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九十六年夏 東北の沢旅
-八幡平・大深沢~関東沢下降、和賀山塊・堀内沢-
金子 隆雄

山行日 1996年8月10~15日
メンバー (L)田代、鈴木(章)、渋谷、高木(敦)、金子

 今年の夏はどこの沢へ行っても雪渓が多くて苦労しそうだなと行くところを決めかねていたときに八幡平の大深沢の計画が持ち込まれた。ついでに6月に行って大増水のために敗退した沢へも行くというのでこの計画に乗ることにした。今回は沢の溯行というよりも沢旅というほうが相応しいそんな山行だった。

8月10日(土)晴れ
 夜通し車を走らせて朝、入渓地点の五十曲のバス停に着いた。早速巨大な虻の出迎えに先が思いやられる。身支度を整えて渋黒沢に架る橋を渡り右岸の廃道に近い道を辿る。歩き始めてすぐに田代リーダーが大事な大事な酒を車に忘れてきたことに気がついて取りに戻る。
 ほどなく道は薮っぽく不明瞭になり暑くてたまらないので河原を歩くことにする。上流に取水口があるので水量が少ない河原を暑さにうだりながら延々と歩くと送水管を渡している橋が現れその先で石仮戸沢を左に分ける。この付近から所々に湯の華が目立つようになり温かい水が流れるようになる。湯ノ沢の近くまで来ている証だろう。すぐに温泉へ通じる道と出合う。この道をしばらく行くと見張小屋があり、すぐそばに露天風呂がある。脱衣所もありきれいに掃除がされていてぜひ入っていきたいところだが、ここで温泉などに入ったら今日はここで泊りになってしまいそうな雰囲気なので温泉は帰りにしようということで腰を上げる。左岸のこの道を約1時間で広い河原の中にある取水口に至る。本格的な溯行はここから始まる。
 広い河原の平凡な流れを辿っていくとやがて左岸よりソヤノ沢が出合う。この先小ゴルジュとなるがさして困難なものではない。ゴルジュを抜けた先の河原を今日の泊場とする。夕方まで釣をして酒の肴にイワナを少々確保し、流木を集め焚火をし、いつものように宴会となる。雨の降る心配はなかったので星を眺めながら河原で寝たが朝方少し寒かった。

〈コースタイム〉
五十曲(9:05) → 取水口(13:10) → ソヤノ沢出合い(13:45) → B・P(14:15)

8月11日(日)晴れ
 出発してから1時間弱で沢が水量豊かに左岸より流入してくる。この先でゴルジュとなり2段15m滝が行く手を遮る。この滝を右側から越えると沢は開け、5m滝を越えると障子倉沢が右岸より出合う。ゴーロの中の3m幅広の滝を過ぎると関東沢の出合いとなる。この辺りは広い河原で幕場に最適な所だ。
 今日はここに泊まって半日のんびりしたいとのリーダーからの提案でそうすることにする。私としても異存はない。早速左岸の河原を整地して幕場を整え、流木を集めて焚火の準備をし、思う存分釣を楽しむ。夕食は豪華にイワナの刺し身、塩焼き、味噌焼き、天ぷらとイワナづくしだ。ただ、イワナと野菜を使った天丼はラードで揚げたからかあまり箸が伸びなかった。

〈コースタイム〉
B・P(8:15) → 八瀬沢出合い(9:05) → 障子倉沢出合い(11:10) → 関東沢出合い(12:00)

8月12日(月)晴れ
 今日は稜線へ抜けて八瀬森の避難小屋まで行く予定で出発する。しばらくゴーロ帯を行くと小ゴルジュとなり10mと4mの滝が架っている。上の滝は沢幅いっぱいに水を落としなかなか見ごたえのある滝だ。二つとも右側を簡単に登れる。この先流れは平凡になりしばらく行くとこの沢最大の30m大滝が現れる。過去の記録では倒木が架っていてこれを登って突破できるとあるが、倒木は流されてしまったらしくもうなかった。左端の水流の左を直登して落口を対岸へ渡る。落口を渡るときの一歩が緊張する。
 大滝を越えると100mほどナメが続き三俣となる。左は仮戸沢、真中が本流の北ノ又沢、右が東ノ又沢だ。北ノ又沢へ入ると今までと渓相が変わりナメと小滝が続くようになり、楽しく溯れるようになる。ナメの中には所々甌穴状に深くえぐれている所があるのでぼんやり歩いているとはまり込んでしまう。
 二俣を過ぎそろそろ水も涸れるかなというころ、水を汲もうとしていた章子さんが大きなイワナがいるというので幅1mほどの小さな落ち込みを覗いてみると水中の岩陰に尻尾が見える。どれほど大きいか手を突っ込んでみる。水から上げてみると丸々と太ったそのイワナは40cm以上はある。こんな何処にも行場のないところでよくこれほど育ったものだ。こいつを食っちまったらなんか良くない事が起こりそうだということで写真だけ撮って元の場所へ放してやる。またいつか来るときまで元気でいるだろうか、それとも誰かに捕まって食われてしまうのか行く末が気にかかる。
 水が涸れると猛烈な根曲り竹の薮が待っている。詰めはほとんど傾斜がないのでうまく方向を見定めて薮をこがないと登山道と平行に延々と薮こぎすることになってしまう。何度か方向修正しながら1時間ちょっとで深い薮から開放されて登山道に出ることができた。大深岳まではほんの少しの距離だ。大深岳はなだらかなピークで展望はあまり良くない。写真を撮りすぐに山頂を後にする。
 大深岳から八瀬森へ通じる登山道はかなり薮っぽいものと覚悟していたが、奇麗に刈り払われていてとても歩きやすくなっていた。どこがピークだかよく判らない関東森を過ぎて、花の咲き乱れる湿原が見えてくるとそのほとりに今夜の宿の八瀬森山荘があった。この避難小屋は建て替えられてから日も浅くまだ奇麗だ。二階建てでトイレやストーブもあり水場もすぐ近くにある。夜は湿原にホタルが飛び交い、東北の山の良さを堪能した。今夜はなんとか流星群が見れると小屋の雑記帳に書いてあったが酔っ払って寝てしまったのでほんとかどうかは分からなかった。

