時間を過ごす。昼寝、洗濯、水浴び、釣り、夏休みの最後を惜しむようにのんびり過ごす。
 最後の宴も岩魚の刺し身・骨酒・きのことミズナと岩魚のアラの味噌汁で盛り上がった。とりわけ、きのこ入りの味噌汁は絶品だった。酔いが廻るころ森全体がざわついてきた。台風が近づいているらしい。

8月15日(木)曇りのち雨
 明け方より雨がパラつき目が覚める。最後の日に台風で閉じ込められてはかなわない。今日は早々に下山することにする。
 7時にテン場を出て先を急ぐが、また雨が降ってきた。幸い本降りにはならなかった。9時30分、車に着きほっとする。
 国見温泉で汗を流し下山祝いをしながらテレビを見ていると、台風のニュースが流れている。迷走しながら日本を縦断し、ちょうど今東北を通過中らしい。外を見ると時折激しい雨が降っている。下る途中マンダノ沢に入る二人パーティーに会ったが、気になるところだ。
 国見温泉は狭くて湯もきれいとは言い難く今一つだった。満足できず鶯宿温泉に入り直して盛岡ICより東北道にて帰路に着く。

〈コースタイム〉
8月10日 五十曲(9:05) → 湯の沢の露天風呂(12:30) → 大深沢取水堰(13:10) → ソヤノ沢と八瀬沢中間テン場(14:20)
8月11日 テン場(8:15) → 八瀬沢出合い(9:10) → 2段15m滝(9:55) → 障子倉沢出合い(11:15) → 関東沢出合い(12:00)
8月12日 関東沢出合い(8:10) → 30m大滝上部三俣(9:50) → 1200m付近二俣(9:45) → 1360m付近二俣(11:05) → 稜線(13:10) → 八瀬森山荘(16:00)
8月13日 八瀬森山荘(7:50) → 1200m付近二俣(8:40) → 関東沢出合い(9:35) → 八瀬沢出合い(11:45) → 大深沢取水堰(13:20) → 五十曲(16:40) → 堀内沢(夏瀬林道二俣)(19:30)
8月14日 夏瀬林道二俣(8:20) → 朝日沢出合い(9:50) → ワニ岩(10:20) → マンダノ沢出合い(11:10)
8月15日 マンダノ沢出合い(7:00) → 朝日沢出合い(8:00) → 夏瀬林道(9:35)

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