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『飯豊』再発見
-日本で数少ない"木下闇"の世界-

[木下闇(キノシタヤミ)とは、うっそうと茂った夏木立の昼なお暗いさま]

城甲 紀夫

山行日 1996年8月11~16日
メンバー (L)山本(信)、飯塚、笠原、城甲

 久し振りに"途轍もない山"との印象で敗退した山行でした。確かに「5万分の1地図12枚を要する大きさ・・・・」とは何かの本で読んだ記憶がありますが、そんな予備知識も吹っ飛ばされた山行でした。今まで飯豊に3回、大朝日に4回(昨年は根子川の遡行)入山し、飯豊・朝日のスケールの大きさには魅力を感じていたが、今回の飯豊川本流には完全に脱帽です。「新発田市の福島寄りは日本でも最高の年間降雨量の地域である」との現地の話でしたが、ゴルジュ帯での薄暗い様相は、正に"木下闇"の状態でした。そのうえ、足元の渓流は好天の午前中でも冷え冷えとした薄墨色で、昼前になると一層黒い濁流となり、木片と共に一抱えもあるような雪渓のブロックが、絶えずゴロゴロと音を立てて流れる様や、見上げる高さのスノー・ブリッジの迫力は初めて見る光景でした。考えてみれば、飯豊は花の美しさと共に、残雪の豊富な山域です。登山口は海抜4~500mで有りながら、2000m迄一気に高度を稼ぐ山塊です。上高地、広河原、木曽駒高原等のアルプスの登山口は1500m前後です。登高差が同じうえに、日本有数の豊富な残雪に研ぎ澄まされた谷と、鬱蒼としたブナ林に囲まれた深谷です。安易な気分が一掃された数日でした。この沢に挑むには、泳ぎを含め、一層のトレーニングが必要だと感じました。今回の脱帽山行の経験を生かして、飯豊の研究と挑戦への工夫を重ね、再挑戦したいと考えています。今まで沢登りにはあまり強い関心が湧かなく、赤谷川や万太郎川を谷川岳の稜線から見ても、「あれがゲンさんの好きな赤谷川か」「金子さんが行くと言っていた万太郎か」程度の印象でしたが、今回の飯豊川本流は何回挑戦してでも、遡上し、稜線まで完登したい心境です。
 今回の登山口は新発田市より加治川ダムを経由して、タクシーで下車した林道終点の"掛留沢駐車場"です。我々が台風12号の直撃を予想して逃げ込み、閉じ込められた"湯の平山荘"は、登山口より1時間の道程です。飯豊川本流と北股川の入口であり、"オーインの尾根"の取り付きでもあります。この東赤谷口の良さは、これらの目指す沢や尾根への単なるアプローチとしてのみでなく、登山口より湯の平温泉までの見事なブナ林の爽快さが魅力となっています。タクシーの車窓から見回しても、加治川ダム付近から杉・檜等の植林帯が少なく、ブナの自然林が目立ちます。歩き出すと、曲がり沢平、山ノ神平、北股平と続く見事なブナやミズナラ、朴の木の樹木は飯豊の奥深さを実感させ、同時に、海抜500mにも満たない登山道や沢のあちこちに、8月中旬というのに残雪が多いのには驚きました。今回は、その新鮮な驚きを初日の登山口より、下山の最後まで引きずった山行でした。
 飯豊には驚きだけでなく、大いなる楽しみもありました。最高の楽しみは、湯量たっぷりな入浴無料の"湯の平温泉"と岩魚と山菜です。次が佐藤管理人の人柄が醸し出す、心和む山荘の雰囲気です。湯の平温泉の効能の一つに"美肌効果"があります。当会の諸姉の美貌に一層磨きがかかることは請け合いです。ご自身の素肌に自信を持っている人も、持っていない人も一回浸かってみると"美肌効果"の抜群の御利益は覿面に現れるでしょう。今回参加のI、K両嬢の最近の艶やかな面差しが証明しています。温泉は45度C~70度Cと言われ、現在使用の温泉の外にも彼方此方に温泉が湧き出ています。岩魚と山菜については、同宿した飛沫会のお兄ちゃんの話では6、7月には岩魚釣り、9~11月は山菜採りが効率的との話でした。6月以前は吊橋も外され、釣り人の奥までの入渓が困難な様子です。小生も北股川で尺強の岩魚を一匹釣り上げました。
 湯の平山荘は新発田市が経営するドーム型山小屋です。素泊りのみです。佐藤文吾氏は管理人の後継者がいないために、無理に依頼されて今年から管理を任されている方です。私は密かに付けたニックネームが"新発田のシュワルナゼさん"です。最近、本物のシュワルナゼ氏はマスコミに登場する機会が少なくなりましたが、皆さんご存知の元ソ連外相、現グルジア共和国元首です。佐藤氏はシュワルナゼ氏同様、一見取り付きにくい印象ですが、行き届いた気配りと、人間味豊かな人柄を表わす言動には、投宿中何度も接しました。同時に、酔客が忠告を聞かないと力で押さえ込む豪胆さと、新発田の馴染みのスナックに気配りする繊細さの持ち主です。特に、台風来襲時の食料なしの母子や悲鳴を上げている犬公への気配りを見ていると、最近の客を客だとも考えない生意気で、我ままな小屋主や従業員が多い時代に、貴重な山小屋だと感じました。会員諸兄姉も天狗平(梅花皮川)や川入などの人気コースを選ばないで、この"湯の平山荘"や"湯の島小屋"を起点とした静かな山行を計画して見ては如何ですか。新しい発見があるものと考えます。又、交通費と宿泊費も意外と安上がりとなりました。
 最後に、京大教授で、元日本山岳会会長の今西錦司博士の『飯豊連峰 山と花』の巻頭言の一部を紹介して、"飯豊再発見"の終わりと致します。
 『飯豊はとてつもない大きな山である。日本でいちばん大きな山であるかもしれない。巨象といっても長鯨といっても、形容のならない大きさである。日本アルプスもたしかに長大ではあるが、立山も槍ヶ岳も白馬も、みなそれぞれに独立した山と見てもよい。しかし、飯豊は、杁差から大日、三国、地蔵まで引っくるめたものが、飯豊なのである。この総称の飯豊と混同しないために、飯豊山神社が祠られ、一等三角点の設置された、2105メートル峰を呼ぶときは、とくに飯豊本山という慣わしができあがっている。
 私がこの大きな山を、はじめて眼近かに見たのは、玄さんたちに連れられて登った、二王子岳の頂上からであった。1969年のことである。それからどうも心おだやかでない。あの山へ登るには・・・・・』

(注)湯の平山荘 開設期間 6月中旬~11月上旬(残雪の量により、開設が遅れる年があります)


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