〈コースタイム〉
関東沢出合い(8:10) → 三俣(8:50) → 登山道(13:10) → 大深岳(13:40) → 八瀬森山荘(16:00)

8月13日(火)晴れ
 下山は関東沢を下降して大深沢の本流に出て五十曲へ戻るルートをとる。関東沢右俣の源頭は小屋の前の湿原なので細い流れを高山植物をかき分けて辿ると、たいした薮こぎもなく沢へ出ることができる。この沢は滝は二俣を過ぎた所に一つあるだけ、他には淵や瀞もなく下降には適した沢だ。驚いて逃げ回るイワナ達と遊びながらどんどん下っていくと一昨日の泊場の大深沢との出合いに2時間もかからずに着く。
 取水口までは変化もあり退屈せずに下降することができる。帰りに入ろうと言ってた露天風呂へは入らずじまいだった。風呂に入ってサッパリしてもこの炎天下に何時間も歩かなくてはならないかと思うと入る気にならない。
 五十曲まではこの先ただの河原を延々と歩かなくてはならない。まとわり付いてくる虻も次第に多くなってくる。どうも虻は黒っぽい色が好きらしく、黒いものを着ている人に多く集まってくる。おかげで私はあまり悩まされずに済んだ。
 適当な所で右岸沿いのはっきりしない道へ上がる。高木さんがニコニコしながら倒木に登って何やら採っている。何かと思ったらキノコである。ヒラタケだそうだ。私なんぞはこの時期食べられるキノコが生えるなんて全然知らなかったので驚いてしまう。
 結構疲れ果てて車まで帰り着き、次の目的地の堀内沢へ向かう。途中酒屋で酒を仕入れ、道路脇に涌いているなんとかの名水というのを汲んで、スーパーで食料を買い込む。
 前回来たときは夏瀬ダムから入りアプローチでずいぶん苦労したので今回は堀内沢まで続く林道を利用して車で入ることにした。途中のゴミ処理場までは舗装された道だが、その先は悪路となる。沢までの林道は地図に載っているがその先は地図にも載っていない道が続いている。夏瀬ダムからの道が合流する地点で車を停め、ここを今夜の幕場とする。道は取水口まで続いているが、このすぐ先で崩れていて車は通行できない。

〈コースタイム〉
八瀬森山荘(7:55) → 関東沢出合い(9:35) → 八瀬沢出合い(11:45) → 取水口(13:10) → 五十曲(16:30)

8月14日(水)晴れ
 大深沢で遊びすぎて日数が足らなくなり堀内沢はマンダノ沢出合いまで行って引き返すことにして出発する。林道をしばらく歩き取水口より右岸の踏跡を辿る。踏跡はすぐに不明瞭で判らなくなるので沢へ降りる。前回来たときは増水していて高捲きの連続であったが今回は平水で難なく水流通しに歩ける。ザイルを使って腰まで水に浸かってへつった所も膝下までの水量だ。
 1時間半歩いて右岸より出合う大きな支流の朝日沢へ着く。シャチアシ沢の大滝も水量が少ないせいか本流からはよく見えない。シャチアシ沢を過ぎると小ゴルジュの中にワニ奇岩と呼ばれる大岩が2条の水を落としている。前回は近寄ることさえできず高捲き中にほんのちょっと見えただけだったが、近くで見るとなるほどワニにそっくりだ。ここは左の水量の少ない方を直登する。しばらく行くと今度は沢の真中に三角錐の岩が突っ立っている。
 沢が左に大きく屈曲する地点の左岸に広大なスラブが広がっており、前回来たときは一面滝になっていてそれを見てこれはもうダメだなということで薮尾根を登って登山道へエスケープした所だ。左岸からオイノ沢が出合うと目的地のマンダノ沢出合いもすぐだ。前回2日かけても行き着けなかったのに3時間ほどで着いてしまった。
 夕方まで昼寝をしたり、釣りをしたり皆それぞれの時間を過ごす。夜はいつものように焚火を囲み楽しい一時を過ごす。今日は昨日採ったキノコとイワナとミズナでイワナ汁を作った。これがまた最高に旨い。この味はここの水と空気と森が作り出す味なのだろう。街で同じ物を食べてもけっしてこれほど旨いとは思わないだろう。

〈コースタイム〉
車デポ地点(8:20) → 朝日沢出合い(9:50) → ワニ奇岩(10:20) → マンダノ沢出合い(11:10)

8月15日(木)
 新潟あたりでウロウロしていた台風12号がいよいよこちらに向かって来ているので急いで戻ることにする。出発して間もなく雨が降り出してきた。約2時間で車へ戻りつく。今回の沢旅は終わった、あとは温泉にでも浸っていこうということで国見温泉へ向かう。ここの温泉は安いけれどちょっとひどすぎる。なにせ汚すぎてちょっと浸かってすぐに上がる。なんかスッキリしないので鶯宿温泉で入り直す。こちらは奇麗でやっとサッパリ気分となれた。
 帰りはだいぶ遅くなってしまい、東浦和で解散したときは最終電車に間に合うかどうかギリギリの時間だったが全員無事家に帰り着けたようだ。

〈コースタイム〉
マンダノ沢出合い(7:00) → 朝日沢出合い(8:00) → 車デポ地点(9:05)

大深沢溯行図

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